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  • 乃木希典大將『(吉田松陰先生)士規七則講話』一卷。

  • 投稿者:備中處士
  • 投稿日:2008年11月 3日(月)00時05分24秒
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 日本學協會『日本』平成二十年十一月號に、市村眞一博士(岳父は近藤傳八陸軍大佐)「乃木大將の『士規七則講話』解説」が掲載されました。乃木大將の教へを弘く宣布したく、其の原文のみを拜記抄録、同志學道の資に期さんが爲めに、謹んで清覽に供したく存じます。


 紹宇近藤啓吾先生の曰く、「元と大將が、郷里の青年會において講話せられたものの筆記にして、靄然社より印行せらる。靄然社は、中島靖九郎、松下村塾に學ぶ。嘗て啓吾、寒林先生(平泉澄博士)より、この書の名を聽(うけたまは)り、百方これを索め、頃者(さきごろ)載せて、横山健堂著はすところの『大將乃木』中にあることを知れり。因て之を油印に付し、諸子と講道の資となすと爾か云ふ」と。

●乃木大將『士規七則講話』に曰く、「

 『士規七則』は、既に諸君、了知せらるゝ所にして、一々これを説明する要なかるべし。今日にしては、軍人に賜はりたる御勅諭が、我々軍人の奉戴すべきものにして、他に之に代るものを求めることは出來ぬ。然れども此の勅諭を下し賜はりたる以前に於ては、我々當時の青年は、先輩より、今の御勅諭の如く、此の七則に就て訓戒せられたるものなり。而して我が防長、即ち毛利家勤王の功績は、祖先以來、殊に忠正公(愚案、贈正一位・權大納言・大江敬親公)の御忠節によりて發揮せられ、今日、皇室の御繁榮を來たせるも、一には之に因ると云ひ奉るも不可なし。維新建業の際、偉勳を奏せし人々は、吉田先生の薫陶を受けたる者多く、換言すれば吉田先生の功、大なりと云ふを得べきものにして、我々其の後に人と成りし輩は、實に先生の七則を尊信すること、今日の御勅諭の如く、精神鍛錬の準據としたるものである。

 勅諭は、陛下の下し賜りたるものにして、臣民として、皇室に對する勤王の心を養ふものたり。而して之と比較するも、畏れ多きことであるが、士規七則は、我々毛利家の治下にありたる者に對しては、之と同樣に、最も肝要なる教訓であつた。今日に於ても、同樣なるものと思ふ。由來、我が山口縣人は、毛利家數百年來、勤王の精神に依て成立せるものにして、明治維新に際し、毛利家の名物たる吉田松陰ありて、此の勤王の方針を遺憾なく發揮せられたるものなることは、吾人の一日も忘るべからざることである。然り而して其の教をせられたるものは、即ち毛利家代々、勤王の趣旨に反かざるのみならず、後日と雖も、尚も之を發展するの要あるや、勿論なり。今ま茲に七則を述べ、併せて我々軍人が、如何にして之を遵守すべきやを述べむ
」と。


 以下、は、乃木大將の『講話』なり。

●吉田松陰先生『士規七則(毅甫の加冠に贈る)』(實際に松下村塾に於て訓讀されたと傳ふ、廣瀬豐海軍大佐の訓に據る。文中[□]は訓まずと云ふ)に曰く、「

 册子を披繙すれば、嘉言、林の如く、躍々として人に迫る。顧(おもふ)に、人、讀まず。即(も)し讀むとも、行はず。苟(まこと)に讀みて之を行はゞ、則ち千萬世と雖も、得て盡す可からず。噫(あゝ)、復た何をか言はむ。然りと雖も知る所ろ有り矣、言はざる能はざるは、人の至情也。古人は諸(こ)れを古に言ひ、今ま我れ諸れを今に言ふ、亦た□(言に巨、なん)ぞ傷(やぶ)らむ焉。士規七則を作る。

一、凡そ生れて人爲れば、宜しく人の禽獸に異なる所以を知るべし。蓋し人には五倫有り。而して君臣・父子を、最も大(おおい)なりと爲す。故に人の人爲る所以は、忠孝を本と爲す。

人と生れては、禽獸に異なることを知るべし。人には五倫あり。就中、君臣・父子に於ける忠孝を大切とする、之れが分からなければ、人に似た禽獸である。

一、凡そ皇國に生れては、宜しく吾が宇内に尊き所以を知るべし。蓋し皇朝は、萬葉一統にして、邦國の士夫、世々祿位を襲ぐ。人君、民を養ひて、[以て]祖業を續ぎたまひ、臣民、君に忠して、[以て]父志を繼ぐ。君臣一體、忠孝一致なるは、唯だ吾が國を然りと爲す。

國體に就ては、無論、今日の學校にても教へつゝあるも、軍人は獨り戰時に命を惜しまずといふ許りではならぬ。無事の日に於ては、又た宜しく國民の模範たらざるべからず。他を感化して、幸徳秋水の如き者を生ぜざる如く、國民の精神を振起せざるべからず。然らざれば我々は軍人として、將(は)た又た臣民として、萬世一系の皇室を奉戴するも、甲斐なきものである。世態の此の如くなれるは、我々が諸君に對し、百倍の罪を負ふべきものなれども、希くは、諸君も我々に助力し、之が根滅に努められんことを望む。七則中、第一のことは、人の禽獸に異なる所以にして、一般の人について云ふものなるも、第二のことは、封建時代に在りては、大名なり武士なりに就て言ふことにして、今日に在りては、軍人の任務である。華族、即ち祖先以來の優遇を受け、今日の位置にありて、子孫、其の家を繼ぐべき人は、勿論、分相應なることは盡さゞるべからざるも、軍人として、殊に將校として、今日、其の位置に立ち、部下を訓練する者は、所謂武門・武士の心を以て自ら任じ、國體の如何を稽へ、終身の事業として、深く意を用ふるにあらざれば、其の職務を盡す能はず。故に國體といふことに就ては、最も重きを置かねばならぬ。

一、士の道は、義より大なるは莫し。義は、勇に因りて行れ、勇は、義に因りて長ず。

武士道は、我々將校の自ら任として、之に當るべきものなり。義の心薄きは、士たるの値ひなし。士たる者は、義を肝要とす。義は之を守り行ふに、勇氣を要す。人情に外れざらんことを是れ恐れ、交際上にのみ細心注意しある者は、義を行ふことは出來ぬ。多少世間と異なりたる考慮がなければならぬ。然らざれば決して義を保ち得るものにあらず。勇氣も亦た義のために長ずるものにして、所謂廉恥の心は、義の發端である。恥を知るは、勇に近き譯である。

一、士の行は、質實にして[以て]欺かざるを要と爲し、巧詐にして[以て]過ちを文(かざ)るを耻と爲す。光明正大、皆な是由り出づ。

士の行ひに就ては、質實なること、最も大切なり。質素に關しては、勅諭にある通りである。而して此のことを行ふは、甚だ困難なるものなり。質素は、動もすれば他の誹謗を受け易く、吝嗇と同視せらるゝを以て、中庸を得るに、深き研究を要す。即ち義の何たるを解せざれば、質素の如何を知らざるに至る。乃ち人は質素にして、苟くも實用に反することがあつてはならぬ。値ひ低うして實用に堪へざるものを購ふは、不可なり。又た實用に堪ふるものと雖も、力及ばざるものを購ふ如き、又た不可なり。優美に過ぎるは、士の恥なり。文に過ぎる者は、固く戒めねばならず、質實を得ざる者は、公明正大なること能はず。兎角く交際に流るれば、奢侈柔惰に陷り、費用多し。從て金錢を欲するに至る。然るときは、心中に惡意を萌し、物を貪り、他を欺くに至り、不當の借財を爲すに至る。是れ文飾に過ぐるの弊なり。常に公明正大を心掛け、質實を守ることは、諸君が學校を出で、將校と交際するに當り、心掛くべき重要のことである。

一、人、古今に通ぜず、聖賢を師とせざれば、則ち鄙夫のみ耳。書を讀みて尚友するは、君子の事也。

道義を研究し、聖賢の道を守ること、亦た甚だ肝要なり。聖賢の道とさへ言へば、孔子とか、孟子とか、四書・五經を思ひ、支那人に限るが如く考ふ、是れ大なる過ちである。我が國、決して聖明の君主、忠誠賢良の臣子、少なからず。山鹿素行先生の如きは、大に之を論ぜられた書物もある。殊に吉田松陰先生の如きは、最も其の説を尊信さるゝ念、深かりしことは、明かである。

一、徳を成し材(さい)を達するには、師恩友益、多きに居(ゐ)る焉。故に君子は、交游を愼む。

上述の如く、節義道徳を磨き、又た現時、文明社會の學藝を習得して、常に切磋琢磨すること、極めて必要なり。之が爲めには、君子は交友を愼むこと緊要にして、學術徳義の上に就き、其の人の長所を尊信して、交りを結ぶを必要とす。只だ其の缺點のみを見て、之を遂に嫌ふときは、友なきに至るべし。但し己の節義に害ある者は、斷じて之を絶つべく、止むを得ざるも、其の心得を以て交らねばならぬ。而して又た自ら他の缺點を矯正するの力を備へざるべからず。是れ將校たる者は、部下を持つに良き者のみを選定すること、能はざればなり。長上には服從し、若し非理のことあれば、よく自ら研究したる後、其の教へを受くべきものである。同輩、特に氣の合ひたる友達に於ては、不知不識に化せらるゝことあり。我が好む所は、彼れ亦た好み、遂に其の缺點を見出す能はざるに至る。故に深く愼まねばならぬ。人を批難し、又た職務上の妨害をなすが如きは、不心得の甚だしき者である。

一、死して後ち已むの四字は、言、簡にして、義、該(か)ぬ[廣し]。堅忍果決、確乎として拔く可からざるものは、是を舍(お)きて術(じゆつ)無き也。

近頃、死して猶ほ止まずなど、言ふ者あり。抑も生ある内に事を遂げ得ざる者が、死して事を遂ぐる筈なし。意氣は可なるが如きも、空言に過ぎない。死する際まで、恥をかゝざることこそ、望ましけれ。
 右の如く、予が士規七則を尊信する精神の大略を述べたるを以て、諸君は之を以て、今後、將校として社會に立つ上の參考とせらるゝならば、害なくして、多少の益もあらんか。

 右、士規七則、約して三端と爲す。曰く、志を立てゝ萬事の源(もと)と爲し、交を擇びて[以て]仁義の行を輔け、書を讀みて[以て]聖賢の訓(おし)ヘを稽ふ。士、苟に此に得ること有らば、亦た以て成人と爲す可し矣」と。


●平泉澄博士『士規七則講義』(『先哲を仰ぐ』昭和四十三年五月・日本學協會刊の増補三訂版・平成十年九月・錦正社刊に所收)に曰く、「
 腰に劍を佩かずともよい。職業は何であつてもよい。眞に道義に目覺めて、道によつて國を守らうとする者、しかも義勇の精神により、死して後ち已むの覺悟ある者、之を士と謂ふのである」と。


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