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  • 黒木慕楠少佐『戲曲』、其の四。

  • 投稿者:備中處士
  • 投稿日:2009年 8月23日(日)00時51分39秒
  • 編集済
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   第四場 倒れて滅びず

時、延元元年初夏の候。
所は、是れ櫻井の驛。正成・正行、離別の場。和田秀賢等、列座す。

正行「父上。正行、既に十一歳。一方の大將を仕りまする。是非おつれ下されたうお願ひ致しまする。」
正成「ならぬ。和子、汝を此所よりかへさんは、一族を惜しみ、汝を惜しむからにはあらぬぞよ。」
  「のう、正行。前々申すやう、我等民草の冀ひ力むるは、日本の正しき姿・正しき政におかへし奉ることであつたのう。」
正行「ハイ。」
正成「ウム。先に後鳥羽上皇、この志ありて、討幕の事あり。不幸、事敗れて、畏れ多くも三上皇、遠島にお遷り遊ばされ給うた。しかもこれに屈し給はず、畏き御身を以て、主上には辛酸萬苦、やうやくにして幕府を倒され、天皇御親政の大御代におかへしあそばされたのぢや。存じてゐるのう。」
正行「よく存じてをりまする。」
正成「ウム。しかるを尊き中興の御苦心も、僅か二年。二年にして破れ去つたのぢや。――のう、正行。茲によう考へねばならぬのぢやぞ。」
  「和子よ。古へより訣別の言は、これを路人に施すと雖も、猶ほ克く肝に銘ずと言はるゝが、汝も既に十一歳。まして父が、此の世に於ける最後の言葉ぢゃ。よくゝゝ肝に銘じて、忘るまいぞよ。」
正行「ハイ。」
正成「此の度の逆賊の盛んなること、元弘の年、官軍の東西に現れて、北條を亡ぼせし時に比ぶれば、眞に人心の換る、不思議とも思はるゝであらうが、よくゝゝ觀じ來れば、此等の人々の、或は官軍となり、或は逆賊となれるも、皆々同じ心なのぢや。即ち利己心の歸する處に外ならぬのぢや。されば人々、勳功におごり、恩賞を爭ひ、不平滿々たるを見て、高氏が利を以て、無學不明の徒輩を誘ひたるに過ぎないのぢや。」
正行「元弘の始め、天下の勢、朝廷につきたるも、素より心こゝにあらざれば、天下の勢、又これを去つて、再び歸るべからず。歸る日は、將た亦た何日の日であらうか。」
――正成、沈思す。
正成「此の度び高氏東上のこと、既に天下の勢を得、戰運、彼にあれば、とても戰、利あらず。敗戰は必定。さればとて、既に勅命の下る、死力を竭さんのみ。斃れて後ち已まんのみぢや。」
正行「父上、されば私も參りまする。」
正成「いやさ、さればこそ、汝を殘すのぢや。聞け。坊門清忠、策をあやまりしは遺憾なれど、策用ひらるゝとも、天下の人心を、如何しようぞ。若し假りに此の度、兵庫に死なずして、再び京師をうばはんとせば、又た出來得ざる事もあらぬのぢやが、一人の高氏死すとも、天下の高氏死せず。一箇の足利亡ぶとも、天下、又た足利に代るの世の中ぢや。のう、正行。今ははや、擧世功利の俗、道義、地を掃ひ、天命も爲に去つて、人力の如何ともなす能はざるの時ぢや。和子よ、正行。汝ならば、如何とする。」
正行「ハイ、討つて、討ちまくりまする。」
正成「ウム。よいゝゝ。その心を忘れるなよ。しかし、のう、正行。朝敵がなくなるのは、天下の人心が改まるものぢや。正しき大御代は、中々に參るまいぞ。」
正行「殘念でござりまする。」
正成「のう、正行。されば此の事は、中々に一世一代の能くなし得る所にはあらぬぞ。又た父も、何日かは死なずばなるまい。汝等も、その一代には、よくなし能ふまい。しからば、正行、如何と致す。」
――正行、默つて見上げる。
正成「のう、正行。道は一つぢや。唯だ父は子の爲に死し、臣は君の爲に死し、闔門、義に死して貳らざるあるのみぢやぞ。闔門、義に死す。死して志を繼ぐものは、子等にしかずぢや。正行よ、さればこそ、汝を歸すのぢや。」
  「和子よ、父は、今こそ死すべきの機なるを知る。」
  「父死する後は、天下の事、亦た知るべきぢや。而して足利逆賊の二人、彼等の心は、實に測り知るべからざる不逞の心なのぢや。されば、天祖の肇め給ひ、天壤と共に窮りなかるべき皇統は、彼の逆臣の爲、一朝にして潰えてしまふであらう。のう、正行! このやうなことがあつてよいのであらうか。」
正行「なりせぬ。」
正成「ウム。このやうな悲しみが、憤りが、又とあらうかよ。」
正行「ござりませぬ。」
正成「さればぢや。汝に頼む。父・正成は、既にこの爲に、此の悲しみの爲に、討死して果てるのぢや。されば汝、正行も、又た兄弟も、皆心を一にして、此の悲しみ、此の無念の爲に死んでくれ。叔父も、甥も、一族郎黨、この無念の爲に死んで、死んで、皇統を護り、二心なく、屈せず、一族、死を以て仕ふるならば、彼の惡逆の者と雖も、必ずや感ずる所あり、皇統のみは、天壤と共に窮りなきことを得。何時の日か、復た正しき御代にかへることを得るであらう。然し天下、亂臣賊子の世、御間違ひなく、皇統をお護り奉るさへ、中々難しい事ぢや。」
  「和子よ、正行よ。此の道は、唯だ一つしかあらぬのぢや。則ち子々代々、志をかへず、死して死せず、一族、身命を擲つて、皇統を拜護し奉るまでぢや。」
正行「さればこそ、正行も參りたうございまする。」
正成「なんと、わからぬ。今、汝一人が死したるとて、何となる。汝、死したる後は、一族の柱を何とする。汝を歸すは、則ち眞の御爲なるがわからぬか。」
正行「ハイ。」
正成「和子。歸つてのう、御主は、未だ年も若い。母上に、よう學問を習ひ、武術を練つて、きつとゝゝゝ、足利を討つて、父の仇をとれよ、のう。否々。天下の朝敵は、足利ばかりではあるまい。よう父の心を受けつぎ、一族擧つて、御主上を拜護し奉るのぢやぞ。」
正行「ようわかりました。」
正成「ウム。和子、ようわかつてくれた。正行、後を、後を頼むぞ‥‥。五月雨が漏れるのう。」
  「これ、和子よ。此の一刀はのう、曾て主上より、親しく賜はりたる忝き品ぢや。和子にかたみとしよう。雨ぢや、漏れる。正行、さあ、歸れ。母上もお待ちぢやぞ。」
正行「父上。母上は、お待ちではござりませぬ。」
正成「なんと。それは。」
正行「母上は、お待ちではござりませぬ。きつとゝゝゝ。」
正成「ヨシ、よう言うた。和子、されば歸つて、母上に懇く父が話を申し傳へよ。母上は、ようおわかりぢや。母上は、何もかもおわかりぢや。のう。よう母上の言はれることを聞いて、早く成人いたすのぢやぞ。」
  「サア、歸れ。これ、和田氏。」
賢秀「ハツ。」
正成「正行を頼むぞ。」
賢秀「ハツ。では御殿、賢秀は、お供かなひませぬか。」
正成「頼む。後を‥‥。歸られい。」
賢秀「ハハツ。」
正成「和子、弟達をいたはれよ。汝は、楠の柱ぢやぞ。」
正行「ハイツ。」
正成「歸れ。」
正行「ハイ、歸りまする。御父上、お見事に御最期を。」
正成「歸れ。」
――幕。



 愚案、是れ櫻井の訣別の段、敬書しつゝも、涕泗が止まりません。誰か云ふ、楠公は權助に同じ、と。少佐の心、正に「後を頼む」の心底は、深い楠公の理解體得、繼述發揮に在りました。支那では、諸葛孔明が『出師表』を讀みて涙しないものは、人非人なるべしと云はれましたが、我が神州に於いては、櫻井の別離、是れでありませう。涙と共に、擧族殉皇の誓ひ、深く聢と骨髓に填めるものであります。嗚呼‥‥。


■落合直文翁『大楠公・櫻井の訣別』

一、
青葉茂れる櫻井の、里のわたりの夕まぐれ、
木の下かげに駒とめて、世の行末をつくづくと、
偲ぶ鎧の袖の上に、散るは涙か、はた露か。

二、
正成、涙を打ち拂ひ、わが子正行、呼び寄せて、
『父は兵庫に赴かん、彼方の浦にて討死せん、
汝は此處まで來つれども、疾(と)く疾く歸れ故郷へ』。

三、
『父上、如何にのたまうも、見捨てまつりて、我ひとり、
いかで歸らん、歸られん、この正行は、年こそは、
未だ若けれ、もろともに、御供仕へん、死出の旅』。

四、
『汝を此處より歸さんは、われ私の爲ならず、
己れ討死なさんには、世は尊氏(高氏とあるべし)の、ままならん、
早く生立ち、大君に、仕へまつれよ、國の爲』。

五、
『この一刀は、去(い)にし年、君の賜ひし物なるぞ、
この世の別れの形見にと、汝に之を贈りてん、
行けよ、正行、故郷へ、老いたる母の待ちまさん』。

六、
ともに見送り、見返りて、別れを惜しむ折りからに、
またも降り來る五月雨の、空に聞ゆる時鳥、
誰か哀れと聞かざらん、哀れ血に鳴く、その聲を。


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