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皇國の大義は、天皇歸一に在り。

 投稿者:備中處士  投稿日:2018年10月12日(金)20時23分27秒
  通報 返信・引用 編集済
   再び下山陽太主からの急報、難有し。靖國神社は、「小堀宮司による會議での、極めて不穩當な言葉遣ひの録音内容が漏洩した」として、小堀氏が宮内廳を訪れて謝罪し、退任の意向を傳へたと云ふ。後任の宮司は、十月二十六日の總代會にて、正式決定する見込みの由。蓋し當然である。

 小堀宮司の靈魂觀も呆れるばかりだが、皇太子妃殿下に對し奉り、「彼女」呼ばはりし、剩へ「來るか」と。敬語も知らぬものいひ、洵に以て恐れ入つた次第です。かゝる不敬漢が、神宮禰宜であつたことは、眞に深刻、心を痛むること甚大、抑も何を學び、何を行つて來た神職なのでせうか。夫れ靖國神社は、天皇の神社なり。天子樣より、靖國神社を重んずるなぞ、本末轉倒も甚だしく、至誠惻怛の心なき神職は、靖國神社より去れと、獨り懊惱してゐた所、天網恢々、疎にして漏らさず、祭神の照鑑、嚴烈神速と謂ひつ可し矣。恐懼至極。

 「教學研究委員會、僕、出てませんよ」とは、小堀氏の爲人を見る要諦でせう。「神埀祈祷、冥加正直」、少なくとも正直にさへあれば、神慮に合ふものを。後任には、清廉高徳が無理と云ふならば、純忠正直なる御方に‥‥。保守べつたり、酒亂、逆賊合祀、不敬恫喝と續いては、もう勘辨。神社本廳派は、斷固排除したいものです。
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https://lite-ra.com/2018/10/post-4304.html

 更に「宮内廳を訪れて謝罪」とは、諫言自裁の覺悟は、固より無かつた樣子、「漏洩したから、已むなく退任」の由。天子樣には、小堀邦夫の有られも無き言靈を聞し食されて、如何に思召させ給ひしか、思ふだに畏し矣。
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●吉田松陰先生『評齋藤生文・天下非一人天下説』
https://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t1/14

 泉水隆一監督、在天の靈、如何に思召されませうやと、問ひ續けてゐた所、『藝林』到來落掌。就中、竹内羞齋先生『事君辨』を見る。これも奇縁と感じ、流行本『奉公心得書』と校合して、敬書させて戴く。何方か、小堀邦夫とか申す偉い先生に、かつて拜讀したに違ひない『奉公心得書』の沈讀を促して戴きたい。


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■羞齋竹内式部先生『君に事ふるの辨』(『奉公心得書』と殆んど同じく、其の異本と謂ふものゝ、原本に最も近しと云ふ。『藝林』平成三十年十月號の、大貫大樹氏『竹内式部「奉公心得書」の成立と受容について──附「事君辨」飜刻』に所引するを、『奉公心得書』と校合)に曰く、

 夫れ大君は、上古(いにしへ)、伊弉諾・伊弉册尊、天日を請ひ受け、天照大神を生み給ひ、此の國の君とし給ひしより、天地海山、よく治まりて、民の衣食住、不足なく、人の人たる道も明らかになれり。其の後、代々の帝より、今の大君に至るまで、人間(人間界)の種ならず、天照大神の御末なれり。天子は、直ぐに神樣と拜み奉り、御位に即かせ給ふも、天の日を繼ぐといふ事にて、天津日繼といひ、又た宮づくし(つかへし)給ふ人を雲のうへ人といひ、また都を天(あめ)といひて、四方の國、東國よりも西國よりも京へは、皆、のぼるといへり。譬へば今ま床の下には、物の生ぜざるにて見れば、天日の光り及ばぬ處には、一向、草木の生ぜざる事なり。然れば凡そ萬物、天日の御蔭を蒙らざるものなければ、其の御子孫の大君は、君なり、父なり、天なり、地なれり。しかれば此の國に生きとしいけるもの、人間は勿論、禽獸草木に至るまで、皆な此の君をうやまひ尊み、各品物(おのゝゝそれゞゝ)の才能(わざ)をつかへして御用に立ち、二心なく宮つかへし奉る事なり。

 故に此の君に背くものあれば、親・兄たりとも、則ち之を誅(ころ)して、君に歸(したが)ふ事、吾が國、道の大義なり。況んや官祿をいたゞく人々は、世に云ふ三代相傳の主人などといふ類にあらず、神代より先祖代々の臣下にして、今ま父母兄弟に至るまで、大恩を蒙むる人なれば、其は勿論、紙一枚・絲一筋、皆な大君のたまものなり。誤りて吾が身のものと思ひ給ふべからず。分けて御側近く奉公し給ふ人々は、天照神の冥加にかなひ、先祖神靈の御惠みに預り給ふ御身なれば、いよゝゝ敬ひかしづき奉る心、しばらくも忘れ給ふべからず。

 然れども只わざにのみ敬ひて、誠の心うすければ、君に諂らふに近うして、君を欺くにも至るべし。本心より二心なくうやまふを忠といへり。忠は己が心を盡すの名にして、如才なき本心を、わざと共に盡す事なり。其の御側近く事ふる身は、始めの程は恐れつゝしむの心、專らなれども、馴れては衰ふるものにや。古より、「官は宦の成るに怠り、病は小愈に加る。禍ひは懈惰に生じ、孝は妻子に衰ふ」(『韓詩外傳』・『説苑』敬愼篇に在る曾子の語)といひ、又た『禮記』(曲禮上第一)にも、「狎れて之を敬ひ、畏れて之を愛す」といへり。わけて君の御寵愛に預かる人は、幸ひに天地萬民の爲めに、君を正しき道にいざなひ奉り、御前に進みては、道ある人を進め、善をのべ、邪なる人は勿論、はなしをもふせぎ、只だ善き道に導き奉り、共に天神地祇の冥加を、永く蒙り給はん事をねがひ給ふべし。然し若き人のあまりいきすぎたるは、憎ましきものなれば、言葉を敬しみ、時をはかり給ふべし。此の道を忘るれば、只だ恩になれ愛をたのみ、いつしか始めの敬しみを忘れ、睦しきさのあまりより、口に道ならぬ戲れをいひ、人の善惡をまげて、君をくらまし、身に越えたる奢りを好むより、無禮不敬の事も起り、君をして淫亂の御身となし、人々を疎ましめ、遂に神明(かみ)の御罰を蒙る事、恐れ敬しむべし。

 又た君に疎まるゝ人は、少しも君を怨むる心など出でたらば、勿體なき事と心得、只だ天の神につかふると心得、猶ほも身持ちを大切にして、奉公を勵み給ふべし。譬へば今ま大風・大雨・飢饉・□[病埀+重。はやり]病等ありても、天を怨むる人なし。吾が君は、眞(ぢき)に天神といふ事、返す々ゝも忘れ給ふべからず。然るを淺はかに心得、君を怨みねたむ人は、其の身は勿論、父母兄弟の家の害となり、推しては天下の亂れにも及ぶ事、古今、其の例し多し。敬むべし。楠正成の言葉に、『君を怨むる心起らば、只だ天照大神の御名を稱ふべし』(玉木葦齋が『楠家七卷書』より採つて、之を表章せり)とあるも、天照神の御恩を思ひ出さば、眞に其の御子孫の大君、たとへ如何なるくせ事を仰せ出さるゝとも、始めより一命をさへ奉り置く身なれば、いかで怨み奉る事あるべき哉(や)。まして「至誠、神に通るは、則ち造化(あめつち)と功しを同じうす」といひ、又「人を感ずること能はざるは、誠の未だ至らざる也」ともいへば、誠だに至らば、などか君の、ふたゝびかへりみ給ふ事なからんや。其の誠に至る道は、心に如才なきのみにては至り難し。すべて心を盡すは、業にある事なれば、平生、身にする事の道に違はざる樣に敬しみ、心一ぱいを身と共に盡す故、身心内外、相ひそろふ事、誠に至る事なり。さはいへども餘り恐れをのゝきては、離るゝと云ふ事あり。只だ我に立ちかへりて、道にそむく事だにあらずんば、云ふべき事、すべき事は、ずつかりとしたまふべし。

 皇后(きさき)に奉公し給ふも、同じ事なるべし。皇后は、君と相ならひ給ふ御方にて、天地・陰陽・日月とならび給ふ御方ゆゑ、君と同じく敬まひ給ふべし。又た女子は嫌(ねぎらひ)をさゝくると云ふ道あり、風(ふ)と男のうはさなどして、不義の名を受くる事あり。故に古人、「男女、年五十にならざれば、同じ居間にて物語をもせず」と云ひ、又「既に嫁して、親の家にかへるとき、兄弟も、男たるものは、同じ居間に居らず」(『禮記』曲禮第一)と戒めり。心は潔くとも、不つゝしみより、不義惡名を蒙りては、其の罪、免れがたし。故に「女は夜行くに、燭を以てす」(『小學』内篇・明倫第二・夫婦之別)とて、くらき所へ行かざるも、嫌をさくる教へなり。兎角く本心の誠を盡して、天命をもち給ふべし。心の誠を盡すを仁といひ、筋目をつゝくるを義といひ、言葉も行ひも、仁義の道にかなふ人を、聖人・賢人ともいひ、此の道に背く人を、禽獸同然の人と云へば、朝たより夕べまで、喜ぶ事につき、哀しむ事につきても、只だ仁義の道にそむかむかと、恐れ敬しみ、奉公し給ふべし。
 
 
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