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生まれし國を恥づるは、病なりけり──佐藤春夫詩抄。

 投稿者:備中處士  投稿日:2015年 6月17日(水)22時07分47秒
  通報 返信・引用 編集済
   学生時代、或る新刊本を扱ふ書肆にて、愛國の詩人・佐藤春夫翁の、豪壯なる詩『艦たてまつれ』(『奉公詩集』)を拜讀、欲しくてたまらなかつたが、愛藏版の大册のためであつたらうか、價高うして購入を諦めたことが、懷しく思ひ出される。抄すること幾篇、限がない。ネツトにて佐藤翁の記事を見るに、「文學者として從軍し、戰爭を贊美するかのような詩を殘す。戰後は、○級戦○に問はれてゐる知人などを辯護した」と。戰爭を贊美したらいけないとの書振り‥‥。邪鬼か土蜘蛛の言、賣文評論家常套の句。

 何か、惡い事でもしたのかね、我が國が。小林秀雄翁の曰く、

僕は無智だから、反省なぞしない。利巧な奴は、たんと反省してみるがいゝぢやないか」(『近代文學』昭和二十一年二月號「座談會「コメデイ・リテレール──小林秀雄を圍んで」に於て、戰爭に對する態度について尋ねた本多秋五への發言)。

と。無智たるを、小林翁と共に、矜持とせむ。おつと、忘れちやならぬ。我が國の利巧者。米國には「深い悔悟」、亞細亞には「苦しみを與へた」、そして「先の大戰に對する痛切なる反省」‥‥。詔敕を奉じ、身を殺して仁を成せる英靈を祭る、靖國神社。我が首相よ、二度と參拜されませぬやう、幾重にも懇願す。而してもつと「たんと反省」するがよい。

 七十年も經てば、何處の國と戰ひしか忘れ、「過ちは繰返しませぬから」とは、かつて聞きし臺詞、敵の戰略が、五黄殺的に效いてゐる。安倍晉三首相、さう云へば、貴殿の御祖父・岸信介元首相は、平泉澄博士の講義を受けてをる筈だ。讀まれましたか、『日本の悲劇と理想』を。西蕃の議會場で、拍手喝采を浴びてをる閑はありませんぞ。
  ↓↓↓↓↓
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t9/3

 田中忠雄・林房雄兩翁に傚つて、佐藤春夫翁が小曲二章の一・『病』と題する詩の一節を引く。

うまれし國を恥づること。
古びし戀をなげくこと。
否定をいたくこのむこと。


赤チン(赤のチンピラの謂ひ)の云ふ「精神的苦痛」を受け、「訴へてやる!」てふ醉狂も無いが、「悔悟」だけは、金輪際、御免蒙りたい。



●靖國神社の頌(『日本頌歌』)

ここ 日の本の み民らが
高きこころの ふるさとぞ
九段の丘に そそり立つ
御代 やすくにの大鳥居

げに 千萬の み靈ゆゑ
いよよ尊く おごそかに
しき島のみか 四面の海の
人みな仰ぐ 聖域(みやどころ)

見よ 春ごとに 人の子に
散るべき時を 教へては
咲くや み靈の さくらばな
九重にまで 照り映えて

ああ 忠と義と志
成りてくだくる たまゆらに
天馳せかへる 神々が
國を護りの大社(おほやしろ)



●英靈を謳ひて遺族に捧ぐる歌(『日本頌歌』)

哭(な)かずわれ 君をこと祝ぐ
男の子はも 空しかるべき
國のため 人の世のため
大きみが 任(まけ)のまにまに
ささぐとて 日ごろ年ごろ
愛(を)しみ來し 君がいのちは
ゆゆしくも 今捨てられぬ
ますら男が よきこころざし
時を得て 遂げられしかな
わかくさの 妻勿(な)なげきそ
おもひみる そのひと時の
さかんなる ますら男ごころ
たまきはる 命もものか
君こそは 死にしにあらで
生きしなれ その一ときに
ねぎごとに すめら御門(みかど)の
彌榮を おらびさけびて
よろづ代の 國の護りと
生(あ)れませし 神一はしら
たらちねの 母も勿泣きそ



●大詔を戴き奉る(『大東亞戰爭』)

すめろぎの 神のみことは
四方のうみ みなはらからと
おぼしめす おほみこころに
たたかへと 本意(ほい)ならなくに のらせられけり

すめろぎの 神のみことは
國こぞりてぞ かつべきを
汝(なん)たちの 力をぞたのむ
わが民と あやにかしこく のらせられけり

すめろぎの 神のみことの
おほみこと 國内(くぬち)にひびき
山がつも すなどる子らも
わが命 いざささげむと
かしこまり 遠つ宮居を をろがみてけり



●我等は何と戰ふか(『大東亞戰爭』)

我等は 何と戰ふか
我等は 戰ふ──
あのうわ面だけの人道と
物質を萬能とする その思想と
多衆を恃む 下劣に俗惡な根性と
それに我慢がならないのだ。

敵は わが國をとりかこみ
また國内にも 尠くはない。
いや待て、この心中にもゐさうである。

かくて我等の戰(たたかひ)は
最も深刻であり 最も決意を要し
それ故に 最も緊要な戰である。
とことんまでやり拔いて
國外のは無論、國内のにも 心中のにも
必ず勝たなければならない この戰である。



●湊川神社の頌(『奉公詩集』)

南の大木の下に ひれふして
大君の み夢にまみえ奉り
身も靈も捧げては かりそめならず

天つ日を覆ふ 雲打ちはらひ
國のため 道を正すと ますら男の
ひとすぢ心 たぐひなく たけくたふとく

君がため 散れとをしへて
おのれまづ 嵐に向ふ櫻井の
言(こと)を畏み 族(うから)みな 心ぞあかき

國のため 七たび生きん志
永代(とこよ)に生きて 國びとを
をしへみちびく 神ぞ この神



●八月十五日作(『佐久の草笛』)

──稍遠き家にて ラジオを聞きての後
ありがたさ なみだながれて
仰ぎたる 天つ日まぶし
耳底に あぶら蝉なき
己(し)が影を ふみつつかへる



●哭蓮田善明(昭和二十一年八月作。三十八年七月『果樹園』)

すめぐにの
ふみのはやしに
わけいりて
おくがをきはめ
かぐはしき
心の花も
ひらきしを
おほきみの
まけのまにまに
つるぎはき
すめろぎの
とほのみかどに
さむらひて
たたかひの
かたぬうらみに
八月二十日
じよほうるに
己がこめかみ
ぴすとるの
たまにつらぬき
たまきはる
いのちすぎぬる
みたまいま
みまがつかへし
すめぐにの
いづくにかます

──反歌
まさきくもあれ
  といのりし
ますらをの友は
  あらずも
なりにけるかな



●人間天皇の微笑(昭和二十五年)

──序。十月二十一日 午餐を賜はり 咫尺し奉る事 二時間あまり。退いての後、家の子らに 人間天皇のお姿を語りて、なほ足らぬ昂ぶりのままを、燈下にひとり 心ゆくまで歌ひぬ。長くこの日の記念たれ。

これはこれ 神にはまさず
人間と おのれ告(の)らして
人間と われも思へど
その笑(ゑ)みの あやにたふとき

いかなれば かくは笑まする
おほいなる 國の憂を
おごそかに 負はせたまへど
苦しみを 幸と思(おぼ)すや

世につかへ み國につかへて
あまつさへ 民につかへ
己をば ありとおぼさぬ
み心に 咫尺しまつる

口の端(は)に 笑くぼをぞ見る
なごやかさ しばし耀(かが)よひ
み心に うかべる虹の
ゆかしくも 仰がるるかな

民みなを 頼み親しみ
天地に 愧ぢず驕らず
しづかにも 笑ますを見れば
世の常の 笑まひにも似ず

嬰兒(みどりご)を 甘睡(うまい)のなかに
ほほ笑まし 産土神
訪(とは)すとは 言にこそ聞け
まのあたり 今見るもこれ

この君の かかる笑まひは
千萬の 神の詣でて
この君を あやすなりけり
見つつわが そぞろ愛(かな)しも

二千年 塵の世とほく
九重の 雲ふかくして
神ならぬ 人間の世に
人間の笑(ゑみ)ぞ 妙なる

み民われ 人間天皇(すめらみかど)を
巨いなる 可憐人(めぐしきひと)と
言擧す 友な咎めそ
無禮(なめ)なりと 君はも告らじ

花野なる 搖籃(ゆりかご)にして
無心なる 稚兒が笑まひは
野の犬も 風も侵さず
見とれつつ 過ぎゆくものを

儔(たぐひ)なき 笑まひ守らむ
わが願望(ねがひ) 人に知られよ
心より 心にかよへ
わが歌の 未だ足らねば
 
 
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