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  • 黒木慕楠少佐『急務所見』。

  • 投稿者:備中處士
  • 投稿日:2009年 8月23日(日)18時53分27秒
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●黒木慕楠少佐『急務所見』(昭和十九年五月八日)に曰く、「

 紀元二千六百四年五月八日
     海軍大尉 黒木博司

   急務所見

 大日本は、神國なり。皇國の大義、萬古、神勅に定り、大義の國體、千歳、忠烈を生むと雖も、臣民、茲に感奮して、自ら義烈に力むるになくんば、焉ぞ能く皇國の無窮を保せんや。今日の危急、言ふべからず。明日の變轉、察すべからず。未だ聖慮を安んじ奉ることを得ざる、嗚呼、臣が罪、誅に當る。臣、既に死すべし。囘天護國の道、神明、唯だ此の處に嘉し給はらん。草莽の淺學なりと雖も、至誠盡力の事、他に俟つべからず。便ち微衷靖獻、以て左の四項を記す。

   第一 死の戰法に徹底すべき事

 現下、戰局の歸趨は、皇國存亡の決する處なり。病躯の夫、仇敵刀を擬するに、焉ぞ醫藥を煎ずるの暇あらんや。攘夷撃滅は、正に今日の至大事なり。時に夷狄、膨大の物量を以て臨むに、我、力及ばず、量足らず、遂に滿身創痍、身に寸鐵を帶びざるに至らんとす。呼、神州明日の變、測り知るべからず。我、何を以てか、之を制せん。他なし、『吾が國の外國と異なる所以の大義を明かにし、臣は君の爲に死し、子は父の爲に死するの志、確固たらば、何ぞ諸蠻を恐れんや』(愚案、吉田松陰先生『講孟箚記』)と。之れ心切忠死を希ひ、臨むに必殺の策を以てして、始めて可なり。夫れ必死必殺の死の戰法に徹せんか、用ふる兵器は易々として、以て量を補ふに足り、用ふる道は豁然として、戰果、測り知るべからず。一度、其の威を振はんか、夷狄、慄然として爲すなけん。是れ神州の武、皇國の義なり。唯だ用ひざりしのみ。或は上官、切々の情ありと雖も、大義に死せしむるは、臣たるの義、子を生かしむるは、將たるの責なり。焉ぞ一己の心責を以て、皇國の安危に換へんや。宜しく速かに皇國の神武たる死の戰法により、皇國を護持し、以て一日も早く聖慮を安んじ奉るべきなり。姑息の弄策、荏苒の一日、以て神州を千歳に誤らんことを懼るなり。

一 航空機に於て、速刻徹底すべきこと

 今日、航空機の偉たる、論を俟たざる處なり。然るに彼の膨大と良材と超巨大機に應ずるに、我れ亦た航空機と彈丸を以てせば、遂に支ふる能はず。唯だ攻守共、死の戰法に依らんのみ。則ち自爆々撃機及び體當り戰鬪機を以て、彼が生産地を覆滅し、又た其の巨大機を必墜して、一の逃走なからしめば、制空の權、必ずや我が掌中に歸せん。唯だ明日の變、測り知るべからず。有志、齊く待機す。要は之が發動の速刻なるに在り。

一 人間魚雷を完成採用すべき事

 主戰力、一に航空機に在りと雖も、然も之を補ふに潛水艦を以て第一となす。然共も帝國が國力を以ては、遙かに其の量を充す能はず。故に急速、人間魚雷を完成し、徹底的連續攻撃を敢行し、以て敵が海上勢力を完封すべきなり。巧妙の技術、可なりと雖も、其の域に限度あり。獨り士魂は然らず。宜しく速かに英斷を下すべき機なり。

一 空輸挺身隊を徹底的に活用すべき事

 搦手攻撃は、戰術の要諦なり。陸戰及び海洋基地に於て、空輸挺身隊を以て之を敢行せば、その戰局を左右する處、極めて大なりと思考す。吁、皇國の興廢、唯だ正に死の戰法に徹すると徹せざるとに在り。然して其の司の士に在り。

   第二 天下の人心を一にすべき事

 天下の事、人心を一にするより大なるはなし。孫子曰く、『兵者、不如人和』。松陰先生、更に曰く、『天下、難あれば、億兆の臣民、皆、當に之に死すべし。億兆の臣民、皆、死すべからざれば、則ち皇統は天壤と共に窮りなけん』と。然るに皇國の大體、神州の聖民にして、猶ほ一ならざるは何ぞや。即ち百説相剋、利徒跋扈し、夷心蠻風、得々として風靡す。或は軍民、漸く相離れんとし、又た陸海、既に相容れざるや甚だし。嗚呼、天皇は聖明たり、國體は優美たり、然して之に背かしむるものは何ぞや。

一 尊皇を純化徹底すべき事

 松陰先生曰く、『天朝を憂へ、因て遂に夷狄を憤る者あり。夷狄を憤り、因て遂に天朝を憂ふるものあり。然共も其の孰が本、孰が末なるか、未だ自ら信ずること能はざりき。向に一友に啓發せられて、矍然として始めて悟れり。從前、天朝を憂ひしは、皆、夷狄に憤りを爲して見を起せしなり。本末、既に錯れり。眞に天朝を憂ふるにはあらざりしなり』(愚案、『又讀七則』)と。思ふに、吾人に亦た此の錯りあるにあらざるや。之れ有りては、遂に尊皇も徹せず、人心、一なる能はざるなり。況んや要路に、斯かる士の蟠居するに於てをや。義明かなる處、人、必ず赴く。即ち尊皇の純化徹底を計らんとせば、政府は先づ權謀奸策の不徳の士を芟除し、態度敬虔、操志堅確、國體明徴の士を登用すべきなり。政道は教學より大なるはなく、教學は上に其の人を得ざれば、遂に成るなし。他の弄策、復た論ずるに足らざるなり。

一 國家教學に其の人を得べき事

 國家の患、教學、正道を得ざるより大なるはなし。今日の患、一に夷學・雜學に因る。宜しく速かに皇國の正學に據らざるべからず。即ち敬虔、以て先哲を學び、愼重、以て傳統を稽へ、忠死、以て皇國を護持せんとの學ならざる可からず。然るに今日の學は、皆、夷學・雜學、傲然として私見を立て、敢然として傳統を排す。爲に百家百説、民心、一に歸するなし。獨り正學は然らず。皇國の忠臣巖然として、爲に志向する處、更に別途なし。便ち國民、肅然として、民心、分れず。‥‥

一 君臣の名分を正し父子の情義を養ふべき事

 皇國の事、君臣の名分を正すより先なるはなし。近年、天皇御親政の實、聊か國の内外に明徴ならざるものあり。之れ舊態の然らしむる處、今日、一擧に改むべからず。唯だ皇族を奉戴して總宰に仰がば、時態拾收、以て御親政の實、國の内外に明かならん。然る後、國民肅然として順ひ、萬邦靡然として仰がん。國難囘天の業、以て始むるを得ん。又た忠臣は、必ず孝子の門より出づ。宜しく家庭を養ひ、孝子は厚く之を賞用し、子、罪あらば、父兄を以てすべし。抑々一夫樂みて、百屋生邑なく、權勢の富豪に許して、誠實の貧困を窮せしむることあるべからず。國歩艱難、民心荒蕪なるに於ては、愈々人心を、茲に撫育繋止するを要すべし。

一 軍の宜しく自肅すべき事

 我等は、陛下の御股肱なり。『凡そ王土にはらまれ、忠を致し命を捨つるは、人臣の道なり。必ず此を身の高名と思ふべきに非ず』(愚案、北畠准后『神皇正統記』)。銃後、猶ほ克く前線に謝すと雖も、亦た極めて困窮の境に在り。或は軍の一斑を見て、軍民、漸く相離れんとす。之れ最も戒むべし。抑々軍は教育徹底し、物慾に亂るゝなしと雖も、庶民は然らず。宜しく軍は、速かに簡衣粗食に卒先すべし。軍、卒先せば、何者か足らずと言はん。之れ軍の國家鎭護の一斑なり。

   第三 陸海軍一致すべき事

 現戰局不振の因、陸海軍の不一致による處、極めて大なり。畏れ多くも陛下御股肱の御信任に對し奉り、皇國將士、何の顔ある。之れ即刻に悔い改むべきなり。抑々之が因て來る所は何ぞや。思ふに、陸軍は陛下の御股肱を以てし、海軍は戰鬪第一を以てす。即ち前者は精神を重んじ、後者は技術を輕んぜず。弊利得害、各偏見より至る。今日、正に大丈夫の襟度を示すべきの秋なり。況んや陛下の御股肱たるに於てをや。然共も之が積年の弊、深く原因する處あるべし。則ち道義の根底に於て結ばれざるべからず。然るに學無くんば義暗く、學同じからざれば、遂に義同じからず。宜しく速かに正學の軍に於て講ぜらるべきなり。之れ陸海軍の根底に於て一致するの要諦なり。

   第四 緊要の策を速刻斷行すべき事

 囘天緊急の策たる、即ち之を遠慮深謀し、速刻斷行すべきなり。緊要の策、今日、左の如きものならんか。

一 玉碎兵器を徹底増産すべきこと

 特に慮るに、左の二點あり。
 イ、戰局の如何に拘らず、終始、死の戰法を徹底すべき事
 ロ、時限的増産を以て、常に決定兵力たらしむる事

一 補給線を確保すべき事

 特に對潛兵器の如何は、今日、國家の命脈に拘るべし。對策を要す。

一 化学戰に一歩先んずべき事

 近き將來に於て、熾烈なる化學戰たるべきは、必至なり。宜しく皇國の無窮を念じ、之が愼重切實の對策に力めざるべからず。而して左の三種、最も心すべきものか。
 イ、殺人光線
 ロ、毒ガス
 ハ、人造肥料

一 食糧を確保すべき事

 民生を厚くするに、食より大なるはなし。食足れば、便ち衣・住足る革命騒亂は、充ち足りて猶ほ起ることなし。   [終]」(愚案、平泉澄博士「冩本奧書」あるも、敢て之を略す)と。



 黒木慕楠少佐『急務所見』全一卷、敬書すること件の如し。



■平泉澄博士『悲劇縱走』(昭和五十五年九月・皇學舘大學出版部刊)の第七十一章「黒木少佐」其二に曰く、「

 此の『急務所見』のしたためられたるは、昭和十九年の五月八日、黒木博司海軍大尉、かぞへ年二十四歳、原本は幅一尺一寸四分、長さ實に二丈一尺二寸五分、徹頭徹尾、血書であつて、墨で書かれたものは一字もなく、しかも筆勢は雄渾、湧くが如く、迸るが如く、大尉の精神躍動して、鬼神を泣かしめるものであります。

 かやうに云へば、讀者は黒木少佐に就いて、いかなる風貌、いかなる性格を想像せられるでありませうか。實は斯の人、紅顔、花の如き若武者であり、温和、春風に似る、やさいし性質でありました。この人ほど美しく、この人ほどやさしい人は無いとさへ思はれます。父母に對し、兄妹に對する至純の愛情は云ふまでも無く、師友に對し、上司同僚に對しても禮儀正しくして、しかも温情に滿ちてゐました。「下呂の母から送つてくれましたから」と云つて、あの食糧の恐るべき空乏の時に、柿を二三個、栗を十數粒、わざわざ小包で、東京へ送つてくれられた好意を、私は涙ながらに囘想するのであります。

 或はまた讀者の中には、少佐を以て熱情の青年、感激の高い文學青年の如く思はれる人があるかも知れませぬ。實は極めて沈着冷靜であつて、毫も感情に溺れる浮薄の氣風を見なかつた事は、昭和十九年八月、少佐の歎願、遂に海軍首腦部を動かし、「囘天」兵器として採用せられ、いよいよ出動迫つて來て、その練習に專念中、九月六日、海荒れて浪高く、少佐の同乘指導した囘天第一號、不幸にして海底に突入し、離脱浮上不可能となり、遂に殉職の悲運に際會した時の態度によつて明瞭であります。その海底沈座は、六日の十八時十二分、最期は七日の午後二時となつてゐますが、少佐の絶筆は○四○五とあつて、意識のあつたのは、午前四時までと推定されます。つまり絶望の状態に在る事、十時間の長きに及んだのであります。これが短時間であれば兎も角、十時間の長い間、死に直面しつつ、次第に呼吸の困難の加はる時、常人であれば、感情は高まり心緒は亂れるであらうと思はれるのに、黒木少佐は極めて冷靜に、事故の實状、その經過、自分の執つた處置、今後警戒すべき點、用意すべき點、設備すべき點、其の他參考事項を記録に留めたる後、神州、必ず體當り戰法に徹し、明日より速刻實行する事を確信し、『神州不滅を疑はず』、『欣(よろこ)んで茲に豫(かね)て覺悟の殉職を致すものに候ふ。天皇陛下萬歳。大日本帝國萬歳。帝國陸海軍萬歳』と、皇國の將來を祝福すると共に、後事を仁科(關夫)中尉を始め同志の諸士に委嘱し、更に『恩師平泉先生を始め先輩諸友に、生前の御指導を深く謝し奉り候ふ』とまで書き殘されたのでありました。諸葛孔明の出師表や、文天祥また謝枋得の詩は、異國の人であり、數百年乃至千數百年前の事であつても、猶ほ我等をして泣かしめずしては措かないのであります。而して今、黒木少佐の『急務所見』や『日記』及び海底の『遺書』の如きは、その忠愛の至情に於いて、其等とその本質を同じうし、その光彩を競ふものと云ふべきでありませう」と。


■疊山謝枋得『初めて建寧に到りて賦する詩』

雪中の松柏、愈(いよゝゝ)青青、
綱常を扶植するは、常に此の行に在り。
天下久しう無し、□[龍+共]勝が潔、
人間、何ぞ獨り伯夷のみ清からむ。
義高うして便ち覺る、生の捨つるに堪ゆるを、
禮重うして方に知る、死の甚だ輕きを。
南八男兒、終ひに屈せず、
皇天上帝、眼(まなこ)分明(ぶんめい)。


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