スレッド一覧

  1. 「九段塾」塾頭・一兵士翁遺文抄(101)(備中處士)
  2. 「九段塾」塾頭・金城翁最終講義(44)(備中處士)
  3. 泉水隆一監督『凛として愛』臺本(8)(備中處士)
  4. 神道に學ぶ。(65)(備中處士)
  5. おゝ靖国の大神(40)(はゆまつかひ)
  6. 崎門學筌蹄――埀加靈社・山崎闇齋先生の學問。(48)(備中處士)
  7. 世界的天皇信仰――愛國か尊皇か――(43)(はゆまつかひ)
  8. 嗚呼、慕楠黒木博司少佐。(15)(備中處士)
  9. 淺見絅齋先生『靖獻遺言』筌蹄。(51)(備中處士)
  10. 肥後勤王黨・敬神黨の精神を恢弘せむ(12)(備中處士)
  11. 日本刀四方山話(52)(那須の権太)
  12. ★☆★ 時計の間 ★☆★(402)(塾頭)
  13. 醜能御楯(14)(はゆまつかひ)
  14. 祖神垂示 親譲之道 拾遺(40)(はゆまつかひ)
  15. 楠公傳(19)(備中處士)
  16. 大高山傳・合纂――高山赤城先生を仰ぐ。(25)(備中處士)
  17. 霊的国防の本義 拾遺(35)(はゆまつかひ)
  18. 産土大神の御神徳を仰ぎませう!(14)(備中處士)
  19. 大元靈に坐す天之御中主大神(9)(備中處士)
  20. 平田篤胤大人『古史成文』(165)(南雄)
スレッド一覧(全44)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:187/1000 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

高山彦九郎、こゝに在り。遙かに皇居を拜す──高村光太郎詩抄。

 投稿者:備中處士  投稿日:2015年 6月16日(火)18時55分44秒
  通報 返信・引用 編集済
   我が塾頭監督の『凛として愛』は、高村光太郎翁の詩、即ち「鮮明な冬」から始まる。此の尊皇の詩人の詩を、些か紹介したく、筆を執る。有志、高らかに「朗誦」せられむことを‥‥。
蕃夷、笑止なり。知らずして、天孫の族と戰つてゐる、此の中今に於いても‥‥。
金滿我利、戰後國民の僭上、御民は、如何ともし難きも、皇神は、斷じて許し給はず‥‥。



●護國神社(昭和十五年二月三日作。『家の光』四月號)

 櫻咲く春のお祭に際して

御國(みくに)のための戰ひに
海ゆかば 水づく屍
山ゆかば 草むす屍と
命ささげた人はみな
護國神社の神となる

人と生れて 神となり
我らの御親 天皇の
御拜をさへも 身にうけて
津々浦々の同胞(はらから)に
父よ 兄よと 親しまれ
仰ぎ見らるる かしこさよ

屋根には高く千木聳え
お前に鳥居 神さびて
庭に常磐の松あをく
おのれを捨てた誠心(まごころ)ぞ
護國神社に生きたまふ



●危急の日に(昭和十六年十二月四日夜作。『讀賣新聞』十二月八日夕刊・詩集『大いなる日に』)

「本日 天氣晴朗なれども 波高し」と
あの小さな三笠艦が かつて報じた。
波大いに高からんとするは いづくぞ。
いま 神明の氣は われらの天と地とに滿ちる。
われは 義と生命とに立ち、
かれは 利に立つ。
われは 義を護るといひ、
かれは 利の侵略といふ。
出る杭を打たんとするは 彼にして、
東亞の大家族を作らんとするは 我なり。
有色の者 何するものぞと
彼の内心は叫ぶ。
有色の者 いまだ悉く目さめず、
憫むべし、彼の頤使に甘んじて
共に我を窮地に追はんとす。
力を用ゐるは われの悲みなり。
悲愴 堪へがたくして、
いま 神明の氣は われらの天と海とに滿ちる。



●大詔渙發(昭和十六年十二月九日作。『朝日新聞』・詩集『記録』)

 昭和十六年十二月八日作。此日の感激は 昭和に生きた日本人たるものの 終生忘れ難いところであらう。此日 恰も第二囘中央協力會議の第一日目にあたり、筆者も各界代表の一人として末席に列り、詔書の捧讀を聽いて 恐懼に堪へず、座席に釘づけとなつたまま、此詩を卓上の紙片に書いた。會議の宣言決議文は 宮城前にて朗讀せられた。

棒立ちになつた議長は 僅に口を動かして
午後一時までの開會延期を宣した。
「それまで靜かに お待ち願ひたい」と
ゆつくりしづかに 議長がのべる。
議場は もうさとつた。
重大な決意が 千餘名をしんとさせた。
歴史的な時間は 分秒に音なく、
午前十一時四十五分、
ラジオは 宣戰布告を報じた。
午後一時、
恭しく捧げられた詔書が 議場に入る。
議長は 少しふるへる手で これを展(ひろ)げる。
大詔を拜して 議場に箇々の人影なく、
ただ肅然たる一團の魂があつた。
開會の式は 順を逐ふ。
宣言決議の案文を待つ時
議場は たちまち熱氣に滿ちて猛然たり。
則ち我は 此記念の席に坐して 此詩を書く。



●十二月八日(昭和十六年十二月十日作。『婦人朝日』十七年一月號・詩集『大いなる日に』)

記憶せよ、十二月八日。
この日 世界の歴史あらたまる。
アングロ サクソンの主權、
この日 東亞の陸と海に否定さる。
否定するものは 彼等のジヤパン、
眇たる東海の國にして
また神の國たる日本なり。
そを治しめたまふ明津御神なり。
世界の富を壟斷するもの、
強豪米英一族の力、
われらの國に於て否定さる。
われらの否定は 義による。
東亞を東亞にかへせといふのみ。
彼等の搾取に 隣邦 ことごとく痩せたり。
われら まさに其の爪牙を摧かんとす。
われら 自ら力を養ひて ひとたび起つ。
老若男女 みな兵なり。
大敵 非をさとるに至るまで われらは戰ふ。
世界の歴史を兩斷する
十二月八日を記憶せよ。



●鮮明(あざやか)な冬(昭和十六年十二月十一日作。『改造』十七年一月號・詩集『大いなる日に』)

この世は 一新せられた。
黒船以來の總決算の時が來た。
民族の育ちが それを可能にした。
長い間 こづきまはされながら、
なめられながら、しぼられながら、
假裝舞踏會まで 敢てしながら、
彼等に學び得るかぎりを學び、
彼等の力を 隅から隅まで測量し、
彼等のえげつなさを滿喫したのだ。
今こそ 古しへにかへり、
源にさかのぼり、
一瀉千里の奔流となり得る日が來た。
われら民族の 此世に在るいはれが
はじめて人の目に 形となるのだ。
鵯(ひよどり)が啼いてゐる、冬である。
山茶花が散つてゐる、冬である。
だが 昨日は遠い昔であり、
天然までが 我にかへつた鮮明な冬である。



●彼等を撃つ(昭和十六年十二月十五日作。『改造』十七年一月號・詩集『記録』)

 昭和十六年十二月十五日作。宣戰の布告と共に 軍の敏速なる行動により、ハワイ眞珠灣攻撃、マライ敵前上陸、英國大戰艦撃沈等の大戰果あり。國民は 初めて窒息的雰圍氣から解放せられて 頓に生氣蘇る。此詩は 十二月二十四日 大政翼贊會にて開催された文學者愛國大會の席上、筆者自ら朗讀した。此大會は 日本文學報國會の結成を促した。

大詔(おほみことのり) ひとたび出でて 天つ日のごとし。
見よ、一億の民 おもて輝き こころ躍る。
雲破れて 路ひらけ、
萬里のきはみ 眼前(まなかひ)にあり。
大敵の所在 つひに發(あば)かれ、
わが向ふところ 今や 決然として定まる。
間 髮を容れず、
一撃 すでに敵の心肝を寒くせり。
八十梟帥のとも 遠大の野望に燃え、
その鐵の牙と爪とを 東亞に立てて
われを圍むこと 二世紀に及ぶ。
力は 彼等の自らたのむところにして、
利は 彼等の搾取して飽くところなきもの。
理不盡の言ひがかりに
東亞の國々 ほとんと皆滅され、
宗教と思想との摩訶不思議に
東亞の民 概ね骨を拔かる。
わづかにわれら 明津御神の御稜威により、
東亞の先端に位して
代々 幾千年の練磨を經たり。
わが力 いま 彼等の力を撃つ。
必勝の軍なり。
必死必殺の劍なり。
大義明かにして 惑ふなく、
近隣の朋 救ふべし。
彼等の鐵の牙と爪とを撃破して
大東亞 本然の生命を示現すること、
これ われらの誓なり。
霜を含んで 夜しづかに更けたり。
わが同胞は 身を捧げて遠く戰ふ。
この時 卓(つくゑ)に倚りて文字をつづり、
こころ 感謝に滿ちて 無限の思 切々たり。



●神これを欲したまふ(昭和十七年十二月二日夜作。『讀賣新聞』・詩集『をぢさんの詩』)

神明の氣 天地にみつる時
神の欲したまふところ 必ず成る。
われら民族 これを信じ、これに據り
力をつくし、身を捧げて 古來行ふ。
一たび其聲をきくや 斷じてかへりみず、
偏に神の欲したまふところを果すは
神の裔なる われらの常だ。
神明の氣 いんうんとして 空と海とを壓し
ほとほと息づまるばかりの時
かの 十二月八日が來たのだ。
天佑を保有したまふ 明津御神
神の裔なる われらをよばせたまふ。
即刻、厖大な一撃二撃は起り
侵略者米英蘭を 大東亞の天地から逐ふ。
かくの如き力ある一年を 歴史は知らず、
算數は知らず、唯物は知らない。
世界の制覇者 アングロ サクソンの理念は
未だ己が地下 磐石の崩れんとするを信ぜず、
ひたすら財を傾けて 消耗の戰に勝たんとする。
此戰が 理念の轉囘たるを知るや知らずや、
彼等盲目の復讐に ただ喘ぐ。
神は 精神の主權を欲したまふ。
神は 物力の制覇を否みたまふ。
神の欲するところ 必ず成る。
われら民族 これを信じて 斷じて行ふ。
世界は 物欲の卑(ひく)きを去つて
精神の高きにつかざるべからず。
神これを欲したまふ。
われら 神意によつて戰ふ。
世界の道 必ずわれらの血によつて樹つ。
たとへば空と海とをわかつ日の如く、
神しろしめしたまふ精神の高さが
今や 世界の理念に 一線を畫するのだ。



●臣ら一億楠氏とならん(昭和十九年二月五日作。『朝日新聞』)

外苑の常磐の松の みどりのかなた
畏怖くも はるかにそれとをろがみまつれば
何かはしらず
滂沱として落つるは
臣が あつき涙なり。
臣らがねがひ
ただ 宸襟を安んじ奉るにあり、
よしや 戰にいかなる曲折ありとも
臣ら一億 こころを合せ力を合せ
今こそ 臣らが絶大の潛力に點火して
かならず 叡慮に添ひ奉らん。
「正成ありとだに きこしめさば」と
そのむかし 聞え上げけん 楠氏のすがた
いまも外苑に 宮居をまもる。
まことに臣ら一億 楠氏とならん。
臣ら一億 今日よりはことごとく
「やつがれありとだに」と
思ひきはまりて 身をささげん、
げに 春風を斬らん。



●品性の美(昭和十九年二月二十二日夜作。『新緑』)

品性の美 日本にありて われらを護る。
櫻花 馥郁たれども 鼻をささず、
珠の如き茶の花は 葉かげにかくる。
鶯來り囀れども 饒舌ならず、
ただ神韻 春を呼びむかふるのみ。
かしこくも 五十鈴川のほとり、
白木のおん宮 いまも上つ代の如く
森々として 美 きはまりなし。
狂躁 飽くなき世界の上に
品性 かくの如きものあるを
神 今にして示したまはんとす。
日本の美 世界をきよめ、
日本の道 世界を救ふにあらざれば
世界 とこしへに我利の巷たらん。
われら恥を知り、われら自らつつしむ。
餓ゑて悲鳴をあげず、傷つきて莞爾たり。
われら 神州清潔の民、
品性の美に護られて 今 醜虜と戰ふ。



●合せ祀らるる靖國の神に(昭和十九年四月二十日夜作。放送)

春四月、水ぬるみ、風 黒潮の香りを帶び、
昔ながらの櫻、野に山に咲きととのふ。
この時、いと畏き おん思召あり、
二萬五柱の 護國のおん魂(たま)、
新たに靖國の神の社に合せ祀られ、
身は もと臣子(おみのこ)にして 今、
たふときかな、
神の社の一座の神とならせたまふ。
さればその夜(よ)、淨闇の齋庭をうづめて
おん魂が うから國々よりまゐのぼり、
下(した)に居り、もろ手つき、涙たれ、
ほの白きお羽車の しづしづと過ぎゆくを
父よ 子よ 兄よ 弟よ わが夫よと 迎へまつる。
いみじきかな、きよらけきかな、
生きては 醜の御楯と、出でてたたかひ、
たふれては 國を鎭むる神となる。
臣子の道 ここにきはまり、
うつくしさ、まことに萬朶の櫻に似たり。
二萬五柱の おん魂、
いづれおとらぬ ますらをなれど、
こたびの畏き おん思召、
船員、技師、郵便夫の軍屬に及び、
わきて七柱の看護婦 これに加はり、
半島 臺灣の同胞(はらから) また來りしづまる。
ああ 限りなきかな、皇恩の至るところ。
そのふかきこと 紫にほふ曙の空の如く、
その大いなること 霞の奧の山の如し。
かつて出陣のあした 誓ひましけむ
ゆきて返らぬ おん志、
げにや まことに果たしたまひし
二萬五柱の おん魂、
いま 陽春のよき日、
大君の うるはしくまします都に還り、
しづかに、しづかに 神しづもりたまふ。
われら一億 老(おい)も若きも、言(こと)には出でね、
ただふかく 頭をたれて をろがみまつり、
心にかたき誓を おん誓ひたてまつる。
ねがはくは 此の誓 かならず成ることをなさしめたまへ。



●われらの祈(昭和十九年四月二十一日作。放送)

わたくしは 聞いた。
「大君は いよようるはしく おはします。」
「自分は死んでも あとにつづく同胞が居る。」
戰場で かう思ふ時ほど
心の安らかになることはないといふ。
今はかうよと見えた時、
聖壽の萬歳をとなへまつり、
あとには無數の同胞が われにつづくといふ
その心強さに 莞爾として斃れたに違ひない
二萬五柱の おん魂が 今、
畏き おん思召によつて
靖國神社に合祀せられた。
臣下の身として 神とまつられ、
尊き おほん幣をさへうけたまふ。
われら 神前に拜跪して 自らの思を忘れ、
ふかく 神慮のある處に身をまかせて
ただ その指さしたまふ われらの道、
その告(の)りたまふ われらの事に猛然たらう。
しりへにつづく者ありと 頼ませたまうた
そのつづく者とは われらがことだ。
われら 老若男女 めいめいの身が
斷じてこれに應へ奉るほか、
日本國に 人ありとも覺えず、
いまは ただ今日(こんにち)のいのりをかけて
われら すなはち神の兵とならう。
幼きを育つる者に 重き責(せめ)あり、
幼きは 神の子なれば 汚すべからず、
神々のみこころを 幼な心に固く知らしめ、
荒ぶる禍(まが)の隙間算(すきまかぞへ)を ゆめ許すまじ。
身に力あるもの ことごとく敵に向はう。
敵の兵、敵の武器、敵の思想、敵の反間、
ことごとくこれを破らう。
國民 一致一體、苟くも神意を紊らず、
和を失はず、利に媚びず、
われら まことに神の裔なる品性にめざめ、
いよいよ戰つて いよいよ美しく
神州の正氣に 八紘(あめのした)をつつまう。
ああ 二萬五柱の新祭神、
いま われらに眼をそそぎたまふ。
われら ただ おん前に 恥少からんことを祈る。



●琉球決戰(昭和二十年四月一日作。『朝日新聞』)

神聖 オモロ草子の國 琉球、
つひに大東亞戰 最大の決戰場となる。
敵は 獅子の一撃を期して 總力を集め、
この珠玉の島 うるはしの山原谷茶(さんばるたんちや)、
萬座毛(まんざまう)の緑野、梯伍の花の紅に、
あらゆる暴力を 傾け注がんずる。
琉球や まことに日本の頸動脈、
萬事 ここにかかり 萬端 ここに經絡す。
琉球を守れ、琉球に於て勝て。
全日本の 全日本人よ、
琉球のために 全力をあげよ。
敵 すでに犠牲を惜しまず、
これ 吾が神機の到來なり。
全日本の 全日本人よ、
起つて 琉球に血液を送れ。
ああ 恩納(おんな)ナビの末孫 熱血の同胞等よ、
蒲葵(くば)の葉かげに身を伏して
彈雨を凌ぎ、兵火を抑へ、
猛然 出でて 賊敵を誅戮し盡せよ。





●一億の號泣(昭和二十年八月十六日午前作。『朝日新聞』・『岩手日報』)
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t1/4

綸言 一たび出でて 一億號泣す。
昭和二十年八月十五日正午、
われ 岩手花卷町の鎭守
鳥谷崎(とやがさき)神社社務所の疊に 兩手をつきて、
天上 はるかに流れきたる
玉音(ぎよくいん)の低きとどろきに 五體をうたる。
五體 わななきて とどめあへず。
玉音 ひびき終りて 又音なし。
この時 無聲の號泣 國土に起り、
普天の一億 ひとしく
宸極に向つて ひれ伏せるを知る。
微臣 恐惶 ほとんと失語す。
ただ 眼(まなこ)を凝らして この事實に直接し、
苟も寸毫の曖昧模糊をゆるさざらん。
鋼鐵の武器を失へる時
精神の純 おのづから大ならんとす。
眞と美と到らざるなき 我等が未來の文化こそ
必ずこの號泣を母胎として その形相を孕まん。



●犯すべからず(昭和二十年八月十八日作。『週刊少國民』八月號)

神聖 犯すべからず。
われら日本人は 御一人をめぐつて
幾重にも 人間の垣根をつくつてゐる。
この神聖に 指觸れんとする者 萬一あらば
われら日本人 ひとり殘らず 枕を竝べて
死に盡し 仆れ果てるまで これを守り奉る。
われら一億 老弱男女の
死屍累々をふみ越えなくては
この神域は 干(をか)しがたい。
蠻力に勝ちほこれる者よ、心せよ。
心なき汝の一指(いつし)の動きは
古今絶無の悲劇を生まう。
つつしみ立つ者 必ずしも低からず、
傲然たるもの 必ずしも高からず。
どんなことに立ち至らうとも
神國日本の高さ、美しさに變りはない。
やがて皎然と かがやき出でる
神聖 日本文化の力をみよ。



 次、襲ひ來れる今の頭痛、癒れば、佐藤春夫翁の詩を抄せむと欲す。
 
 
》記事一覧表示

新着順:187/1000 《前のページ | 次のページ》
/1000