• [0]
  • ★☆★ 時計の間 ★☆★

  • 投稿者:塾頭
 
●塾頭の曰く、「

 喫茶室・酒場は困りますが、皆さんが、塾の講義を聞いているだけでは疲れるでしょう。私も以前から、気楽にみなさんがお話を出来る「休憩室」みたいなものを作ったら、案外、いろいろなことをおしゃべりできていいかな、とは思っています。酒の「話だけ」なら構わないが、持ち込みは厳禁です。お茶とお菓子ぐらいで、あとは手弁当を食べるぐらいはいいでしょう。あくまでも「九段塾の休憩室」ですから。居酒屋ではありませんよ(笑)。

 そこで『時計の間』という部屋を、スレッドの中につくってもらいましょう。「時計の間」の意味は、休憩室ではあるが、常に柱には「時計」が架っていますので、いつまでもグダグダ、この休息の場でだべってばかり、寝そべっていては困るという話です。別スレッド「事務連絡」は事務連絡で、従来どおり。

 焼酎の話でも、孫の話でも、世間話でも、それは一向に構わないと思いますが、それでもこれから天下に名を馳せようと考えている九段塾ですから、あまり品位の無い話はまずいでしょう。政治の話、神社の話し、時世の話、日常の話、旅の話し、よもやま話――九段塾の掲示板では、少し不似合いな話。それは、なんでも自由でいいでしょう。あくまでも皆さんの休憩室。講義の間の休憩室です。そこらへんは、皆さんなんですから、善く飲み込んで理解して下さい。九段塾の「常識」の範囲で。

 喧嘩は、絶対ダメですよ。つい、激論、激昂にはしりそうなメンバーもいそうなので、塾生同士の喧嘩は、絶対にご法度。

 「時計」がありますから、あくまでも時計を眺めて、お話を適度にされて。

 ‥‥それと、これは私の気持ちだが、あまり食い物と飲み物の話ばかりというのは、私は好きではない。歳をとると(若ければなおさらだが)、必ず「どこそこの酒はいいとか、名物はいいとか」話し出す。昔、大先輩より云われた言葉があって、「人間、食い物・酒の話の自慢話をやるようになったらおしまいだ」というのがあります。それはプチ人間になるからです。やはり食い物が無くて困った生活をしている人たちが、世間には沢山いるし、自分もそういう経験をしてきている。みなさんはそれなりの生活を作ってきているのでしょうけれど、自分たちだけが幸せな話をされるのは、私は好まない。「たまには、すこしは、いいでしょうが、あまり食い物・酒の話をするのは困ります」。これは私の性格で、もともと酒宴が嫌いなもので、申し訳ない。食い物にもあまり興味が無い。なんでも、あれば食べるので。どれがおいしい、まずいを云うと、怒られる。今でも。「なんでもおいしいおいしい」と食べるのが普通ですからね。それと‥‥結構、うるさいですが、「今日は俺がおごるとか、ごちそうするとか」の会話。これも好きではない。申し訳ないね。なんだかんだ、うるさくて。

 「じゃ、ちっとも自由にしゃべれないじゃないか。そんなら休憩室はいらねえよ」とは言わないで下さいよ。九段塾ですからね。そこらここらにあるもんじゃない。××社を始め、多くの正統保守が見ている掲示板ですから。そこはそれ、お願いします。じゃんじゃん、やってもいいですよ。お茶とお菓子と弁当で。なんとか間を持たせて、休憩して下さい」と。


**********

 入力要領は、本篇・掲示板と同一。「編集・削除」も、最下段のボタンより、投稿者自ら出來ます。提案・苦情等、何なりと遠慮なく仰つて下さい。出來ることは、善處する所存です。 謹白

投稿者
メール
題名
*内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
URL
sage

  • [374]
  • 魂の絆──師弟の道。

  • 投稿者:備中處士
  • 投稿日:2018年 7月11日(水)23時51分29秒
  • 編集済
  • 返信
 
 かつて平泉澄先生は、「人は、純粹でなければ話にならぬ」と云はれたことがあった。神道に志す小生は、他に興味を示すことが餘り無かつたが、最近の將棋の流行、特に五十年に一人の天才・藤井聡太七段の降臨に因つて、幼き時に遊んだ將棋の世界に、復た心が動く。次に紹介するのは、ノンフイクシヨンとして秀逸、將棋を知らない方々にも、御一讀を乞ひたいと思ふ。正に「純粹」一筋の世界であり、現代六組の師弟の魂の交流に、心を動かされるであらう。



●野澤亙伸氏『師弟──棋士たち 魂の傳承』(平成三十年六月・光文社刊)

「一人の少年が、棋士になるまでの道のりは長い。小學生で自らの道を決め、十代の青春のすべてを將棋に注いでいく。同世代の若者たちが、當たり前に得られる經驗を、彼らの多くは持たない。勝つことでしか、自分の存在を認めてもらへない世界。ともに競ひ合つたライバルたちは、一人、また一人と脱落していく。その環境は、早くに自己哲學の確立を生む。

 棋士たちの素顔は、知れば知るほど面白い。ウイツトに富んだトーク、嚴しさを知るがゆゑの優しさ。そして日常の出來事を、すべて將棋に照らす獨特の思考。これまで將棋を指したことのない人でも、棋士の人生觀には魅かれるものがあると思ふ。人間が指す將棋には、コンピユータにはない心の起伏がある。彼らの歩みを知ることで、一手に込められた心を感じ取つていただけたら幸甚である」と。
 

  • [373]
  • Re: 親讓之道の傳法

  • 投稿者:宮城野の月
  • 投稿日:2018年 6月 9日(土)23時52分26秒
  • 編集済
  • 返信
 
はゆまつかひ様

重ね重ね有り難うございます。
親譲之道はとても大事なことと改めて思います。
最近は伝統が色々すり替えられたりして,残念な例が増えているように感じられます。
一生勉強ですから,自分も御指導を心に留めて,折々に勉強して行きたいと存じます。
藁を手に入れて練習してみます。
有り難うございました。



  • [372]
  • 親讓之道の傳法

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2018年 6月 9日(土)21時18分10秒
  • 返信
 
宮城野の月様

女性が綯つても差し支へ御坐いません(月水の期間は憚ります)。

以下も御參考まで。

器傳とは、器物や型などに依つて、大自然の眞理、眞律、眞道を後世に教へ傳へ
る方法であります。わが國の神殿や住宅等の形式、折り紙や水引の結び方、神籬
磐境の製法、年中行事のお正月や桃の節句や端午の節句などは、悉く器傳を主と
する親讓之道の傳法でありまして、洵に重大なる意義があり、之れに依つて斯道
を永遠の子々孫々に相續せんとする祖宗の傳道法であります。

↓↓↓
https://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t27/8


お正月の御飾りは總て子々孫々に禊-祓-鎭魂の一連の實修を督勵し、之を代々
に傳統すべしとの警告であります。

↓↓↓
https://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t27/9

  • [371]
  • Re: 眞榊は神靈の宿ります料

  • 投稿者:宮城野の月
  • 投稿日:2018年 6月 9日(土)02時00分44秒
  • 編集済
  • 返信
 
はゆまつかひ様

ご教示戴きまして誠に有り難うございます。

> 眞榊は神靈の宿ります料にして、祥氣を失つた木乃伊では宜しからず。

> 清淨に保てなければ醜靈が寄りますから、其れなら寧ろお供へしない方が良いです。所謂、ひさかき は宜しからず、其れならば椿の方が良いと教へられました。

まことに仰る通りでございます。
寧ろお供えしない方が良いのでございますね。

一時期,近くの店では,支那産しかない時がありました。
その折りに国産の通販があると保守系のメールがありました。
私自身は国産の本榊だけしかお供えしたことはございませんが,
ご高齢のお宅には,ご教示戴いた事をお伝えしたいと思います。

> 工業材料製の注連繩や紙垂と云ふのも木乃伊榊と同じ發想で神と人を僞り、靈的には全く意味のない事です。

この頃,お正月には,市販のものを利用しておりました。
汗顔の至りでございます。
子供の頃には,年末になると実家の父が身を清めてから一人で注連縄を綯っていたのを思い出します。
女性が綯っても差し支えないのでしょうか。
勉強したいことが次々に・・・。
有り難うございました。


  • [370]
  • 眞榊は神靈の宿ります料

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2018年 6月 8日(金)23時08分36秒
  • 編集済
  • 返信
 
宮城野の月様

眞榊は神靈の宿ります料にして、祥氣を失つた木乃伊では宜しからず。

清淨に保てなければ醜靈が寄りますから、其れなら寧ろお供へしない方が良いです。所謂、ひさかき は宜しからず、其れならば椿の方が良いと教へられました。

https://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t19/145

工業材料製の注連繩や紙垂と云ふのも木乃伊榊と同じ發想で神と人を僞り、靈的には全く意味のない事です。

http://tamasakaki.densyou.net/

http://


  • [369]
  • プリザーブド榊(国産)について

  • 投稿者:宮城野の月
  • 投稿日:2018年 6月 8日(金)01時03分52秒
  • 編集済
  • 返信
 
以前,あるお宅にお伺いした時に,神棚の榊が造花でした。
高いところに登ったり,生榊の水替えなどが大変なので
造花にしたということでした。
造花の殆どは支那産ですので気になっておりました。

最近花だけでなく,国産のプリザーブド榊が出ています。
支那産のプリザーブド榊も出回って来ました。
日本の神様には国産の榊でなければと考えます。


※愛知県と民間企業が神棚用に長持ちする特殊加工の本榊を開発しています。

※国産の本榊を使用した高級プリザーブド榊「樹王さとの神」。

  http://www.satonokami.com/index.html

このプリザーブド榊を,ご高齢のお宅にお奨めしたいのですが…
お供えする榊は生に限られるのでしょうか?
ご教示戴ければ幸いでございます。


  • [368]
  • 國技とは。

  • 投稿者:備中處士
  • 投稿日:2018年 6月 3日(日)23時18分25秒
  • 編集済
  • 返信
 
●彦山光三氏『相撲道綜鑑』(昭和十五年五月・國民體力協會刊)に曰く、

「相撲は、肇國以來、日本の國技である。

 私は、かつて『相撲は、肇國以來、日本の國技である』との命題を捧げて、日本人の誰もが、腹の底からかく思ひ、頭の髓からかく信じてゐるとなし、この命題は、われゝゝ日本人にとつて眞理であるばかりでなく、かの野球が、アメリカの國技であり、クリケツトが、イギリスの國技であり、スキー・スケートが、スエーデンの國技であり、やゝ趣を異にするが、鬪牛が、スペインの國技であると同樣、世界的通念として、全人類、すくなくとも全文化人の確認するところとなつてゐると斷じた。

 けれども今日では、單に『相撲は、日本の國技である』といつただけでは滿足できない。これをもつて十分なる表現とは稱せられないのである。すなはち冒頭に掲げたやうに、『相撲は』のつぎに、『肇國以來』といふ、時間展開と史的發展の状貌を明示し得べき二語を挿加することによつて、より的確に、國技相撲の本質なり内容なりを鮮瞭することができるとともに、その一般武道界・競技界における地位なり立場なりを、直截に標指し得ると信ずるのである。この命題の根據は、あたかもわが皇國日本が、開闢當時より、『瑞穗國』であつたとされるのと、全く揆を一にするものであつて、數年前、かの新興ドイツ國が、『今後、テニスをもつて、ドイツの國技とする』などと、こと新しく宣言したごとき、やゝ輕浮の感さへある思ひつきとは、事實、その選を異にする點に、深く注意しなければならないのである。『國技』は、思ひつきや、つけ燒刃によつて、しかく簡單に、やすゝゝと捏ちあげられる性質のものではない」と。



 これは、はゆまつかひ樣の御紹介による『相撲道綜鑑』劈頭の一文である。「國技」なる熟語自體は、漢語では無く、明治以後の和製語にして、英語にも非ず、「National game」てふ米夷語の飜譯語なり。また「國技館」も、其の建設からの僭稱の由。六百頁を越える巨册、教へられること大きいが、然し「相撲は、肇國以來、日本の國技なり」とは、果して如何。而して我が國傳來の劍・弓・柔・剛・忍の術は、一體、如何と、疑念が生ずる。これらの總合的研究からの言ならば、或は納得もし得ようが、相撲を以て、唯一の國技なりとは、俄かに信ずる能はざるものがあらう。

 或は圍碁第十二世名人・本因坊丈和に、『國技觀光』てふ著書ありて、此の國技は圍碁の謂ひなるも、圍碁は支那の産にして東西同然にして、或は將棋を國技と曰ふならば、當に相應しいと謂ふべく、抑も棋道は、頭腦の格鬪技とは申せ、今は暫く措いて云ふまい。

 或は柔術・剛術も、講道館の柔道に蹂躙されて久しいが、其の創始者・嘉納治五郎なる親分、何を血迷つたか、耄碌したるか、次の言を吐いてをる(虎童村尾次郎博士の受賣り)。曰く、「かつての志士は、繩目を恐れなかつた。マルキストも、今は取締まれてをりますが、何時の時代にか、英雄となりませう」と。嗚呼、何たる云ひ樣なるかな。皇國の武道が、斯くの如き大義を辨へざる者に率ゐられたかと思ふと、餘りに悲しいと謂はねばなりませぬ。

 或は合氣は、勝ち負けを云はぬ武道、神武不殺の精神からして、より皇國精神を發揮せるものと謂ひつべく、其の強きこと、宇内に冠たる可し矣。相撲の「心・技・體」も、肥後吉田司家の古傳では、「心・氣・體」の由。蓋し武道の骨髓は、心・體は當然としても、「氣」に在りと申せませう。昨今、スポーツ廳がある由、「體育」の熟語を廢して、其の命名に驚く外ないが、皇國の武道・國技とは、全くかゝはりの無い御役所でありませう。なさけなや‥‥。
 

  • [367]
  • 力士たちの明治維新

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2018年 6月 2日(土)22時03分21秒
  • 編集済
  • 返信
 
ご參照

力士たちの明治維新

↓↓↓

http://www.daito-insatsu.co.jp/sbunko/d_sumou.html

明治天皇と相撲

↓↓↓

https://ameblo.jp/hoshigane/entry-12037417842.html

  • [366]
  • 天津牀踏

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2018年 5月27日(日)22時58分14秒
  • 返信
 
あるお方の論考から

大相撲の千秋樂での賜杯の圓形の臺坐は「桶」の形である。
巫女が“足木”の上で牀を踏む所作がある(愚案 鎮魂祭儀において)。
此れを「天津牀踏の傳」と云ふが、「天岩戸前典儀」において
天鈿女命が「足木」と云ふ臺坐に登つて舞はれたことに淵源する。
この「足木」とは、「桶」のことであり、此れを伏せて(詰り逆さまにして)底板
の上に乘つて舞つたため「桶底の傳」とも云ふ。
此の傳承を反映したのが大相撲に於る賜杯であると考へられる。

  • [365]
  • 踏みとゞろかす

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2018年 5月23日(水)22時44分58秒
  • 返信
 
反閇だ何だと草木物言ふが、淵源は

↓↓↓↓

https://blog.goo.ne.jp/np4626/e/ac043f44fa9bb2fbfaf07b2435f68f90

  • [364]
  • 四股

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2018年 5月20日(日)22時24分55秒
  • 返信
 
五年も更新されてゐないため、現状は判りませんが、

傳統四股普及會

↓↓↓

http://dentousiko.uijin.com/index.html


趣は異なりますが、
大東流合氣武術第三十六代宗家 佐川幸義師の教傳されてゐたと云ふ四股が
雜誌「祕傳」BABジャパン社 平成二六年七月號に掲載されてゐます。

  • [363]
  • 國技發祥地 大和國穴師大兵主神社

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2018年 5月 5日(土)23時39分0秒
  • 返信
 
轉居後、此の連休に開封した箱詰め資料の中から、やつと出てきたので紹介しておきます。

不二歌道會『不二』第十七卷第十二號(昭和三十七年十二月發行)

「國技發祥顯彰大祭特輯」大和國穴師大兵主神社 國技發祥地顯彰祭の特輯號です。

詠草  影山正治大人 「秋深き」 より

國魂鎭め祝ふと青垣山鳴りどよもして踏むしこの音

此の號の主な記事は是非、再録していただき度いものです。

  • [362]
  • 米は靈魂修養の糧

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2018年 5月 1日(火)23時04分27秒
  • 返信
 
齋庭稻穗の神敕 以吾高天原所御齋庭之穗、亦當御於吾兒。
(日本書紀卷第二神代下第九段一書第二)

此れは絶對に沮止せねばならぬ

↓↓↓
http://gekkan-nippon.com/?p=13047


此の國の米穀の持つ神祕
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t27/17

民族性を維持するための食生活
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t27/18

米を主食としてきた日本の食卓が西洋化した理由
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t27/19

お米にはすべての「氣」がこめられてゐる
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t27/20

神棚を見れば、人間の體に必要なものがわかる
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t27/21

  • [361]
  • 相撲は神事、宮中の公式行事

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2018年 4月16日(月)22時49分22秒
  • 編集済
  • 返信
 
備中處士樣

吉田長孝氏『原點に還れ──國技相撲廢止の危機を突破した男・吉田司家二十三世追風吉田善門』(平成二十二年九月・熊本出版文化會館刊)は、いづれ紹介しようと思つてゐました。

一味清風會
↓↓↓↓
http://yoshidatukasa-ke.net/#bout


此の御本でも紹介されてゐる「地理寶鑑横綱之圖」、「横綱の傳」に關しては、何と言つても彦山光三氏『相撲道綜鑑(大相撲鑑識大系, 第1卷)』.(昭和十五年五月・國民體力協會刊)が詳しいです(愚案、横綱は結(産靈)神緒 )。
復刻されてゐて割と入手出來ます。


次ぎの三册にも學ばせていただきました。

・荒木精之氏『相撲道と吉田司家』(昭和三十四年十月・相撲司會刊 非賣品)

・飯田道夫氏『相撲節會・大相撲の源流』(平成十六年一月・人文書院刊)

・武者成一氏『史談 土俵のうちそと』(平成十四年十一月・雲母書房刊)

因に

『土俵のうちそと』には、勤皇力士 朝日形 こと、旭形龜太郎翁の業績が比較的正確に纏められてゐます。

さう云へば、『少年チャンピオン』に連載されてゐた「刄牙道」の最終話でも大相撲が取り上げられてゐて、次の連載があれば相撲に着目したものに成る樣です。



  • [360]
  • 神社参拝の作法

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2018年 4月15日(日)00時35分50秒
  • 返信
 
小學館 ビックコミックオリジナル 5月號増刊
花輪和一「風水ペット」より

「聞け! いいかつ」

「紅衞兵が成し遂げた「文化大革命」、今や支那は世界第二位B經濟大國だ。」

「時の紅衞兵の「破四舊」のスローガン。 古い劣つた「思想」と「文化」、「風俗」と「習慣」。日本も此の四つを打破しなければ眞の發展はないぞ!」

「あ~ そんなのずつと前からやつてますよ。今は日本は世界第三の經濟大國。はははッ よかつたよかつた めで度いめで度い」

「おう、どう云ふことだ」

「大堂さん、今や帽子やマスクや手袋を取らずに、神社に參拜してゐる人々の姿を見ます。あれは「破四舊」でせう。戰前にはなかつた姿です。」

  • [359]
  • 伊藤仁齋。

  • 投稿者:備中處士
  • 投稿日:2018年 4月14日(土)23時50分52秒
  • 編集済
  • 返信
 
●谷秦山先生『新蘆面命』に曰く、

「太田藤九郎殿[土御門泰福卿の弟、松平丹波守殿に仕ふ]物語り申され候ふは、近年、伊藤源助、紀州樣へ書簡をさし上げ、天に二つの日無しと申し候ふに、日本には二つの日有り。是によりて、號令、一ならず。宜しく帝位を、將軍御踐み成され、天子を大和公に封じ成さる樣にと申し上げ候ふ。

 紀州樣、ことの外か怒り遊ばされ、ケ樣の妄言、江戸へ申し上げ候はゞ、死刑にも仰付けらる可く候ふ。然れ共も御慈悲を以て、默止成され候ふ間、以來、必ず々ゞケ樣の言、筆は申すに及ばず、口に吐き申す間敷き旨、御制戒め成され候ふ」と。



 此の「伊藤源助」、まさか「伊藤仁齋」(源七・源吉・源佐)ではあるまいな。仁齋の不敬國賊とて、よく擧げられる典據ではあるが‥‥。

 「仁」の御字は、天子樣の御諱の通字、知らぬ筈も無からうに。仁等の徳目の字は憚り無しと雖も、やはり遠慮はあつて然るべき。仁齋は、淺見絅齋先生が齒牙にもかけなかつた儒者なり。秦山先生は、謹嚴實直、聞く所に疑ひは無し矣。然れば仁齋=源佐=源助、無理も無い。博雅の士の示教を乞ひまつる。



はゆまつかひ樣

 いつも有り難うございます。首尾よく落掌してをります。敬白



 最近、印象に殘りし書、三點。

一、神田典城氏『對照・神代記紀』(昭和六十三年四月・笠間書院刊)

一、吉田長孝氏『原點に還れ──國技相撲廢止の危機を突破した男・吉田司家二十三世追風吉田善門』(平成二十二年九月・熊本出版文化會館刊)

一、志水義夫氏『澁川春海と谷重遠──雙星煌論──』(平成二十七年三月・新典社刊)
 

  • [358]
  • Re: 夢のあとさき

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2018年 4月14日(土)22時35分5秒
  • 返信
 
高値で取引されてゐるやうですが、「ブックスクロダ」には在庫があり、安價に入手出來ます。其れでも在庫には限りがあると思はれますので、お早目に。

https://www.amazon.co.jp/gp/offer-listing/4883207056/ref=tmm_other_meta_binding_used_olp_sr?ie=UTF8&condition=used&qid=&sr=


>>357
> 黒田福美「夢のあとさき-歸郷祈願碑と私」平成二十九年 三五館
>
> 此の記事で知り、入手しました。然し、發行元の三五館は該書の出版された昨年七月から僅か三ケ月後に事業停止してをり、現在は入手が難しくなつてゐるやうです。
>
> http://www.news-postseven.com/archives/20180319_656336.html?PAGE=2
>
> 殘念乍ら「天皇陛下の御爲に死んだことに悔いはない」と云ふ靈誥は輕視されてゐますが、彫像は韓國の藝術家のデザインながら八咫烏ですね。
>
> http://mainichibooks.com/sundaymainichi/talk/2017/11/19/post-1810.html
>
> https://ameblo.jp/byonjeonju2/entry-12316380578.html
>
> 御紹介まで。

  • [357]
  • 夢のあとさき

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2018年 4月 5日(木)22時14分56秒
  • 返信
 
黒田福美「夢のあとさき-歸郷祈願碑と私」平成二十九年 三五館

此の記事で知り、入手しました。然し、發行元の三五館は該書の出版された昨年七月から僅か三ケ月後に事業停止してをり、現在は入手が難しくなつてゐるやうです。

http://www.news-postseven.com/archives/20180319_656336.html?PAGE=2

殘念乍ら「天皇陛下の御爲に死んだことに悔いはない」と云ふ靈誥は輕視されてゐますが、彫像は韓國の藝術家のデザインながら八咫烏ですね。

http://mainichibooks.com/sundaymainichi/talk/2017/11/19/post-1810.html

https://ameblo.jp/byonjeonju2/entry-12316380578.html

御紹介まで。

  • [355]
  • 將棋の底流に流れる武士道文化。

  • 投稿者:備中處士
  • 投稿日:2017年 7月30日(日)22時49分1秒
  • 編集済
  • 返信
 
~承前~

■大橋宗古二世名人(宗桂の長子。本因坊算砂の門下)『象戲圖式』(寛永十三年刊)卷末「將棋治式三(四)箇條」

一、二歩を打つことの禁。
一、千日手の禁。
一、逆馬(さかうま)にゆき處なき駒を打つの禁。
附、打歩詰の禁。



●田中寅彦九段『將棋界の眞相』(平成十六年十一月・河出書房新社刊)に曰く、

「日本の將棋のルールには、大きな特徴がある。駒の動かし方など、基本的なゲームに關するものは決められてゐるが、ルールが非常に少ない。ゴルフのやうに、『カラスに球が當たると、どうなる』といつた、細かな規定まで決めたルールブツクはない。またこれまでルールの變更も、ほとんど行つて來なかつた。『國際的に普及するためには、ルールをもつと細かく決めて分りやすくし、明文化すべきではないか』といふ棋士もゐるにはゐるが、現状でいゝと考へる棋士が多數派だ。それが日本の傳統文化だからである。

 將棋は、單なるボードゲームではない。日本の長い歴史の中で育くまれた傳統的ゲームである。日本人の考へ方を反映しながら發展して來た。日本は、古來、武士道精神を大切にする。將棋の底流に流れてゐるのも、武士道精神だ。ルールになくても、恥づかしい行爲はしない。禮儀に則つて、お互ひに判斷するのが、プロ棋士。『ルールの範圍内なら、何をしてもよい』といふ、西歐流の考へ方とは異なり、わびさびの世界に近い。

 例へば相手の駒を取つて駒臺に乘せたものゝ、もう一度、盤面に返した、現にかういふシーンが、プロの對局でもある。その時に相手や見物人は、ドキヾヽする。明らかに駒を取る意志を示したのだから、戻すのは違反といへば違反だ。しかしそんな違反すれゝゝの行爲にも、プロ棋士は抗議しない。『駒のほこりを取つてもらつたのだ』と解釋する。許されるからといつて、頻繁に同じやうな眞似をすると、『さうまでして勝ちたいか』と輕蔑される。これがプロの考へ方だ。したがつてルールは必要ない。お互ひ禮儀の問題、心のあり方の問題である。

 私がアマチユアの審判を頼まれた時に傳へることは、將棋の中に色濃く殘つてゐる日本の文化、武士道精神だ。
『二歩を、どちらかが指した。もし打つ(ママ。指し)た人が、その後で氣づいたのなら、「二歩でした。負けです」と、自ら申告して下さい。勝つた人は、逆に「二歩だ。自分の勝ちだ」と指摘するのは、どうも將棋の精神には馴染みません。「それは二歩ですから、お戻し下さい」と言ふのが、人間としての情けです。それに對して負けた側は、「濟みません。戻します」ではなく、「申し譯ありません。私の負けです」と言つて下さい。これが日本の文化。さういふことを覺えて下さい。殺伐としてゐる今の世の中で、せめて將棋の世界ぐらゐは、日本の佳き文化を殘しませう』
と、指導してゐる。

 ボランテイアで小學校に指導に出かけた時も、眞つ先に教へるのは、駒箱の開け方と駒の出し方。對局は禮に始まり禮に終はるといふ、基本の中の基本だ。日本の文化と傳統を、將棋を通して學んでもらふのが、最も大切だと思つてゐる。何から何まで、ルールで決めないと揉めるのでは、日本の文化ではない。最低限のルールだけで、後は遣り取りの中で、お互ひの氣持ちを忖度しながら決めて行く。これが日本の文化だと、私は思つてゐる。

 棋士は、傳統を重んじる。タイトルマツチに出場する選手は、昔から和服と決まつてゐる。背廣を着たことがあるのが、加藤一二三さんと島朗ぐらゐ(愚案、邪蘇教徒と赤旗關係者。後に和服の發注が間に合はなかつた村山聖九段)。昨年、王座に初挑戰した渡邊明五段(當時)も、慌てゝ和服を新調した。最低限のルールだけで、ほとんど手も加へて來なかつたのは、傳統的な考へ方を大事にしたいといふ棋士が多いからである。‥‥

 柔道は世界に廣まつたものゝ、カラーの柔道着など、日本では認められなかつたものが使用されてゐる。競技としてのルールが新たにつくられ、武道としての柔道は、原型をほとんど留めてゐない。本來の柔道とは違ふものを傳へてゐるやうな氣がする。柔道と同じ轍を踏んではならないと思ふ。『ジヤバニーズチエス』ではなく、あくまで將棋は『シヨーギ』、金は『ゴールド』でなく『キン』、ルールも簡素なまゝで傳へ、外國の人達に理解してもらはないと、普及に成功したとはいへない。將棋を通じて日本の傳統文化に觸れてもらひ、日本の文化を深く理解してもらつてこそ、意義がある」と。
 

  • [354]
  • 玉將と王將と。博と奕と。

  • 投稿者:備中處士
  • 投稿日:2017年 7月17日(月)21時56分9秒
  • 編集済
  • 返信
 
~承前~

 或人の曰く、「『玉將』と『王將』と、何れか正しき」と。將棋盤上は、一の小宇宙なれば、『禮記』曾子問・坊記、或は『孟子』萬章上の「天に二日無く、土に二王無し」を引いて、王將を以て玉將の上に措く者あり。然りと雖も此の説は、凡そ五百年來の新説にて、古へは然らざるものあり。

 將棋の駒(古は「馬」と謂ふ)は、和銅五年の好字令の影響ならむか、珍寶佳品の美字を用ゐるを例と爲す。故に金・銀・銅・石等の各將を抑へ、「玉將」、即ち「水晶の將」を以て至極とす(三十六ないし四十九枚の小將棋・九十二枚の中將棋・百三十枚の大將棋・百九十二枚の大々將棋・三百五十四枚の泰將棋。下つて江戸時代の八百四枚の大局將棋の出現に至る)。

 最近、興福寺の舊境内跡より出土の將棋駒も、「玉將」三枚有つて、「王將」無し(天喜六年頃)。王將の濫觴は、後花園天皇の御代に於ける出版『壒嚢抄』に、

「『將棊の馬(駒)に、玉を王と云ふは、何の故ぞ。兩王いまさん事を忌みて、必ず一方を玉と書く。是れ手跡家(駒師)口傳と』とあるが原典となつてゐる。天に二日なしといふ思想で、これは江戸時代になつて、儒家が盛んに引用した。大田南畝の蜀山人も、『半日閑話』の中で、他書の引用として、『王將に點うつ事、王、二人なし。故に馬の王には、點を打つことこそ』と書いてある」(原田泰夫九段・天狗太郎氏『將棋名勝負物語』昭和四十七年三月・時事通信社刊)。

 而して一の「玉將」に替へるに一の「王將」を以てする説を豐太閤に歸する所の巷間の説は、全くの錯誤にして、豐太閤は、既に存せる王將に替へるに「大將」を以てせんと欲す(下記『御湯殿上日記』文祿四年五月五日)と雖も、遂に叶ふこと能はざるが如し。

 下記に、最も詳細なる幸田露伴翁『將棋雜話』等を抄記して、博雅の士に供すと云ふ。



**********

●幸田露伴翁『將棋雜話』

二、王と玉と

 朝川善庵の隨筆に、

「予、先年、大橋宗桂の需(もとめ)に應じて、其の著述せる將棋の書に序することありしに、王將といふ馬子(こま)は、何とも疑はしき名なり。王ならば王、將ならば將といふべし。王と將と混稱するの理あるまじとて、將棋の諸書を攷證するに、開祖宗桂より四代目宗桂まで、代々著述するところの『將棋圖式』には、雙方とも玉將とありて、王將の名なし。よつて思ふに玉を以て大將とし、金・銀を副將とするなるべし。左すれば金將・銀將の名も據(よりどころ)ありて、ひとしほ面白くおぼゆ。蓋し五代目宗桂以後、雙方の同じく紛はしきを嫌ひ、一方は一點を省きて差別せしにやあらんと、今の宗桂に語りしに、宗桂曰く、

『それは必ず然るべし。其のわけは、毎年十一月十七日、御吉例にて、御城に於て將棋仰せつけられ、其の圖譜を上るに、雙方とも玉將と書すること先例にて、王將といはぬことの由、家(大橋將棋所家)に申し傳へ、今に代々玉將と書きて上れども、何故といふことを知らざりしに、これにて明白なり』と。

遂に其の嘗て著述せる書を、『將棋明玉』と名を易へ上梓し、予が序を卷首に載せたり」

と云へり。『將棋明玉』は、其の書、今存す。玉將を王將とするの非なることは、まことに善庵の説の如し(但し王將も、また古き俗稱なり。『御湯殿上日記』、文祿四年五月五日の件りに、(後陽成天皇に)「太閤(豐臣秀吉公)より、菊亭・勸修寺・中山御使にて、將棋のわうしやう(王將)を改めて、大しやう(大將)に直され候への由、申さるゝ御心得あり」と見ゆるを、星野博士の見出して論ぜられしことあり。玉を王と呼びたるも、五代目宗桂以後の事にはあらず)。

ただし王と玉とは、たゞ一點の有無によりて相分るゝのみならず、王の字に點無きも、また玉と讀むべく、古文は、王と玉と、甚だ相異ならざるなり。王の字の横の三畫の中の一畫、上に近きものは帝王の王の字にして、横三畫、相均しきものは、珠玉の玉の字ならば、今の將棋の馬子に、一方を玉と書して、一方を王と書せるも過誤(あやまち)ならず、たゞこれを玉將と呼ばずして王將と呼ぶは、過誤なるのみ。棋聖小野(五平第十二世名人)氏の如きは、常に玉とのみ呼びて、未だ曾て王と呼ばず。これ其れ正しきを失はざるものといふべし。

四、玉將につきての俗説

 いはゆる番太郎馬子(ごま。手書き駒)の、玉將の一方は玉とあれど、一方は王とあるがために、局に對する時、貴き人の方へ玉といふ字の馬子を與ふるは禮なり(愚案、現行「王將上位」の逆なり。圍碁は「白石上位」とするも、かつて「晝は白石を貴人に參らせ、夜は黒石を貴人に參らせるべと」等の記録あり)などといへる俗説あり。取るに足らぬことといふべし。されど一つは玉と書き、一つは王と書くも、新らしからぬことなるにや。『壒嚢抄』は文安年間に成りたる書なるが、其の中に、

「象戲(將棋)の馬子のことをいひて、一つは玉と書き、一つは王と書くは、國に二王あるを忌むなり、これ手跡家の口傳なり

とありといふ。おのれ、未だ本書に就ては見ざれど、如何はしき愚なる口傳なりといふべし。

十二、將棋と吉備眞備と大江匡房と

 寶暦三年、伊藤看壽(八段・贈名人)著はすところの『象戲百番奇巧圖式』に、林信充(林家第四代・大學頭。榴岡と號す。鳳岡の子)の序あり。其の序に曰く、

「象棋家、傳へ稱す、『先王の時、吉備公、再び唐朝に聘せられ、小將棋を得て歸る』と。其の圖状を案ずるに、兩營、王將の首(前)に醉象あり、左右金將の首に、各々猛豹あり。然れども其の精思を得る莫きなり。大江匡房、兵理を窮む。因つて象豹を去りて、而して中華(支那)に傳ふ。今の行ふところ、是なり云々」。

此の序は、予、これを『將棋雜考』に載せ漏らせしが、將棋の史を究めんとするものゝ、一顧すべきところのもの也。

**********

●幸田露伴翁『圍碁雜考』

 棊は、支那に起る。『博物志』に、「堯、圍棊を造り、丹朱、これを善くす」といひ、『晉中興書』に、陶侃、荊州の任に在る時、佐史の博奕の戲具を見て、之を江に投じて曰く、「圍棊は、堯・舜、以て愚子に教へ、博は殷紂の造る所なり。諸君は竝に國器なり。何ぞ以て爲さん」といへるを以て、夙に棊は、堯・舜時代に起るとの説ありしを知る。然れども棊の、果して堯の手に創造せられしや否やは明かならず、猶ほ『博物志』の、老子の、胡に入つて樗蒲を造り、『説文』の、古は島曹、博を作れりといふが如し。此を古傳説と云ふ可きのみ。

 但し棊の、甚だ早く支那に起りしは疑ふ可からず。『論語』に、博奕といふ者有らずやの語あり、『孟子』に、奕秋の事あり、『左傳』に、太叔文子の君を視る、奕棊に如かず、其れ何を以て免れん乎の語あり。特に既に奕秋の如き、技を以て時に鳴る者ありしに依れば、奕の道の、當時に發達したるを察知するに足る。假令ひ堯の手に成らずとするも、奕は、少くも周、若くは其の前に世に出でたるものなること知る可し。

 棊の由つて來ること、是の如く久しきを以て、若し棊に關するの文獻を索めんには、厖然たる大册を爲すべし。史上に有名なる人物の棊に關する談は、費□[衣+韋]と來敏との、羽檄交々馳する間に於て對局したるが如き、王粲が一局の棊を記して誤らざりし如き、王中郎が棊を座隱といひ、支公が手談と爲せる如き、袁□[羊+儿+ム]が棊を圍みながら、殷仲堪の易の義を問ふに答へて、應答、流るゝが如くなりし如き、班固に奕旨の論あり、馬融に圍棊の賦あるが如き、晉の曹□[手+慮]・蔡洪、梁の武帝・宣帝に賦あるが如き、魏の應□[玉+昜]に奕勢の言あり、梁の沈約に棊品の序あるが如き、唐より以下に至つては、詩賦の類、數ふるに暇あらざらんとす。

 然れども梁に棊品あるのみ、猶ほ多く專ら書有る無し。宋の南渡の時に當つて、晏天章、『元々棋經』を撰し、劉仲甫、『棋訣』を撰す。是より專書、漸く出づ。明の王穉登、『奕史』一卷を著はして、奕の史、始めて成る。明の嘉靖年間、林應龍『適情録』二十卷を編す。中に日本僧虚中の傳ふる所の『奕譜』三百八十四圖を載すといふ。其の棋品の高下を知らずと雖も、吾が邦人の棋技の、彼に傳はりて確徴を遺すもの、まさに此を以て嚆矢とすべし。予の奕に於ける、局外の人たり。故に聞知する少しと雖も、『秋仙遺譜』以下、奕譜の世に出づる者、蓋し甚だ多からん。吾が邦、隋・唐に往來するより、奕を傳へて此を善くする者、また少からず。傳ふるところの談、雜書に散見するもの、亦た多し。

 本因坊(算砂)あつて、偃武の世に出づるに及び、蔚然一家を爲し、太平三百年間、雋異の才、相繼いで起り、今ま則ち禹域(支那)を壓すといふ。奕譜も、亦た甚だ多し。然れども其の圖譜以外の撰述に於ては、甚だ寥々、彼と我とを併せて、『棋經』十三篇に及ぶもの無し。十三篇は、蓋し孫子に擬する也。中に名言多きは、前人、既にこれを言ふ。棊有つてより以來、言を立て道を論ずる、これに過ぐる者有る無し。目して棋家の孫子と爲すも、誰か敢へて當らずとせんや。棋は十三篇に盡くといふも可ならん。杜夫子・王積薪の輩、技、一時に秀づと雖も、今にして其の觀る可き無きを憾む。棊の大概、是の如きなり。

一、棋經妙旨(以下、略)
二、奕旨/後漢・班固(以下、略)
三、圍棊賦/後漢・馬融(以下、略)

**********

●田村龍騎兵氏『物語り圍碁史』(昭和四十七年四月・日本棋院刊)

 いま「博奕」と書くと、バクチと讀むことになつてゐる。だいたい奕の字だけで、バクチの意味に取られるのが普通だ。だがこれは、碁にとつてたいへん迷惑な話である。博奕と書いて、二つを一緒にするのが間違ひの元なのである。元來、「博」は、チヨボ・スゴロク等の雜技をいひ、「奕」は、碁そのものを指す。全然違ふものを一つにし、しかもバクチ呼ばはりするとは、何事であるか。

 第一、博と奕では、品格が違ふ。博は、極端にいへば丁半バクチも同じで、賭け金さへ持つてゐれば、誰にでもやれる。碁は、技術を知らなくてはやれない。知つてから後の奧行きの廣さ・深さも拔群である。誰でも直ぐにでもといふわけにはいかないのだ。昔、博も奕も大流行し、皆なウツヽを拔かして社會問題につたことがある。困つた役人は、嚴重な御觸れを出した。「博する者は罰す。奕する者は罰せず」と。
 

  • [353]
  • 隨感――圍碁・將棋。

  • 投稿者:備中處士
  • 投稿日:2017年 7月15日(土)00時42分13秒
  • 編集済
  • 返信
 
 平成二十九年六月二十六日、藤井聰太四段、二十九連勝、祝着至極。久しぶりにアベマテレビに接續して觀戰、興奮した。攻め過ぎと思ひきや、天才の妙技には痺れた。小生、高校以來にならうか、テレビ解説を聞いたが、まだ判る自分がゐることに、更めて驚く。升田幸三九段が引退して、將棋に興味を覺えぬやうになつたものゝ、此の報には、感激しきりなり。藤井棋士(將棋指し。棋士と云ふは、つい最近の稱)、其の後も連勝、信に本物だ。

 かつて倉島竹二郎氏『近代將棋の名匠たち』(角川選書・昭和四十六年十月刊)を讀んで、升田幸三九段のフアンであつたが、芹澤博文九段も、亦た天才であつた。將棋は、盤外戰が面白い。其の點、圍碁は上品か。兩者共に、其の歴史が面白い。なほ圍碁は「打つ」と云ひ、將棋は「指す」と云ふ。世に誤用が多いので、念の爲めに贅言す。
  ↓↓↓↓↓
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170705-00000076-spnannex-ent

 升田幸三九段は、小生の最も好きな將棋指しである。升田九段は、柏戸關のフアンであつたと云ふが、小生も亦た柏戸關の熱狂的フアンであつた。共に引退する時は、之に涙した。升田九段は、戰後、米兵から將棋界を死守したのみならず、「戰犯(即ち昭和殉難者)を殺すな」と、直談判した由。

 倉敷の鶴形山頂・阿智神社の境内に、木見金治郎九段の顯彰碑あり。木見翁は、大野源一・升田幸三・大山康晴等の師匠。升田九段は、執拗に木村義雄名人を敵視するも、大山九段は可愛いゝ弟分にして、世に升田・大山を好敵視するは、蓋し俗見なり。倉敷市出身の大山十五世名人の令甥は、我が小學校の、小生が擔任なりき。容貌相似たり。倉敷市藝文館には、大山名人記念館を併設す。

 日蓮宗寂光寺の塔頭である本因坊の算砂日海(法印權大僧都)ちふ碁打ちは、信長公より「名人ぢや」と讚歎され、呼稱「名人」の嚆矢となつた。將棋も、大橋宗桂より強かつた。然し千宗易のやうに政治に口出しせず、人格高潔にして藝道に生きた。

 田村龍騎兵氏『物語り圍碁史』(昭和四十七年四月・日本棋院刊)を、書庫より探出して再讀し畢ぬ。觀戰記者だけあつて、下らぬ小説よりも面白い。血が騒ぐ。「名人碁所」と云へば、直參旗本以上の格式なり。安井算知九段は、第三世碁所。其の弟は、安井(保井)二世算哲七段にして、彼の土守靈社澁川春海先生、即ち是なり。嗚呼、春海先生の天文・暦學に於ける、我が國開闢以來、其れ一人なり矣。
  ↓↓↓↓↓
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/1641
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/1665

 我が國に於ける圍碁の歴史は千四年なるも、支那よりの傳來もの。延暦二十三年の遣唐使の一員に、碁師の伴小勝雄あり。唐代隨一の顧師言と戰つて惜敗し、長安、爲めに沸騰すと云ふ(『古碁經』に、「鎭神頭の圖」を遺せり)。一方、現行四十枚なる將棋は、後奈良天皇の敕定ちふ傳説あつて、其の歴史は、凡そ五百年。將棋こそ、當に國粹固有の遊戲と謂ひつべきなり矣。而して後水尾天皇親筆の書體「錦旗」駒あり。幕府の驕慢無禮に憤らせ給うた天子樣の、數少ない御慰めの玉品ならむか。欲しいが、分不相應にして、玩物喪志の虞れ無きにしも非ず。
 

  • [352]
  • スパムロボット

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2017年 2月14日(火)19時57分25秒
  • 返信
 
内容的にも量的にも「攻撃」レベルのものではないので
スパムロボットによりアドレスが收集されて自動書込み
してゐるものと考へられます。 狙ひ撃ちではないでせう。

  • [351]
  • 御免蒙りたい。

  • 投稿者:備中處士
  • 投稿日:2017年 2月14日(火)18時35分49秒
  • 返信
 
宮城野の月樣

支那ですか。此の掲示板、支那人には、向かないと存じますが‥‥。
然し執拗ですね。感心する。何處であらうと、いゝ加減、もう、御免であります。

teacup.殿に、こゝまで來ると、任すしかありませんけど‥‥。
 

  • [350]
  • 発信は露でも

  • 投稿者:宮城野の月
  • 投稿日:2017年 2月13日(月)23時32分0秒
  • 返信
 
辿ると背後は支那だと、何処かで読んだ記憶があります。
支那だと此処に送りつけるのは納得できます。

  • [349]
  • 英露の奴輩、許す可からず。

  • 投稿者:備中處士
  • 投稿日:2017年 2月13日(月)00時20分42秒
  • 返信
 
はゆまつかひ樣

 御心配をおかけしてをります。英奴の次は、露奴ですか‥‥。

 此の掲示板では、拒否できるのは、「出入禁止ホスト名」と「NGワード」のみ。異國語ばかりの奴輩の侵入禁止は、固より不可能のやうです。

 200cc乗り樣の御奬めにより、「機能の設定」に、再度、露語獨特の一文字を數箇指定した所、露奴は止んだやうです(以前は、指定しても機能しなかつた筈。不思議)が、今度は、英奴が入り込んでをる樣子。際限がありませんね。

 近いうちに、投稿の形式を變更しようと思ひます。即ち、

從前は、御投稿があつた場合、「即時に掲載」でしたが、
此の掲示板の管理者たる備中處士の「確認後に掲載

てふ形式であります。此の方式ですと、

一、御投稿者の掲示は、管理者の確認後となり、小生も掲示板に張り付いてをる身分ではありませんので、せつかくの御投稿も確認できず、掲示が何時になるやら知れず、御投稿たまはつた御方に對して、申し訣これ無し。

一、又た或は管理者の恣意が働き、備中處士の機嫌次第(笑)で、掲載したりしなかつたり、と云ふことになり兼ねませぬ。

 やはり色々惱む所であります。暫く樣子を見て、決斷する所存です。

     九段塾管理者・備中處士、敬白
 

  • [348]
  • 白熊の

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2017年 2月12日(日)14時42分41秒
  • 返信
 
惡露者の迷惑行爲ですね。

國別にアクセスを禁止する機能があれば、國外からのアクセスを一切、禁止する手が使へます。
臺灣に閲覽者がをられるならご迷惑ですが。

http://www.iphiroba.jp/ip.php?mode=ranking&ip=5.63.152.169

http://www.takanome.me/181


http://tomokimatsubara.net/filteringrefererspam/

http://hiroshinakazato.com/wp/%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%83%91%E3%83%A0%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%81%8C%E7%B6%9A%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99/



  • [347]
  • 放置も出來ず‥‥。いやはや。

  • 投稿者:備中處士
  • 投稿日:2017年 2月11日(土)22時49分7秒
  • 編集済
  • 返信
 
200cc乗り樣

御配慮、有り難うございます。

「出入禁止ホスト名」では、數多くして對應あたはず、
「NGワード」も、露語獨特の一字を入れてをりましたが、效能なし。
他に影響を及ぼし兼ねないので、今は、裸の状態にしてをります。
teacup.にも、幾度も問合せてをるのですが‥‥。

何にしても、再度、「機能の設定」を試してみます。
此の迷惑行爲、此の掲示板に、何用あつて闖入するのやら。
何とも解せぬ、不可思議なる現象ですね。
投稿意欲は殺がれること萬々、御目汚し、御容赦ください(泣)。

最近、スマホからも非表示に出來ることを知り、時に挑戰中。
然しこれも煩はしく、困つたもんであります。
何せ、四六時中、送信して來るのですからね。難儀なことですなあ。
此奴、今に罰が中りますよ(笑)。

     九段塾管理者・備中處士、百拜
 

  • [346]
  • スパム(迷惑投稿)の対策

  • 投稿者:200cc乗り
  • 投稿日:2017年 2月11日(土)20時07分25秒
  • 返信
 
掲示板の管理項目などは存じ上げないのですが、本文がロシア語のようですので、
ロシア語のいくつかをNGワード(禁句)登録されてはみては如何でしょうか。

  • [345]
  • 元始祭

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2017年 1月 3日(火)14時59分36秒
  • 返信
 
謹みて聖壽の萬歳を祝ひ奉り、閲覽者各位の御清祥を祷上候。

一月三日は、歳のはぢめにあたり、宮中三殿におひて 天皇陛下が天津日嗣の元始を祝ひ奉るお祭り(元始祭)を執り行はせられるにつき、御民われらも天孫降臨に始まる國の大元 を壽ぎ、皇位の無窮をお祷り致しませう。


  • [344]
  • 関東も相変はらず揺れてをります。

  • 投稿者:那須の権太
  • 投稿日:2016年10月21日(金)22時45分17秒
  • 返信
 
これは大転換の前触れなのかと戦々恐々です。

  • [343]
  • 晴れの國、吉備。

  • 投稿者:備中處士
  • 投稿日:2016年10月21日(金)22時18分16秒
  • 返信
 
 地震御見舞ひ、痛み入ります。今日は、私用にて大阪へ。とんぼがへり。

 吉備國も大震れ。うちの「奧」に依れば、遂に來たか、と。相當の搖れの由。本箱も倒れず、まづは安心。吉備國は、晴れの國、天變地異も無く、災害に遭はれた地方の方々に申し訣ないくらゐです。

 それより關東の方が心配。那須兄、御要愼を。
 

  • [342]
  • Twitterとやら・・

  • 投稿者:那須の権太
  • 投稿日:2016年10月21日(金)21時59分22秒
  • 返信
 
苦手です。IDはありますが・・。(^^)

  • [341]
  • なんとか這いつくばって・・

  • 投稿者:那須の権太
  • 投稿日:2016年10月21日(金)21時56分3秒
  • 返信
 
うはは、末期の焼酎呑みながら生きてます。
なんと四方山話にファンがをられた?書き込み再開しませうか?それにしても今回の地揺れには心配しました。

  • [340]
  • 大丈夫なわけ無いでせう。

  • 投稿者:備中處士
  • 投稿日:2016年10月21日(金)21時34分48秒
  • 編集済
  • 返信
 
 何と、那須兄~、生きとられましたか。

 「日本刀四方山話」にて、御客さん、待つとられます。然し音沙汰、何もありませんがね。

 小生、柄にも無く、「Twitter」なるもの、やつとります。兄も、如何。

 今日も頭痛、今年は九星占ひの黒星でも無いのに、碌なことありませんは。そろゝゝ還暦の厄年、年貢の納め時です。

  • [339]
  • 備中様、大丈夫ですか?

  • 投稿者:那須の権太
  • 投稿日:2016年10月21日(金)21時23分52秒
  • 返信
 
このところ大和の国津神が慟哭なされておられるやうな・・。

  • [338]
  • 呟きは愼重に

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2016年 4月 2日(土)17時14分36秒
  • 返信
 
公刊物からの引用で、其れと知らずにしたとしても、結果的に神法道術の要素や祕事密訣に觸れる事を不特定多數が閲覽可能な場で示すことは冥罪に成りますので愼重にされた方が良いですね。

  • [337]
  • TWITTERとは,腹ふくるゝを醫すもの‥‥.

  • 投稿者:備中處士
  • 投稿日:2016年 4月 1日(金)23時50分36秒
  • 返信
 
 本スレツドに、『古史成文』を清書されし「南雄」樣が、陸奧の北奧から、何と、「呟き」始められました。
  ↓↓↓↓↓
https://twitter.com/urojiuyuminami
 

  • [336]
  • 只今、更年期の眞只中。

  • 投稿者:備中處士
  • 投稿日:2016年 2月20日(土)00時20分17秒
  • 返信
 
御庭番樣

 御活躍の御由、洵に慶賀の至りです。

 小生は、柄にも無く、「備中處士」として、「Twitter」なるものにも挑戰中。「Facebook」は、かつて闖入しましたが、使ひ方が分らず、諦めました。二つは使ひこなせず、御容赦ください。實は「Twitter」も、能く使へませぬ。

 挑戰する氣が失せるは、年をとつたせゐでせうか。洪笑。氣温の寒暖に、四苦八苦。氣功、鍼灸、醫者がよひ‥‥、加へて介護‥‥。此の更年期を拔ければ、我が世の春か。期して俟たむ。
 

  • [335]
  • 何をか為さざるや・・

  • 投稿者:御庭番
  • 投稿日:2016年 2月19日(金)22時04分3秒
  • 返信
 
勝手気ままに訪ねし御無礼お許しあれ。

昨年秋日に【Facebook】なるものに挑戦を致しました。
『Noritomo Abe』。


某中学校在職7年の体験から10~20代のこれからの若者たちに『鏑矢』を放し、
以って反日左翼による洗脳から如何にすれば解放なるものかと。
静かな挑戦です。











  • [334]
  • 太陰暦による大祓式幽祭

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2016年 2月 6日(土)21時01分30秒
  • 返信
 
明日は太陰暦大晦日

↓↓↓↓↓
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t28/34


  • [333]
  • 方違への豆打ち

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2016年 2月 3日(水)20時45分20秒
  • 返信
 
「方違への豆打ちとは、立春を迎へるのにあたり、節分の日に翌年の恵方に行つて一夜宿泊し、邪氣を避けると云ふ陰陽道の行事でした。其れが簡略化され、家の恵方の部屋に移つて一夜を過ごし、其の前に靈力が籠るとされる豆を撒いて邪氣を祓ふやうに成つたのです。」

↓↓↓↓↓

http://www.nippon-bunmei.jp/topics/saijiki/%E5%A6%82%E6%9C%88%E3%80%80%E7%AF%80%E5%88%86%E3%81%AF%E5%9B%9B%E5%AD%A3%E3%82%92%E5%88%86%E3%81%91%E3%82%8B%E6%97%A5.html

  • [332]
  • 純日本式の豆撒き歌

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2016年 2月 3日(水)00時43分45秒
  • 返信
 
↓↓↓↓↓

http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t27/24

某神社の節分祭では、福升に手を添へた儘「福は内」を三唱し、次いで「鬼は外」を二唱しつつ豆を撒く。此れを東西南北の四方に面しつつ行ふのである。

尚、古傳として籾米での打撒がある。精米でも構はぬので四方祓されると宜し。






  • [331]
  • 象山の學力・詩、皆な鬼神を泣かしむ。蓋し傑儒なる可し。

  • 投稿者:備中處士
  • 投稿日:2015年11月 3日(火)19時26分20秒
  • 返信
 
はゆまつかひ樣

 御無沙汰してをります。象山神社ですか、宜しうございますね。小生は、本日、國旗を高く掲げて、獨り、會社勤めでありました(泣)。

【默霖翁と小國嵩陽との筆談】
  ↓↓↓↓↓
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/900

「明治節」。故き虎童村尾次郎博士が、「文化の日で無い日は、非文化の日か」と、苦笑、否、憤怒してをられたのを想ひ出します。

 明日の暦を繰るに、ユネスコ憲章記念日の由。聯合國の專門機關とやら‥‥。道理で、明日からは、さしづめ「野蠻の日」が、一年間續きます。長いですよ(大笑)。

 政治家も名を「明治節」と變ればよいものを、反對者を恐れてか、面倒臭いのか知りませぬが、斯やうな事に骨を折る勇氣もありませぬ。いつか「ばち」が當りますから、ま~、見てゝおいて下さい。
 

  • [330]
  • 慶祝・明治節

  • 投稿者:御庭番
  • 投稿日:2015年11月 3日(火)17時57分22秒
  • 返信
 
菊 薫る明治天皇誕生日です。

幕末の先覚者・佐久間象山先生を祀る、象山神社に詣でました。




  • [329]
  • 安倍は何でも言うことを聞いてくれる

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2015年 8月16日(日)13時58分52秒
  • 返信
 
↓↓↓

http://www.defenseone.com/ideas/2015/04/shinzo-abe-ally-america-needs/111130/

  • [328]
  • 夏越の祓

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2015年 6月30日(火)20時25分48秒
  • 返信
 
聖上の大綾威を仰ぎ、大祓の儀を遥かに拜みて、大祓詞を奉唱致しませう。

引き潮は二十三時三分。

萬古天皇を仰ぐ
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t31/17

禊祓浄化・祝福安泰
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t25/10

大祓の一大事
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t28/33

國之大祓
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t28/32

大祓式幽祭
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t28/34

大祓に對する一考察
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t31/8

  • [327]
  • 元號奉記から見る思想・運動家の志。

  • 投稿者:備中處士
  • 投稿日:2015年 4月29日(水)12時35分35秒
  • 編集済
  • 返信
 
 一水會の木村三浩氏が、糾彈されてゐる。蓋し當然である。其の嚆矢は、平成二十七年四月十三日。時局對策協議會の盛義一氏(盛道烈士會長)である。靖國神社參拜後の抗議のやうだ。傳統右翼は、一水會なぞ、其の道統上、齒牙にもかけぬと想像してゐたが、我慢の限度を越えたのであらう。
  ↓↓↓↓↓
http://kokusaipress.jp/80047
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/53111292.html

 學生時代、亡き先輩から、「御前は平泉門下と聞くが、今度、一水會か、今泉研究所か、どちらか連れて行つてやる」と誘はれ、小生は、躊躇すること無く、日大の今泉定助翁の研究室を選擇し、高橋昊教授の謦咳に接した。一水會には、左翼の臭ひがした故に、之を敬遠したからに他ならぬ。小生の死藏してゐる、鈴木邦男氏の書における序・跋の署名を見るに(蒐集家では無いので、一部であるが)、

『時代の幽閉者たちに』──「序にかえて」には、昭和五十年十二月
『新右翼』──「あとがき」には、昭和六十三年一月
『テロ』──「序」には、昭和六十三年八月
『がんばれ新左翼』──「あとがき」には、昭和六十三年十二月
『平成元年のペレストロイカ』──「あとがきのあとがき」には、平成二年一月
『赤報隊の秘密』──「あとがき」には、平成二年一月
『天皇○の論じ方』──「あとがき」には、平成二年十月
『民族派最前線』──「あとがき」には、平成四年八月
『これが新しい日本の右翼だ』──「あとがき」には、平成五年六月
『脱右翼宣言』──「あとがき」には、平成五年十一月
『90年代のナショナリズム』──「あとがき」には、平成六年二月
『僕が右翼になった理由』──「はじめに」には、一九九六年十二月
『夕刻のコペルニクス』──「あとがき」には、一九九六年十一月
『続・夕刻のコペルニクス』──「あとがき」には、一九九八年二月
『右であれ左であれ』──「あとがき」には、平成十一年八月
『言論の覚悟』──「あとがき」には、二○○二年四月
『公安警察の手口』──「あとがき」には、二○○四年九月
『愛国者は信用できるか』──「あとがき」には、二○○六年四月
『愛国者の座標軸』──「あとがき」には、二○○七年十一月
『愛国の昭和』──「あとがき」には、二○○八年七月
『愛国と米国』──「あとがき」には、二○○九年四月

 やはり平成十二年を境に、鈴木氏は、元號を使用してゐない。鈴木氏の思想的轉換は、平成七・八年と見て相違なからう。是に由つて之を觀るに、元號を奉ぜざる者は、日本人に非ずとの定理は、之を動かすこと能はぬ。



●鈴木邦男氏『鈴木邦男政治論集・時代の幽閉者たちに』(昭和五十一年二月・島津書房刊)の「我が内奥の聖なる天皇」に曰く、

「マイホームの理想たる一夫一婦制にとらわれる必要はない。一世一元制なども不必要である。『皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する』と規定した皇室典範も、廃止するがいい。女帝の出現は、歴史的な事実としても存在するし、今後も、阻止するいわれなどはない。時間と空間から自由であり、それらを支配すべく、社会倫理を超え、何時でも元号などは変えられるに越したことはない。喜こび事があったといっては、又、悲しみ事があったといっては、元号を変えて、民安かれと祈られた天皇の祈りを、これからも民の側から制約する必要などはない。天皇は、元号を自由に変えられることによって、何よりも『時間』を支配し、『時間』そのものとしての永遠性を保たれてきた。そこに於ての『皇統連綿』であり、そこに於ての『神聖性』であった」と。



 天子樣の、憲法に於ける超越絶對性(即ち是れ本義なるは、理の當然なり矣)を云ひながら、よりにもよつて、己が書の序・跋に、耶蘇暦を使用するに至るとは、小生の如き田舍者、元號法制化を熱祷した者には、理解し難い。鈴木邦男氏は、やはり「轉向」したのである。
 

  • [326]
  • 野中祭。

  • 投稿者:備中處士
  • 投稿日:2015年 2月22日(日)22時47分22秒
  • 編集済
  • 返信
 
■五草庵主三宅萬造翁歌集『草かげのいのり』(昭和四十九年十二月刊)

──野中四郎大尉慰靈祭に──昭和十九年

國中に はびこる夷 うたばやと 雪の朝に 起てる畏こさ
眞澄みたる 只一筋に ますらをは 使命(みこと)畏み 命捨てけり

狂か愚か ただ一筋に ますらをは 使命畏み 命捨てけり

(『三宅萬造全歌集』平成十八年六月刊に作る所は、件の如し)



 野中祭、日の丸の旗、なびくなり。三十九年、一度びも、雨降らずてふ御祭の、末席を汚せり、尊とかりける。
  ↓↓↓↓↓
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/1701

http://koudoupress.net/%e3%80%90222%e3%80%91%e9%87%8e%e4%b8%ad%e5%9b%9b%e9%83%8e%e5%91%bd%e4%b8%83%e5%8d%81%e4%b9%9d%e5%b9%b4%e7%a5%ad%e6%96%89%e8%a1%8c/
  

  • [325]
  • 百田尚樹『永遠の0』

  • 投稿者:備中處士
  • 投稿日:2015年 2月15日(日)23時47分7秒
  • 編集済
  • 返信
 
 百田尚樹の『永遠の0』てふテレビドラマが、三夜連續であると云ふので、今、見畢へた。初夜から、反戰映畫ではないかと思つてをつたが、第三夜を見て、胸糞が惡くなつた。遺族がヤクザノ圍ひ者として登場し、英靈を貶め、且つ最後は、遊就館の御寫眞が使はれてゐるではないか。頭がガンガンする。「妻子」の爲めてふ主題が全面に溢れ、「大詔」の御字は、一字も聽くことが無かつた。

 これは、何だ。原作とドラマと、同じかどうかは知らぬ。百田とやらは、保守か、眞正保守か、右翼かも知らぬが、こんな戰爭ものが持て囃され、ベストセラーとなるのか。此の作家、「武人」のこゝろの一片だに無い。此のドラマは、何處の國の創作物語か。必ずや、歐米人の手になるものなる可し。塾頭の感想を聽くまでも無い。許すことは出來ぬ。

 こんなドラマに、何故ゑ、靖國神社社務所は協力したのか。勃然と怒りが込み上げて來る。其の感性に驚くと共に、諦觀せざるを得ぬ。洵に無念である。祝融の禍の無からむことを、只管ら祈るのみ矣。



【塾頭の靖國神社映畫「みたまを継ぐもの」の感想】
  ↓↓↓↓↓
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/113
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/116
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/117
  


スレッド一覧

  1. 「九段塾」塾頭・金城翁最終講義(44)(備中處士)
  2. 「九段塾」塾頭・一兵士翁遺文抄(100)(備中處士)
  3. 泉水隆一監督『凛として愛』臺本(8)(備中處士)
  4. 平泉澄博士遺文(10)(備中處士)
  5. ★☆★ 時計の間 ★☆★(364)(塾頭)
  6. 神道に學ぶ。(56)(備中處士)
  7. 崎門學筌蹄――埀加靈社・山崎闇齋先生の學問。(46)(備中處士)
  8. 霊的国防の本義 拾遺(35)(はゆまつかひ)
  9. 平田篤胤大人『古史成文』(165)(南雄)
  10. 祖神垂示 親譲之道 拾遺(37)(はゆまつかひ)
  11. 嗚呼、慕楠黒木博司少佐。(15)(備中處士)
  12. 肥後勤王黨・敬神黨の精神を恢弘せむ(12)(備中處士)
  13. 先哲遺文に學ぶ。(34)(備中處士)
  14. おゝ靖国の大神(40)(はゆまつかひ)
  15. 日本刀四方山話(52)(那須の権太)
  16. 淺見絅齋先生『靖獻遺言』筌蹄。(51)(備中處士)
  17. 平田篤胤大人遺文(31)(備中處士)
  18. 賀茂百樹大人遺文(5)(備中處士)
  19. 世界的天皇信仰――愛國か尊皇か――(35)(はゆまつかひ)
  20. 參考聚英(15)(備中處士)
スレッド一覧(全44)  他のスレッドを探す  掲示板に戻る

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成