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天壤無窮の神敕は、即ち今上天皇の敕命なり矣。

 投稿者:備中處士  投稿日:2015年 2月11日(水)23時49分8秒
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  奉祝、第二千六百七十五年紀元節。

 吉田松陰先生『對策一道・附論』(『戊午幽室文稿』安政五年四月中旬)に曰く、

天日の照らす所、皆な皇神の御(をさ)めたまふ所なり。天子の敕は、乃ち皇神の旨なり。其れ奉揚せざる可からざること、論ずること無くして可也。敕を奉じて死すれば、死は猶ほ生のごとし也、敕に背きて生くれば、生は猶ほ死に如かざる也」と。



 又た『坐獄日録』(安政六年春)に曰く、

「吾れ幼にして、漢籍にのみ浸淫して、尊き皇國の事には、甚だ疎ければ、事々に恥ぢ思ふも多けれど、試みに思ふ所と見聞する所を擧げて、自ら省み、且つは同志の人々へも示すなり。

 抑も皇統綿々、千萬世に傳はりて變易なきこと、偶然に非ずして、即ち皇道の基本、亦た爰にあるなり。蓋し天照皇大神の神器を、天孫瓊々杵尊に傳へ玉へるや、『寶祚の隆えまさんこと、天壤と窮り無かるべし』の御誓あり。されば漢土・天竺の臣道は、吾れ知らず。皇國に於ては、寶祚、素より無窮なれば、臣道も、亦た無窮なること、深く思を留むべし。更に又た『祈年祭の祝詞』に謂へる、「狹國は廣く、峻國は平けく、島の八十島、墜つる事無く」、また「遠國は八十綱打掛けて引寄する事の如く」などいふこと、徒らに考ふべからず。臣道、いかにぞと問はゞ、天押日命のことだてに、「海行かば水つく屍、山行かば草むす屍、大君のへにこそ死なめ、のどには死なじ」、是れなん、臣道ならん」と。



 かつて乃木希典大將『士規七則講話』一卷を拜記させて戴いたが、吉田松陰先生の、芽出度くも尊き嚴訓あり。承詔必謹、絶對畏命の臣從にして、私見從我、躊躇を聽さず、懊惱腹悶、逡巡を要せず、我が皇國道義の精粹と謂ひつ可し矣。此の佳節に方り、次に之を御紹介し、皇民としての道福を、有志各位と共に祝祷申し上げたい。
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●廣瀬豐海軍大佐講述『松陰先生士規七則』(昭和十年四月・日本放送協會講話。七月・日本放送協會刊。平成二十五年五月・國書刊行會増補改版)に曰く、

「この國體の淵源をなしますものは、實に、

『寶祚(天皇の御位)の盛えまさんこと、天壤とともに窮まりなかるべし』

と仰せられました。天照大神のご意志、すなはち御神敕でありまして、この神のご意志が、日本の日本たる所以であります。御代々の天皇樣は、この御神敕を、そのまゝにお傳へあそばさるゝのでありまして、われゝゝは如何なることがありましても、その天皇樣の御命令、すなはち敕命に反(そむ)いてはなりません。なぜならば、たゞ今の天皇樣の敕命に背くことは、天照大神の御神敕に背くことでありまして、日本の日本たる所以の第一條を破壞し、日本を根本から亡ぼすものであるからであります。

 またこれに反しまして、たとへ天皇樣のご命令に從つたために、萬一、形の上では、日本國が亡びることがありましても、形は亡びてもやむを得ないのであります。なぜならば、敕命に從ふといふことが、日本なのであります。敕命に從ひ奉らずに、日本國が形の上だけで榮えたとしましても、それは、もはや日本國ではありません。日本と違つた國が、別にできたのであります、と、松陰先生は考へてをられました。

 されば先生は、後年、幕府が敕命に從はずに、米國と通商條約を結びましたときに、長州藩の役人どもが、『今にも天皇樣の思し召しがお變はりになるかも知れないから、しばらく天下の形勢を見てゐたらどうだ』といふ意見がありましたときに、先生は、

たゞ今は、たゞ今の敕命を奉じてをればよい。もし後で思し召しがお變はり遊ばされたならば、またその通りに行へばよい。これが日本人の第一義である。なにも躊躇する必要はない。』(愚案、『要路役人に與ふ』──安政五年七月十三日。全集第四卷に所收──に曰く、「(叡慮)改まり候ふ共、叡慮に隨ひ候はゞ、道義において、何の不可あらんや哉」と

と、意見を上申されてをります」と。



【吉田松陰先生『評齋藤生文・天下非一人天下説』】
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【畏命卒伍の臣從】
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【先哲遺文を承けて】
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●勅使河原大鳳翁『大祓入門』(平成四年七月・山雅房刊)に曰く、

「人間世界の據て立つべき玄理玄則が、天壤無窮の神勅であり、其の玄理玄則を保有するのが、祭祀の道である天津神籬・天津磐境の神勅であり、其の道に依て繁榮すべき百姓蒼人草等の生きる道が、齋庭の穗の神勅である。

 七八萬年前から、高天原神界よりこの地上に、先驅的に地球の諸地方に各々使命を承けて、神人・眞人・高級靈人が、かなり長期に亙り降下してゐた。そして玄道の上から確言出來ることは、天孫降臨(神武天皇肇國の八九千年前)こそは、其の最終段階に於る、總本部の移轉であつたのだ。天皇の實在の眞義を覺知するとは、正眞神界の氣線に格合する唯一の道である。天孫降臨の時に、次元の靈霧を祓ひ清め、亦た地上界に立ちこめる靈霧を祓ひ清める爲に、打撒きの法を、天上界の米粒を以て行つた。是が地上に於る稻穗の起源である。米は神器であり、神祕なる物實である。外宮に豐受姫神を奉齋してあるのは、齋庭の穗の神勅に、其の淵源が在るものと拜察される。

 神勅は絶對である。然し其の内容は、蒼人草を咒縛するものでは無い。神道は、宗教的規範や戒律を以て、咒縛するものでは無いのである。神道とは、神社を中心としたものであり、其の本源は、宮中祭祀に繋がるものであつて、天皇を中心として、仰戴する事が基本であり、天皇の神祇奉仕に神習うて、是れ勤める所に在り、其の裏面である古神道は、正眞神仙之大道であつて、玄學玄道に基づく、所謂祕密の部分があり、神界之玄臺龍窟に祕藏せられてゐる種々の神傳玄法を基本として、正眞の神體驗を軸として、生命活動を囘歸上昇して行く所に、其の本旨が在る。三大神勅は、教訓でも教義でも無い、そのものずばりであつて、何の曖昧さも無く、而も其の簡明なる宣言の奧には、神界に於る重祕玄法が、上御一人たる天皇に附託相承されてゐる。知る事は大事であるが、知つてはならぬ事は、知らぬ法が宜しい。さうした認識方法を知る事も、知ると云ふ事に他ならぬ。物事には、節度があり禮節がある」と。



【天皇爲本の大道】
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