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亂臣賊子、謀叛の兆しあり。

 投稿者:備中處士  投稿日:2018年10月28日(日)12時03分25秒
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  ■北畠親房公『神皇正統記』後醍醐天皇條

 此の頃のことわざには、一たび軍(いくさ)にかけあひ、或は家子郎從、節に死ぬる類ひもあれば、「我が功に於きては、日本國を給へ、若しは半國を給はりても足るべからず」など申すめる。實にさまで思ふ事はあらじなれど、やがて是れより亂るゝ端ともなり、又た朝威のかろゞゝしさも推し測らるゝものなり。「言語は、君子の樞機なり」と云へり。白地(あからさま)にも君を蔑ろにし、人に驕ることはあるべからぬことにこそ。堅き氷は霜を蹈むより至る習ひなれば、亂臣賊子と云ふものは、其の始め、心ことばを愼しまざるより出で來るなり。世の中の衰ふると申すは、日月の光のかはるにも非ず、草木の色のあらたまるにも非じ。人の心の惡しくなり行くを、末世とは云へるにや。‥‥

 君は萬姓の主にてましませば、限りある地をもて、限りなき人に分たせ給はんことは、推しても測り奉るべし。若し一國づつを望むならば、六十六人にてふさがりなむ。一郡づつと云ふとも、日本は五百九十四郡こそあれ、五百九十四人は悦ぶとも、千萬の人は悦ばじ。況んや日本の半(なかば)を心ざし、皆ながら望まば、帝王は、いづくを知らせ給ふべきにか。かゝる心の萠して言葉にも出で、面にも恥づる色の無きを、謀反の始めと云ふべき也。



 愚案、「一國」を「天子樣の神社親拜」に置換へれば、靖國神社宮司小堀邦夫氏は、「惡しき心の萠して言葉にも出で、面にも恥づる色の無きを謀反の始めと云ふべき」であり、平成の山法師にして、足利高氏の一歩前であらうか。「靖国さん」のみ良しとするは、戰後保守の與する所と雖も、靖國神社祭神の亨け給はざる所である。「ますらをの 屍草むす あらのらに 咲きこそにほへ やまとなでしこ」てふ、伴林光平大人の扇子(小堀氏揮毫)は、取り敢へず書いてみただけか。



 曰く、

一番大きな問題は、あの慰靈の旅です。氣がつかないのか、君たちは。‥‥陛下が、一生懸命、慰靈の旅をすればするほど、靖國神社は遠ざかつていくんだよ。さう思はん? どこを慰靈の旅で訪れようが、そこには御靈はないだらう? 遺骨はあつても。違ふ? さういふことを眞劍に議論し、結論をもち、發表をすることが重要や、と言つてるの。はつきり言へば、今上陛下は、靖國神社を潰さうとしてるんだよ。わかるか?‥‥

 あと半年すれば、わかるよ。もし御在位中に、一度も親拜なさらなかつたら、今の皇太子さんが、新帝に就かれて、參拜されるか? 新しく皇后になる彼女は、神社神道、大嫌ひだよ。來るか?‥‥

 あのビデオメツセージで、讓位を決めたとき、反對する人、をつたよね。‥‥正論なんよ。だけど正論を潰せるだけの準備を、陛下は、ずつとなさつてる。それに、誰も氣がつかなかつた。公務といふのは、それなんです。實績を陛下は積み上げた。誰も文句を言へない。そしてこの次は、皇太子さまは、それに輪をかけてきますよ。どういふふうになるのか、僕も豫測できない。少なくとも温かくなることはない、靖国さんに對して
」と。



 愚案、「御靈なぞ坐さぬ『ますらをの 屍草むす あらのら』への慰靈は無意味であつて、御靈の坐す靖國神社を親拜しない理由は、今上天皇が、靖國神社を潰さうとするもの」とは、如何なる論據から出來したのであらうか。英靈としての本居は、「靖國神界」に坐すことは、誰も否定しない所である。「我が國には、古來、二魂説・四魂説・一靈四魂説(直靈・和魂・荒魂・奇魂・幸魂)等があり、神仙家の間に、三魂七魄の説があり、古來、日本・朝鮮・支那人の間の、殆んど常識とも云ふべき魂魄説がありますが、要するに開合の變であつて、矛盾のやうで、皆な會通し格致して居るのであります」とは、眞面目な神道人の曰ふ所であるが、小堀氏の「私見」、即ち「御靈は、靖國神社のみに坐す」てふ、薄つぺらな、硬直せる靈魂觀は、何處か、一神教を想はせる。

 小生も、小堀流に倣うて妄想を逞しうするならば、小堀邦夫てふ靖國神社宮司は、蓋し「胡馬法王」の唯物一派、即ち靈的共産黨員ではなからうか。何だか、憂鬱である。元神宮禰宜と云ふから、事は更に深刻である。「さう思はん? 違ふ?」と拔かしたら、松平永芳・大野俊康兩宮司の遺訓、未だ滅びざる所、「思ひませぬ。それは違ひませう」と申す神職は、一人も居なかつたのか。否、一人位ゐは居たでせう。さうだ、必ず、きつと、居たに違ひ無い──さう信ずることにしよう、切に祈る。

 神道の本義は、天子樣護持に在る。それにしても近頃の神職は、密室に於いて、かくも不敬なる言辭を弄して疑はず、誰も詰問せざるに至りしか。少なくとも小生の周邊には、絶えて無い。かつて歴史ある雜誌に、「○○子さま」とあるを見て、或る方は、「皇后陛下は、世界廣しと雖も、御一方のみ」と、此の購入を止めたと云ふ。皇太子妃殿下を「彼女」と呼び奉る神經に驚くと共に、「來るか」てふ言葉遣ひは、實に言語道斷にして話にもならぬ。かやうな會議・集ひからは、靜かに退席したいもの、平生の片言と雖も、之を忽せにすることは出來ぬのである。
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【皇室に對する謹愼の心ばへ】──神宮少宮司幡掛正浩翁に叱られるがよい。
https://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t7/3
 
 
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