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真摯

 投稿者:CC  投稿日:2020年10月29日(木)19時38分3秒
  お邪魔します、CCです。

> すだれ十様
更新分拝読しました。
今回は確かに、前提としての間違いの訂正、と云う
こなすべき必要な手続き、って感じですね。
ただこれは、説の正当性を主張するのに不可欠な
事であり、またこう云う事を丁寧に丁寧にやり、
認めるべき非はしっかり認めて頭を下げるすだれ十様の
真摯さには、逆にこちらこそとても頭の下がる
思いがします。
論については次回を楽しみにしてます(笑)。

それでは。

http://cartacc.g1.xrea.com

 
 

更新のお知らせ

 投稿者:すだれ十  投稿日:2020年10月29日(木)13時01分54秒
   本日、メイン研究室を更新しました。

 今回からしばらくは、江橋先生による『教訓世諦鑑』の資料価値についてのご批判に対する反論と成ります。ご覧頂ければ分かる通り、いきなりお詫びからというマイナスからのスタートと成りますが、それは基本的な書誌情報の確認を怠った当方の責任であり、自業自得ですね。

 今回のアップ分は、研究者や、かなりコアな好事家以外の方には面白くも何とも無い内容だと思いますが、この後先生への反論を繰り広げるにあたって、必要不可欠な手続きだとご理解下さい。次回から内容の解釈に入りますのでお楽しみに。
 

天秤の傾き

 投稿者:CC  投稿日:2020年 8月29日(土)03時11分46秒
  お邪魔します、CCです。

> すだれ十様
更新分、拝読しました。
段々と当方の素養ではしっかりと解釈出来ているか不安に
なって来ておりますが(汗)、やはり私としては、どちらかと
云えば合=めくり説に傾いております。
どちらかと云えば、って所がミソで、やはりこれは双方共に
仮説の域を出ていないけれど、それを承知の上でどちらかと
云えば、と云う事ですね。尤もこれ、仮説でなく確証を
得るならば、それこそ何か新史料が新発見でもされないと
無理な気がするのが頭の痛い所ではありますが(そんな都合の
良い話はそうそうない(汗))。


さて、ちょっと前の当方の要らぬお節介、「真っ当な意見」と
言って戴けて一安心です。私としては、ごく当たり前の一般論の
つもりではあったのですが、それを書き込む事自体がそも余計な
口出し、と言われれば全く否定出来ませんので(汗)。
何を支持するにせよ、冷静で客観的な姿勢は心懸けていよう、と
今回改めて思いました。

それでは。

http://cartacc.g1.xrea.com

 

更新のお知らせ

 投稿者:すだれ十  投稿日:2020年 8月25日(火)11時46分11秒
  本日、久々に研究室を更新しました。

 メイン研究室 十九頁目の『「江戸カルタ研究室による問題提起への応答」への返答』で、相変わらずダラダラと前からの続きを書かせて頂いていますが、漸く終わりが見えて来た気がします。もうしばらくご辛抱下さいませ。
 尚、併せて「江戸カルタアーカイブ」を最新版に差し替えました。

 石川 久様から頂いたご意見について、二点ほど感想を述べさせて頂きます。
 「文献史学的には、資料にない=存在しない という考え方になる」という発言にはドキッとさせられました。たしかに当方が、資料/\と余りにもしつこく言うもので、違和感や不快感を抱かれる方もいらっしゃるのかも知れません。心に留めさせて頂きます。
 しかし「資料にない=存在しない」というのは全くの誤解です。正確には、文献に無い事は文献史学が扱う対象に成らないと言うか、成り様が無いというだけの事です。但し、歴史研究には様々なアプローチが有りますので、例え文献資料が無い事柄でも立派な研究対象に成りますのでご心配無く。
 CC様のご投稿に対して「お前の意見こそ独善的」というご意見は明らかな間違いです。最低限の文章読解力と良識が有るならば、CC様の真っ当なご意見を「独善的」と読み取れる筈は有りません。如何なる意図で石川様が、敢て攻撃的な発言をされるのかは察しかねますが、老婆心ながら一言申し上げたい。例えネット上でも、自らの価値を貶める様な発言をしても何のメリットも有りませんよ。(当方も独善野郎と罵倒されるかな?)

 石川様にせよ、他のどなたにせよ、当掲示板は当方に対する批判的な意見や感想を拒むものでは有りません。ましてや理由を示した批判ならば大歓迎です(勿論、資料を示せなどと野暮な事は申しません)。出来る限りお答え致しますが、内容によっては数箇月掛る事もご覚悟下さい。
 

CCさんとやら

 投稿者:石川 久  投稿日:2020年 8月18日(火)23時44分16秒
  お前の意見こそ独善的で、会議室を荒らす行為でしかなく、見苦しい限り。  

仮説

 投稿者:CC  投稿日:2020年 8月18日(火)17時01分7秒
  お邪魔します、CCです。

> 石川 久様
「合」がトリックテイキングである、と云うのも、そしてすだれ十様には悪いのですが
「合」がめくりである、と云うのも、現時点ではどちらも決定的な証拠が無く、共に
仮設である、と云うのが現状だと私は認識して(その中で私はめくり説を支持します、
と云う立場です)おります。あなたがご自分の説を正当だと思うのは当然ですが、
この現状で相手方の説を「誤った認識」と言い切ってしまうのは先走った独善的な
意見だと思います。「私はこう主張します」「私はその説にはこう云う問題点が
あると考えます」でいいんじゃないですかね。
このサイトの論説を見れば、すだれ十様は「自分の誤った認識を素直に認めること」が
きちんと出来る方であるのはお判り戴ける筈ですので。

> すだれ十様
すみません、荒らす気は勿論ございませんが、ちょっと横から余計な口出しをして
しまいました。お見苦しい所をお見せしまして大変失礼しました。

それでは。

http://cartacc.g1.xrea.com

 

更新、楽しみにしています

 投稿者:石川 久  投稿日:2020年 8月18日(火)04時46分41秒
  自分を信じることは、とても大切なことですよね。
余計なお世話でしょうが、「合」に囚われ過ぎて、先に進めないのも問題ですし、意固地になって悪あがきをするより、自分の誤った認識を素直に認めることの方が遥かに恰好良く、信頼を勝ち得るとも思います。

文献史学的には、資料にない=存在しない という考え方になるんですね。
最近の若者が、ネットで検索しても見つからない=存在しない と結論づけるのに似た印象を受けます。

それも残念で勿体ないことだと思いますが、いち読者としては、更新を楽しみにしております。
 

ご投稿ありがとう御座います

 投稿者:すだれ十  投稿日:2020年 8月15日(土)14時21分3秒
  石川 久様、ご投稿ありがとう御座います。

 そうですか・・・「合」はトリックテイキングに見えますか・・・ もしも江橋先生がお聞きになったらさぞやお喜びの事でしょう。

 『雍州府志』「賀留多」の項を読まれて、「合」がトリックテイキングだという印象を持たれた事は尊重します。たしかにこれを初めて読んで“めくり系技法”だと感じる方が異常でしょう。かく言う私も最初はトリックテイキングだと確信したのですから。
 私としては今後、石川様の認識が少しでも“めくり系技法”の方になびく事を期待して、更に精進して丁寧に説明を尽したいと思います。

 「加宇」「比伊幾」「宇牟須牟加留多」ついての当方の見解は既に述べていますが、“オイチョカブ”“引きカブ”については一言申し上げておきたい。
 “オイチョカブ”は近代以降に確認される技法です。江戸期の資料には“オイチョカブ”の名称は見当たりません。又、“オイチョカブ”の特徴的な初期配列に関しても、文献的にも絵画資料にも存在した痕跡は有りません。少なくとも『雍州府志』の時代に“オイチョカブ”が存在したとは考えられませんので“加宇→オイチョカブ”という見方には賛成出来ません。
 又、個人的には江戸期の“かう”は、現代の“引きかぶ”に近い技法だったと想像しております。従って“比伊幾→引きカブ”という認識にも賛同しかねますし、“引きカブ”の名称も江戸期には見られません。

 それにしても、研究室の方を8か月以上もほったらかしたままで御免なさい。石川様のご投稿のお陰で、たとえ小人数といえども読者がいらっしゃると云う事を再認識しました。心から感謝申し上げます。
 で、心を改め、今度こそ近い内に更新をする積もり、いや、必ずしますのでご期待下さい。
 

『雍州府志』巻七「賀留多」

 投稿者:石川 久  投稿日:2020年 8月12日(水)23時15分39秒
  私は単なる賭博カルタ好きのマニアに過ぎませんから、戯言だと思ってお読み頂いても構いません。

『雍州府志』巻七の「賀留多」部分の原文を読んでみました。
現代に伝わる遊び方の名称とは異なるため、解釈の違いがあるようですが、私には何ら疑問を感じることなく、次のゲームについて説明していると想定して読むことができました。

・合 → トリックテイキング

・加宇 → オイチョカブ
・比伊幾 → 引きカブ
・宇牟須牟加留多 → キンゴ

私は、学術的な考察や論理的な思考も得意ではないので、説得力も持ち得ておりませんが、早く次のステージへ進んでもらいたいと願っております。
 

失礼しました

 投稿者:CC  投稿日:2020年 1月28日(火)16時04分49秒
  お邪魔します、CCです。

直りましたね、お騒がせしました。

それでは。

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