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「宮司某、恐み恐みも白」さゞれば、天下大亂の基なり矣。

 投稿者:備中處士  投稿日:2018年10月 1日(月)18時53分40秒
  通報 返信・引用 編集済
   「はゆまつかひ」樣より、「時計の間」にて紹介あり。小堀邦夫靖國神社宮司、統率力ありとは聞くも、聞き捨てには出來ず、轉載させて戴く。

 就中く「戰沒地には、骨は在つても、御靈は無い」とは、始めて聞く。宮司獨自の創見と申せませう。然し驚いた。神道教學の、不可缺なる所以である。天子樣の御ん親からの御拜を仰ぎ奉るは、「靖國神社の悲願」の由。少なくとも靖國神社中興と謳はれし松平永芳宮司は、之を恐懼遠慮された。靖國神社の靜謐・清淨化こそ、喫緊の課題であり、謹愼恭敬は、神職第一の鍵關、ゆめ怠ること莫からむことを。

 然し神職の祕密會議、下品な言靈が飛び交ふことよ。神宮の神職は、學識拔群なりと雖も、神縁にて就任の可否が決定されると仄聞す。小堀氏は、例外なりしか、或は神宮の御祓箱となりしか、或は所謂保守家との交流が過ぎて、何か惡しき物でも憑きしか。それにしても、不敬の言靈、信に恐懼至極なり。

 小堀宮司は、天子樣の大御前に於いて、果して同じ言葉を白せるとでも云ふのか。諫言と申すには、言葉が汚な過ぎる。此の強訴不敬、「平成の山法師」と謂ふに相應しい。而して宮司の録音漏洩こそ、祭神の御心と知る可し矣。

 更めて謹みて白す。天子樣は、靖國神社の爲めに大坐すに非ず。靖國神社は、天子樣御守護の爲めに鎭り座す。御創建百五十年に當つて、宮司の功業を立てむと焦る餘り、考へ違ひ、決して有つてはならない矣。敬みて白す。



**********

https://www.news-postseven.com/archives/20180930_771685.html
  ↓↓↓↓↓
『陛下は、靖国を潰さうとしてる』――靖國神社トツプが「皇室批判」(平成三十年九月三十日。『週刊ポスト』平成三十年十月十二・十九日號)

 天皇が「深い悲しみを新たにいたします」と述べた、平成最後の終戰記念日、靖國神社(東京・九段北)には、安倍晉三首相はじめ、現役閣僚の姿はなく、中国(ママ。愚案、支那)や韓國も、一頃ほど神經をとがらせなくなつた。しかしその落ち着きの裏で、靖國神社は“爆彈”を抱へてゐた。來年、天皇の「代替はり」と創立百五十年が重なる大きな節目を目前に、前代未聞の問題發言が、神社トツプである宮司から飛び出したのだ。


◆「さう思はん?」、「わかるか?」

 靖國神社では、今、來年の創立百五十年に向け、境内のいたるところで、改修工事が行なはれてゐる。だが、その内部では、修復不可能なほどの“綻び”が生じてゐた。

 六月二十日、靖國神社の社務所會議室で行なはれた「第一囘教學研究委員會定例會議」で、その重大事は起きた。今年三月に、第十二代靖國神社宮司に就任した小堀邦夫氏(68/數へ六十九歳)が、創立百五十年に向けて、新たに組織したのが「教學研究委員會」だつた。これからの靖國神社がどうあるべきかを考へるとして、第一囘の會議には、小堀宮司以下、ナンバー2である權宮司など、職員十人が出席したことが、當日の議事録に殘されてゐる。

 その會議の場で、靖國神社のトツプである小堀宮司から、驚くべき發言が飛び出した。

「陛下が、一生懸命、慰靈の旅をすればするほど、靖國神社は遠ざかつていくんだよ。さう思はん? どこを慰靈の旅で訪れようが、そこには御靈はないだらう? 遺骨はあつても。違ふ? さういふことを眞劍に議論し、結論をもち、發表をすることが重要や、と言つてるの。はつきり言へば、今上陛下は、靖國神社を潰さうとしてるんだよ。わかるか?」

 さらに發言は、代替はりで、次の天皇となる皇太子夫妻(ママ。愚案、何たる申し樣)にも向けられた。

「あと半年すれば、わかるよ。もし御在位中に、一度も親拜(天皇が參拜すること)なさらなかつたら、今の皇太子さんが、新帝に就かれて、參拜されるか? 新しく皇后になる彼女(愚案、何たる言靈)は、神社神道、大嫌ひだよ。來るか?」

 靜まり返る會議室で、小堀宮司の高壓的な口調の“獨演”と、速記のキーボードを打つ音だけが響く──。

 この會議は、小堀宮司の意向もあつて、複數の出席者が記録のために録音してゐた。宮司の「總括」から始まる百十分に及ぶ音聲データを、本誌は入手した。

 小堀宮司が語氣を強めたのは、今上天皇が、即位以來、一度も靖国を參拜したことがない一方、かつての戰地を訪れ、戰沒者の靈を慰める旅を續けてきたことを指してゐるとみられる。皇室ジヤーナリストの久能靖氏は、かう言ふ。

「今上天皇が、靖国を參拜されない理由は、わかりません。が、あへて推察すれば、昭和天皇が、1978年(ママ)のA級戰犯(ママ。昭和殉難者)合祀以來、靖国においでにならなくなつた、その思ひを咀嚼されたのではないかと考へられます。今上陛下は、戰爭體驗をお持ちで、戰中の國民の苦しみは、直接ご存じでした。だからこそ、國内外にわたるすべての戰地で、慰靈を行なひたいといふお気持ちになられてゐたと思ひます。天皇陛下の慰靈の旅は、強い信念に基づいて行なはれてゐるものでせう」

 その慰靈の旅が、小堀宮司の目には、靖國神社を否定する行爲に映つてゐると、靖國神社關係者が言ふ。

「小堀宮司からすれば、英靈の御靈は靖国にこそあり、戰地にはない。にもかかはらず、今上天皇は、靖国よりも慰靈の旅を選んでゐるとなると、靖国の存在意義を否定することになつてしまふといふ思ひがあつたのではないか」

 しかしこの発言は、靖國神社内でも問題視された。

「勅祭社(天皇が例祭などに勅使を派遣し、奉幣を行なふ神社)としての靖國神社の性格を考へると、天皇陛下を批判するやうな發言は、宮司として問題ではないかといふ聲が上がつてゐます」(同前)


◆「お前の説教、聞きたくないよ」

 靖國神社は、來年までに、天皇の參拜を實現させようとしてゐた。靖國神社職員は、かう語る。

「平成の御代のうちに、天皇陛下にご參拜をいただくことは、私たち靖國神社からすると、悲願なのです。小堀宮司は、“平成の御代に、一度も御親拜がなかつたら、この神社はどうするんだ”と、口にしてゐました。さうして宮内廳に對し、宮司自らが伺つて、御親拜の御請願を行なふための交渉を内々にしてゐるのですが、まだ實現の目處は立つてゐない」

 小堀宮司は、專門紙『神社新報』で、「(創立)五十年目に、大正天皇が行幸され、百年目には、昭和天皇が皇后とお揃ひで行幸されてゐます。そして來年、百五十年といふ大きな節目の年がやつてくることの重大さは、御代替りと相俟つて、深刻に考へてゐます。」(七月三十日付)と語つてゐた。

 天皇の參拜を求める焦りが、發言の背景にあつたのだらうか。問題發言に至るやり取りを見ると、小堀宮司の眞意が分かる。

 この日の會議は、靖国の創立百五十年史略年表の作成・出版などについて話した後に、「戰犯に對する誤解や東京裁判の不當さについて調査考證する」といふ議題に入つた。そこで出席者の職員が、「富田メモ」について言及したことが、小堀發言に繋がつた。

 富田メモとは、富田朝彦元宮内廳長官(在任は1978~1988年(ママ))が、昭和天皇の非公開發言を記したメモで、靖国にA級戰犯(ママ)が合祀されたことに關し、「だから、私は、あれ以來、參拜してゐない。それが、私の心だ」との記述があつた。2006年(ママ)に、日經新聞がメモの存在をスクープすると、「昭和天皇の眞意が分かる超一級史料」と評價される一方、「陛下の眞意とは限らない」と、否定的意見も上がり、眞贋をめぐる大論爭となつた。それに伴ひ、A級戰犯(ママ)の靖國神社への合祀の是非や、小泉純一郎首相(當時)の靖国參拜議論も過熱した。

 靖國神社は、この富田メモについて、現在に至るまで、一切コメントしてゐない。だが實際は、“深い棘”として刺さつてゐたやうだ。

 この富田メモについて、職員が、「もしそれが、本當の昭和天皇の發言だつたら、どうするんだ、といふことで、私は眞劍に考へましてですね」と言ひ出し、合祀の經緯を振り返つた上で、かう熱辯を振るつた。

「このまま時代を五十年、百年經過していつたときに、どういふふうな説明をして、國民が理解していけるのか、といふところの先讀みしたやうな考へ方を持つていく必要があるんぢやないか」

 ところがこの職員の發言を、小堀宮司は、いきなり遮り、切つて捨てた。

「お前の説教、聞きたくないよ。しやうもない。お前のどこに、戰略があんねん。『これ知つてます、私は、これ知つてます』つていふ話ばつかりやないか。どうやつて戰ふかを考へるんが、この仕事やないか。何も恐れる必要はない。間違つてたら、間違つてたと言へばいい。(中略)戰略を考へるのは、俺が考へる。君らが考へんでいい。一番大きな問題は、あの慰靈の旅です。氣がつかないのか、君たちは」

 さうして冒頭の発言が、飛び出した。つまり小堀発言は、富田メモから連なる、天皇と靖国の“複雜な關係”が伏線にあつたのだ。

「富田メモについては、靖國神社の中でも“タブー扱ひ”されてきた。昭和天皇・今上天皇の御親拜が途絶えてゐる眞意についても、觸れないできたわけです。

 小堀宮司は、さうした空氣の中で、トツプとしての風格を見せる狙ひもあつて、ああした物言ひをしたのではないか。『戰ふ』・『戰略』といつた言葉からは、どんな事情が背景にあるにせよ、とにかく天皇の御親拜を實現させたいといふ強い意思を感じます。しかしそれが、實現しないことの不滿となれば、天皇陛下への批判となつてしまふ。靖國神社が抱へるジレンマが、つひに噴出してしまつたといふことでせう」(前出・靖國神社關係者)


◆「皇太子さまは、輪をかけてくる」

 發言の主である小堀宮司とは、どんな人物なのか。

 小堀宮司は、三つの大學・大學院を出たあと、伊勢神宮に奉職。以來、伊勢神宮一筋で、宮司を補佐する禰宜といふ要職に登り詰めた。

 靖国の前宮司・徳川康久氏が、戊辰戰爭の“賊軍”である幕府軍や會津軍の戰死者も、合祀に前向きな姿勢を示したことなどが問題視され、「一身上の都合」で辭任したのを受けて、靖国の宮司に就任した。

 伊勢神宮時代には、メデイアにも何度か登場してゐる。2016年(ママ)に、天皇が生前退位の「お氣持ち」を表明された際には、中日新聞(2016年(ママ)八月九日付)の取材に、「苦心されて、お言葉を選ばれたのだらう。天皇陛下が『傳統の繼承者』であり續けるため、現行制度の問題を問ひ掛けてゐるのでは」と、贊同する姿勢で答へてゐた。

 ところが、教學研究委員會では、まつたく別の意見を述べてゐる。

「あのビデオメツセージで、讓位を決めたとき、反對する人、をつたよね。(中略)正論なんよ。だけど正論を潰せるだけの準備を、陛下はずつとなさつてる。それに、誰も氣がつかなかつた。公務といふのは、それなんです。實績を陛下は積み上げた。誰も文句を言へない。そしてこの次は、皇太子さまは、それに輪をかけてきますよ。どういふふうになるのか、僕も豫測できない。少なくとも温かくなることはない。靖国さんに對して」

 生前退位に反對だつたといふ本音をにじませ、皇太子に代替はりしても、靖国との距離は廣がるばかりだと、危惧してゐるやうに聞こえる。


◆「僕、出てませんよ」

 一連の小堀宮司の發言について、宗教學者の島田裕巳氏は、かう讀み解く。

「伊勢神宮は、神社の世界では別格扱ひで、そこにゐたといふ自負が、小堀宮司にあるはず。その感覺には、少し浮き世離れした部分があり、發言がどのやうな問題を引き起こすかを認識しないまま、思つた通りに本音を話してしまつたのではないか。

 ただし現在の天皇が、靖國神社を參拜されないのは、好き嫌ひの問題ではなく、政教分離の問題が大きいはず。なにより、宮内廳が止めるはずです。昭和天皇の參拜が途絶えた經緯においても、A級戰犯(ママ)の合祀より、當時の中曾根康弘首相が、國際社會の反發を豫想せずに、公式參拜したことの影響が大きい。それは安倍首相が強行した參拜も同樣で、首相參拜へのハレーシヨンが、ますます靖國神社と天皇の距離を遠くしてゐるといふ状況がある。果たして小堀宮司は、さうした複雜さを理解した上で、發言してゐるのでせうか」

 本誌は、一連の發言の眞意を確認するため、九月二十六日早朝、小堀宮司の自宅前で、本人を直撃した。

──六月二十日の教學研究委員會で話されたことについて、お聞きしたい。
「何も知らないですよ」

──いや、小堀さんが話されたことですよ。
「教學研究委員會、僕、出てませんよ」

──教學研究委員會ですよ。
「ええ、出てませんよ」

さう質問を遮つて、迎への車に乘り込んだ。

 靖國神社に、會議での發言について見解を求めた。

「教學研究委員會は、社外公開を前提としたものではございませんので、各委員の發言を含め、會議内容などの囘答は控へさせていただきます。また當委員會では、世代交代が進む御遺族・崇敬者のみならず、多くの人々に、當神社をご理解いただくべく、神社運營や教學について、研究・協議を始めたばかりです。その過程において、協議内容の一部分を抽出し、神社の見解とすることはございません」(廣報課)

 前述の富田メモは、靖国問題についての昭和天皇の「本音」が記されていたとして、議論を卷き起こした。

 それに對する靖国トツプの「本音」と言ふべき小堀發言は、どのやうな波紋を呼ぶのだらうか。

*音聲データは「News MagVi」
https://twitter.com/News_MagVi
にて、公開中。
 
 
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