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不敬宮司、利權にまみれし俗物──新宮司を撃つ。醜惡至極なり。

 投稿者:備中處士  投稿日:2019年 1月17日(木)22時24分59秒
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   彼の不敬宮司が、何と、前宮司・新宮司の不逞を暴いてゐるではないか。書いた「謹愼中」の小堀邦夫も然ることながら、呆れて物も云へぬとは、此の事。靖國神社執行部も、神社本廳幹部と同じ穴の貉でありました。許せぬ矣。

 遺族・奉贊者・参拜者の奉納は、遂に執行部の資金源と化し、「靖國神社のたゝずまひを變へること勿れ」てふ松平永芳宮司の悲願は、無殘にも棄てられた。有志には、目の穢れでありませうが、こゝは堪へて、雷覽を賜はらむことを。今は、其の一部、小生の仄聞する所の具體例のみ。

 申し上げることは、たゞ一つ。靖國神社から、山口建史一派を追放せよ。直ちに、だ。



●小堀邦夫著『靖國神社宮司、退任始末』(平成三十年十一月・日本傳習所刊)

 宮司に就任したばかりの三月の總代會では、昨年(平成二十九年)九月來の「怪文書」問題が、未解決のまま持ち越されてをり、今後、この種の雜音を神社内外から閉め出すべく、私の方から今後の方針案を作成してお示しし、總代會で了承していただきました。五項目についての具體的な内容について、會議記録を、許可なく盗み取つた者たちが默してゐるやうなので、‥‥

 「怪文書」は一種類ではなく、私のもとには、いくつか屆けられてをり、それらを歸宅後、夜な夜な讀み込んで行きますと、ひとつの闇が見えてきました。それは御創建百五十年記念事業や中長期計畫の名のもとに、三十五億圓餘りの豫算を計上し、その大部分を、小さなコンサルタント會社が主導し、そこに數名の幹部職員が關つてきたこと、すなはち利權構造の常態化といふ闇に突き當たりました。多分、百五十年記念事業の豫算二十億圓では滿足できず、中長期計畫といふ、不急の事業を提案することによつて、より大きな支出を見込み、それは今後、十五億圓を越えて、都合四十億圓、五十億圓と、ふくらませたいとする野心が見えてきます。すでに全ての計畫は、總代會で了承され、施工契約も、ほとんど濟んでゐました。このやうな利權構造と目されても仕方のない状況を改めるために、綜合企劃委員會を設置し、優能な職員の意見を廣く求め、公正な意見を反映した企劃作成に着手することになりました。

 「いつまでも、このやうな豫算執行をくり返してゐたら、やがて靖國スキヤンダルになる」と、權宮司たちは話してゐましたが、つひに今囘、『週刊新潮』(平成三十年十一月一日號「『不敬發言』流出はクーデターといふ『靖國神社』神々の權力鬪爭」★)が利權構造を指摘しましたやうに、どこまで漏洩したのか不明のデータの中から、マスコミは、スキヤンダラスな事柄を拾ひ集め始めたのだと見られます。‥‥

 「怪文書」のかなりの部分は、徳川宮司の非を、次から次へと論ふ内容でしたが、御體調の不良などもあつて、同情すべきところもありました。しかしただ一點、私が神職として看過容認できない問題のあることを、總代の方々に説明しました。それは「權宮司に退職の花道を飾つてもらふために、(平成二十七年)六月十一日の月次祭齋主は、權宮司となる以上、宮司は、當日、ゐない方がよいので、出社しなかつた」との談話でした。毎月一日・十一日・二十一日の旬祭を、靖國神社では月次祭と稱してゐます。これは年間を通して行ふ恆例祭で、朝御饌祭・夕御饌祭と合はせて、靖國神社の背骨(バツクボーン)と稱すべきお祭りです。宮司が出張などの公務で、止むを得ず不在の場合は、權宮司が代理を勤めることはあるでせうが、明治この方の恆例祭、つまり公のお祭りであることを忘れて、權宮司退職の花道に、宮司の代理をさせ、自身は自宅で休んでゐたことは、到底、神職の世界では許されないことです。この問題で、最も重い責を問はれ、嚴しい反省を課せられるべきは、「花道」を受けた權宮司です。「靖國神社の恆例祭を、私事のお祭り、私祭に貶めてはなりません」と、諫言すべきであつた權宮司が、今囘、三人の總代(責任役員)の推薦によつて新宮司となる提案に、私は内心驚きを禁じ得ませんでした。おそらく三總代から、過去のあやまちを深く反省した上で、靖國神社の御祭神のために、國家の公儀としてのお祭りに、誠意をもつて奉仕するやうに、との説諭があつたことと信じます。



★ 徳川氏の出自ゆゑの、宮司でありながら、靖國神社を輕んじてゐるのではないかとの疑念を裏付けるやうに、
「『みたままつり』から露店を締め出したり、LEDで星空を再現する『プラネタリウム化』を進めるなど、靖國神社の傳統を蔑ろにする行爲が目に付き、その上、皇族が薨去しても、海外旅行を續けるなど、徳川さんは、『問題行動』のオンパレードでした」(靖國神社の關係者)と。
 
 
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