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ありがとうございます

 投稿者:CC  投稿日:2017年11月21日(火)21時10分12秒
  お邪魔します、CCです。

> Cr様
まずはこちらの勝手な呼びかけに真摯にお応え戴きまして
ありがとうございます。
そして、やー、見事に一刀両断されてしまいました(笑)。
負け惜しみでなく申しますと、まさにそう云う事がお聴き
したかったんです。
自分を含め平均的な現代日本人は、それを良しとしては
いけないのでしょうが、外国語に苦手意識がありまして(汗)、
書かれているカブの誤謬の例でも判る通り、ちょっと調べれば
判る事でも外国語にはなかなか手が出ません。ですのでこの
誤謬は払拭されない(少なくともその原因の一つ)のだと
思います。まして今回の件は、まさしく「説明されている」
事にアクセスしても判らず日常的に「呼ばれている」事の
話ですので、こうしてCr様の認識内にある事柄を丁寧に
御開陳戴き、そしてその誤謬でない情報が手軽にアクセス
出来る所に残るのは大変意義がある、と思います。
それに、今回の件は、確かに遊戯法が興味のメインで
ある方には余り意味がなく思えるのは間違いなく、しかし
世の中何のどんな所に興味を引かれる人がいるかは
判ったもんではないので(笑)、歴史的、文化的興味を
持つ方の中には、ひょっとしたらこれに感心してくださる
方もいらっしゃ・・・ればいいなあ(苦笑)、と思って
おります。呼称の推移については、歴史を考察するに
あたって文献を漁る際に多少の扶けにはなるかも知れませんし。
自分がCr様の書き込みを拝読して思ったのは、葡語の
騎士でも馬でも日本で略せば「カバ」ですが、もしこれが
何の意味かの説明不十分で音のみで伝わっていたとして、
それが後に日本でも独自に「ウマ」と呼ばれる様になったと
したら、やはり人間、洋の東西を問わず共通の発想を
するものだなあ、と云う事ですね。

共通の発想、と云えば、ご案内の復元天正トランプでも、
入手して実物を見た時に私思わず笑っちゃったんですよね。
ご存知かどうか、私のサイトに6年程前から自作の天正カルタの
画像データを置いてあり、そのすぐ後にそれを利用した
「『架空』天正カルタ」ってものをお遊びで作って一緒に
置いてあるんですが、絵札のインデックスがA、S、C、R
なんですよね。まあインデックスに葡語の頭文字を使うのは
ものを考えれば当然の成り行きではあるのですが、やっぱり
誰もが同じ発想をするものなんだなあ、と思ってひとり
笑ってしまいました。インデックスの絵柄の出来は、流石に
公的機関がプロに頼んだであろうあちらの方が間違いなく
良いですけど(笑)。

長々とヘンな事を書き連ねてしまい大変失礼しました。
それでは。

http://www.geocities.jp/carta_cc/

 
 

Re: 騎士のこと

 投稿者:Cr  投稿日:2017年11月21日(火)12時31分20秒
  おや、呼ばれましたか?(笑)
呼ばれたのでやむをえず私の個人的な考えを述べますけれども、騎士のカードは「騎士」とも「馬」とも呼ばれるもののはずですし、それは極めて自然なことのように思います。
チェスに馬の形をした駒(背中に人が乗ったりしていない)がありますが、英語圏では「ナイト」すなわち騎士と呼ばれています。
そういうところからも連想されるように、騎士のカードが(俗称かもしれないにせよ)「馬」と呼ばれるのはむしろ当たり前のことのように思います。
「ジョーカーはなぜババとも呼ばれるの?」と聞かれても説明に窮しますが、騎士が馬とも呼ばれることには何の不思議もありません。

ただしそれはカードの現物をよく知っている人たちの間での話で、よく知らない人に説明する際には「騎士」と言わないと誤解を与えます。「馬のカード」とだけ言うと「人間が描かれていないカードなのか?」と勘違いされる恐れがあります。
ですから現代の日本人が「ポルトガルから伝わったカルタには騎士のカードがあったので……」と書くのはこれまた当然のことです。逆にポルトガルからカルタが伝わったときには日本人は現物を目にしていたはずですから誤解は生じません。

事実だけ述べますと、騎士のカードは現在、スペインでは caballo(馬)、イタリアでは cavallo(馬)と呼ばれるのが最も一般的です。なお英語版のウィキペディアではイタリアの cavallo に対して knight(騎士)という訳語を当てており、スペインの  caballo には「騎士(文字通りには「馬」)」という説明を与えています。
ことほどさように「呼ぶこと」と「説明すること」とは分けて考える必要があるわけです。
さて、フランスのトランプでは古くから騎士を排除し、代わりに女王を入れますので、そもそも騎士のカードがありません。ですからフランスで騎士のカードがあるのはタロットのみですが、こちらは現在 cheval(馬)でも chevalier(騎士)でもなく cavalier(騎手)と呼ぶのが最も一般的だと私は理解しております。
そして肝心のポルトガルですが、伝統的な、1の札に竜を描くカードは20世紀初頭に姿を消し、代わりにフランス式のトランプが使われるようになってしまいましたので、騎士のカードが何と呼ばれていたのかは古い文献を見ないと分かりません。
近年に書かれたものでは cavaleiro と呼ばれているようですが、上に述べたように「呼ぶこと」と「説明すること」とは別ですから、鵜呑みにするわけにはいきません。

しかし cavalo にせよ cavaleiro にせよ「カバ」であることには違いなく、これが人吉に伝えられているわけです。
同時にまた、初期の段階から「馬」とも呼ばれていたのでしょうが、よく言われるように「ポルトガルから伝わったカルタには騎士のカードがあったので、日本では『馬』と呼ばれるようになった」というのがすべてで、ポルトガル人が実際には「騎士」と呼んでいたのか「馬」と呼んでいたのかを議論すること自体に意味がないというのが私の個人的な意見です。
おそらくどちらの呼び方も正しかったのだろうし、どちらの呼び方をするポルトガル人もいたのだろうと思います。どちらかというと「馬」が優勢だったんじゃないかと予想していますが分かりません。

なお「カブ(カウ)」の語源が広東語の「九」だというのは私もまったく同意見です。例の「カブはスペイン語で9のこと」というデマは一体誰が言い出したことやら。それが大嘘であることはスペイン語の辞書なり入門書なりを見れば分かることなのに、今でも信じている人がいるのは困ったことです。

ところで今年、大牟田市が市制100周年を記念して、天正カルタを復元してトランプに仕立てたものを販売しているのはご存じですか。なかなかいい品ですよ。
 

ご意見感謝です

 投稿者:CC  投稿日:2017年11月19日(日)17時02分31秒
  お邪魔します、CCです。

> すだれ十様
ご投稿お疲れ様です。何だか話が江戸のカルタ史から相当
はみ出しそうではありますが(笑)、江戸期の歴史の研究者には
結構重要な内容になりそうですね。って何か他人事の様な反応を
しているのはご容赦ください、私の手に余る方面の話に
なりそうなので・・・(苦笑)。

さて、「騎士のこと」ですが、何やら私の想定以上に衝撃を
受けていらっしゃる様で、却って驚いております。
また、私の思ってもみない方向から考察して戴いており、やはり
こう云う話題は沢山の方の意見が必要なんだな、との思いを
新たにしました。
勿論結論は出ておりませんが、現状を簡単に纏めると
 1.当初葡語の音を略して「カバ」と呼ばれていたのが
  札に馬が描かれていたので日本で「ウマ」となった。
が従来説で、私がふと思ったのが、
 2.当時葡語でも騎士(cavaleiro)でなく馬(cavalo)と
  呼ばれていたのを直訳した。
であり、其処に今回すだれ十様の
 3.唐人が先行して「馬」と呼んでいた。
説が加わった、と云う事ですね。・・・・ん~、どれが妥当か
言い出しっぺにもサッパリ判らない(笑)。
歴史的な欧州でのカードのランクの呼称とかの知識が要りますね、
そう云うのは・・・勝手な印象ですがお詳しそうなのって
Cr様とかでしょうか(適当な事を言い出して人に丸投げする気
満々です(笑))。

それでは。

http://www.geocities.jp/carta_cc/

 

更新のお知らせ

 投稿者:すだれ十  投稿日:2017年11月19日(日)08時58分42秒
   本日、メイン研究室に「新発見資料か?『祢覚譚』について 前編」をアップしました。前回予告で「小ネタ」と呼びましたが、本当にあの時点ではそう思っていたんです。『祢覚譚』のめくり記事の情報を掴み、スワ! 大発見か? と喜び勇んで調べてみると、何の事は無い、『我衣』の記事とソックリだったとさ、ちゃん♪ちゃん♪ みたいなつもりでした。しかし事態は意外な展開に・・・。

 簡単に後編の予告をしておきます。「ついに解き明される『祢覚譚』の正体とは?」「衝撃の事実発覚、鳩翁は実は旗本松平○○だった」「追跡調査、彼の一族は動乱の幕末・維新をどう生きたのか」まあ予告編ですので、多少表現がオーバーなのはご愛嬌という事で。それと、カルタとは殆ど関係が無いのもご勘弁。

 ご返事が遅れましたが、CC様のご投稿は衝撃的でした。

 ご承知の様に「ソウタ」はかなり広く、長期に渉って使用されていますし、「レイ」も使用の痕跡らしきものが見つかっているのに対し、「カバーロ」のみ全く痕跡すら見当たらないのが不可解でした。しかし、最初から「カバーロ」という名称自体が伝えられておらず、「ウマ」として伝えられていたとするならば何の不思議も有りません。十分に有り得ると思います。まさに目から鱗の発想です。

 刺激を受けて、当方も無責任な愚説を少し書かせて頂きましょう。

 誰が「ウマ」と伝えたのか? ポルトガル人に決まってるって? ブー 正解は唐人(じゃないかなと思う)。ポルトガルの貿易船といっても、何もポルトガル人ばかりが乗っていた訳ではありません。下級の船員には黒人もいましたし、ポルトガル船の貿易拠点であるマカオで雇われた唐人も多くいた筈です(多分)。そもそもカルタは交易品として持ち込まれた訳では無く、ましてやその遊戯法は売り物では有りません。従ってポルトガル人の上層船員が交易相手である上級武士や大商人達に対して、丁寧に遊戯法を教えたとは思えません(よね?)。寧ろ、逗留中に暇を持て余していた下級船員達と、現地の庶民との交流を通じて伝えられたと考えるのが自然では無いでしょうか。更に、日本人にとって一番見慣れた存在であり、最もコミュニケーションを取り易かったのは唐人でしょう。その唐人達が既に「馬」と呼んでいたとしたら? そういえば中国の象棋牌系の紙牌には「馬」の札が有りますよね。(あれっていつ頃から有ったのでしょうか?)

 ここで唐人と呼んでいるのは、今のマカオ辺りの広東語圏の人々です。広東語で「馬」は、大雑把に言えば”マー”みたいな発音です。

「すみませんが、この札の名前は?」
「コレカ? ウーン”マー” アルネ」
「何々 うーまー?」
「ウン”マー”」
「やっぱ、うまか!」
「で、外に異様な風体の人物や、化け物みたいのや、棒とか容れ物みたいのとか有るけど、名前は?」
「ナンノエダカワカラナイノデ、ポルトガルゴノママ、ヨンデイルアルネ」
「うん、たしかに何の絵だかサッパリ判ん無いもんねー。ええと、これがソウタでこれがレイと・・・。」
「でも、これだけは誰がどう見ても馬だよね!」
「ウン”マー” アルヨ!!」
みたいな会話が有ったか、無かったか・・・まあ無かったでしょうが。

 ちょっと調子に乗り過ぎましたが、カルタ伝来時における唐人の関与という問題は真面目に考えています。以前にも書きましたが、カブ系の技法で9を表す「カブ(古くはカウ)」の語源は広東語の「九(ガウ又はカウ)」でまず間違い無かろうと考えております。もう少しネタが揃ったら本篇で書くつもりです。
 

騎士のこと

 投稿者:CC  投稿日:2017年10月 6日(金)17時10分36秒
  お邪魔します、CCです。

さて、今日は少し皆様のお知恵を拝借したく思い書き込みます。
と云っても、自分でも何が知りたいのか、どう云う論点で
話したいのか、良く判っていないので(苦笑)、訳の判らない
事を書き連ねる可能性もあります。そんなゆるい感じですが、
暫しお付き合いください。

私のサイト、「花札 遊び方ガイド」に、オマケとして
天正カルタの画像データがあり、またそれを使ってお遊びで
「『架空』天正カルタ」なるカードの画像を作って置いて
あるのをご存知の方もいらっしゃると思いますが、あれを
製作する過程で、ポルトガル語で騎士の事をCavaleiroと
云うのを知りました。騎士は、日本のカルタのウマの札の
元になったランクですが、その辺りの解説をしている
文章を読むと、あちこちでその元となった札の事をカバロ
カバロと書いてありまして、私も騎士はポルトガル語で
カバロなんだろうと思っていたのですが、ポルトガル語で
Cavaloは、そのものズバリ「馬」です。
で、その時は「ふ~ん」程度で終わったのですが(笑)、
どうも最近、ふとその事が気になりまして、ちょっと
近い語源を持つだろう言語の辞書を色々調べてみると、
以下の様になりました(別にそんな偉そうに並べ立てる
程のものではないですが(汗))。
言語      馬     騎士
ポルトガル語  Cavalo   Cavaleiro
スペイン語   Caballo   Caballero
イタリア語   Cavallo   Cavaliere
フランス語   Cheval   Chevalier
南蛮カルタが日本の入って来た当初、騎士の札は聞いた音を
略して「カバ」と呼ばれていましたが、それが後に馬が
描かれた札なので「馬」と呼ばれる様になった、と自分は
理解していたのですが、その当時にこの札は実は最初から
元言語(ポルトガル語、或いはスペイン語の可能性もあり)で
「馬」と呼び慣わされていて、後に日本で「馬」と呼ばれる様に
なったのってその直訳なんじゃないの、なんて事を、ふと
妄想してしまったのですが、私は別に上に挙げた言語が
理解できる訳でもなく(汗)、まして安土桃山の頃の話なら
それらの言語も古語の知識が要るんでしょうから、こんな事を
書きながら自分には全くのお手上げな訳ですが(汗)、実際
検索を掛けてみると、どうも騎士のランクの事を、各言語で
騎士の意味の単語でなく、馬の意味の単語で呼んでいる例も
ない事はなさそうに見て取れる・・・様な気がする(いや
これも言葉の判らない私の単なる印象なので正確な所は
判らないんですが(汗))んですけど、「南蛮カルタで
『騎士』と呼ばれていた札が日本では『馬』と呼ばれる様に
なった」のでなく「カルタが日本に入って来た頃、持って来た
人達は騎士の札の事を『騎士』でなく『馬』と呼んでいた」
可能性ってあるものなんでしょうか。
皆様どう思われますか?

いや~、本当に何を議論したいのか良く判らない書き込みになって
しまい大変申し訳ございません(汗)。
これが叩き台になって何かしら面白い事実でも判明すればいい、
のですがそんな事はないでしょうねえ(苦笑)。
長文大変失礼しました。
それでは。

http://www.geocities.jp/carta_cc/

 

感想、他

 投稿者:Cr  投稿日:2017年 8月24日(木)10時47分23秒
  こんにちは。ご高察を拝見致しました。
『雍州府志』の賀留多の項の前半では「紋」は明らかにスートの意味で用いられています。そこからいくと「合」の説明のところでは「紋」がランクを表しているのだ、というのはいかにも苦しいですね。もちろん「紋」はスートを表しているのでもなければランクを表しているのでもなく、ただ漠然と「模様」を表しているのだ、という主張ですので、まあそうかもしれないなあ、とは思います。が、何とも言えないというのが正直なところです。
ただ、逆に考えるのは興味深いことのように感じました。つまり「もし仮に『雍州府志』の『合』が後の『めくり』だったとしたら、どう表現すればよかったのか」と問うてみるのです。真っ先に思いつくのは「数」、つまり「互所得之札合其数之同者」でしょう。でもこれだと、意味が分からなくはないですが、何か変ですね。札に数が書かれているわけではないのですから、「紋の数」と明記しないと何か落ち着かないように私には感じられます(その点『教訓世諦鑑』は単に「数を合わせる」ではなく「二と二とを、合せ五と五とをあハせ」と具体的に述べているので明快ですね)。とりわけ重要なのが十・馬・切(ピンも加えるべきでしょうか)で、これに関しては「同じ数のものを合わせる」では説明になっておらず、「紋を合わせる」の方がしっくりきます。そう考えると「紋」と表現したのもやむをえないことだったのかもしれず、すだれ十様の仮説が正しいのかもしれません。

私信についてですが、「原ウンスン」についてはどうぞお使い下さい。
なお私信でお伝えしたのはとても「論証」などと呼べるようなものではなく、単なる思いつきです。なので今のところ公表するつもりはございません。証拠を積み上げることができたら公表したいと思いますので、どうぞ気長にお待ち下さい。
さしあたり、16世紀ヨーロッパのトリックテイキングゲームと本腰を入れて向き合ってみようかなんて考えております。
 

スッキリ

 投稿者:CC  投稿日:2017年 8月20日(日)16時13分6秒
  お邪魔します、CCです。

おまけ拝読しました。
今回追加のおまけ部分については、明快であり
大変スッキリしております(笑)。
「あわせ」再考、個人的に一部モヤッとしている
ところはあれど(笑)、非常に読み応えのある
論考であり、そのお仕事には非常に頭が下がります。
大変お疲れ様でした。

それでは。

http://www.geocities.jp/carta_cc/

 

更新のお知らせ

 投稿者:すだれ十  投稿日:2017年 8月20日(日)08時44分6秒
  あ~ やっと終わりました~ 正直疲れました~

終わってみれば、ダラダラとやたらに長い、取り留めの無い文章と成ってしまいました。正直な所自分自身、最初から通しで読み直してみようという気は全く起こりません。
 「そんなもん、一体誰が読むと思ってんだ!」
というお叱りはごもっともです。顧みれば、読者様の事など全く考えておらず、ひたすら自己満足に陥ってしまったと深く反省しております。
 「お前の反省の言葉など、もう誰も信じて無いぞ!」
はい、重ねてごもっとも。

昨年末、Cr様より私信メールを頂戴しました。いまだ返信を怠っている無礼をお許し下さい。

メールのハイライトは「あわせ=トリックテイキングゲーム説」を否とする独自の論証です。私など全く思いつきもしなかった視点からの見事な論証には、「うーん、そう来たかー」と唸らされました。で、その内容はというと・・・知りたいですよね? 私も言いたいのはやまやまなのですが、いかんせん私信の内容を勝手に公表する訳にはいきませんのでご容赦下さい。願わくはCr様ご自身にご公表頂けれないかなーと、勝手な願いではありますが・・・。

もう一つメールから、これはそれほど差し障りが無いと思われるので書かせて頂きます。当サイトでは「うんすんかるた」成立の元となったと想定される技法、つまり江戸初期に存在したであろう四十八枚のカルタを使用するトリックテイキングゲームを称して、「うんすんかるたの元技法」という何とも長ったらしく、野暮ったらしい名称を使用して来ました。これに対しCr様は「原ウンスン」という簡潔明瞭、実にスッキリとした名称を提案されています。お許し頂けるならば、今後この名称を使わせて頂きたいと思うのですが、宜しいでしょうか?

本文中でも江橋氏の「アザピン」について触れましたが、カルタ用語の表記法は大変悩ましい問題です。当サイトでは、ひらがな・カタカナ・漢字表記を併用し、更に読み易さを考えて、原則として「カギ括弧」で括っていますが、どうもイマイチすっきりしません。何か良いアイデアが有りましたらご提案下さいませ。

さて、今後の更新予定ですが、ちょっと面白い小ネタが二つ程有りますので、なるべく早い時期の発表を目指しながら、並行して『歓遊桑話』の続きを手掛けるつもりです。
 

お疲れ様です

 投稿者:CC  投稿日:2017年 6月18日(日)16時18分43秒
  お邪魔します、CCです。

早速拝読しました。
何と云うか・・・ちょっともやもやしてます(笑)。
いやその、私もあわせ=めくりだろうと思ってますので、今回の論述を
否定する気は全くないのですが、「紋」の意味する所は何か、と云う
話だけを取りだしてみてスッキリ納得出来るか、と云うと、大胆すぎる
論の展開でちょっとスッキリしないな、と云うのが正直な所で。
だからと云って、前述の通りあわせ=トリックテイキングを支持する気は
ないのですが。
今回の更新で、折々に自分が思った断片を書いてみると(本当に断片で、
それを繋ぎ合わせても論にはなりません(苦笑))、
・模様は確かに、紋様、文様とも書くなあ。
・パウとイスなら、確かに同ランクで似た模様と認識されるかも
 知れないから、其処から認識が拡大したって事もあるかなあ(ちょっと
 苦しい(汗))。オウルとコップも、と一瞬思いましたが、あれは
 同ランクでも配置が違うので・・・。
・"江戸初期に「同じスーツを組み合わせる」タイプの技法が存在した事を
 示唆する具体的な資料や論証"は、あわせ技法の内容の検証とは全く
 関係なくても、うんすんかるたの元技法の探求の為にも、何処かから
 出て来て欲しいよなあ(笑)。
等々、非常に無責任な事を思いつつ読んでました(苦笑)。

何だかとても情けない感想で申し訳ございません(汗)。
それでは。

http://www.geocities.jp/carta_cc/

 

更新のお知らせ

 投稿者:すだれ十  投稿日:2017年 6月18日(日)08時24分51秒
  毎度遅ればせながらの更新です。最後の【おまけ】を残していますが、これでほぼ完成です。せめて半期に一度は更新しないとの思いで区切りを付けました。残る【おまけ】は今年下半期でって、まさか年末? いや、いくら何でもそこまでは掛らないでしょう・・・か? 一応、含みは持たせておきましょう。

自分で言うのもなんですが、今回アップ分の主張はかなり苦しいものです。恐らく、とてもじゃ無いが納得出来ないという方も大勢いらっしゃる事と思います。そこで謎の狂言回し氏に活躍してもらう事で強行突破、逃げ切りを図りましたが、うまく行ったでしょうか? ふざけ過ぎだとお叱りを受けそうですが、お蔭で結構楽しんで書き切る事が出来ました。

私の経験上、「楽しんで書く」という事は大変重要だと思っています。実は本稿中編の構想段階で、最初は全体を学術論文風に格調高くまとめて見ようと目論んでいました。しかし実際に書き始めると、何故か思うように筆が進まないのです。書いていてちっとも楽しく無いというか、寧ろとんでもない苦行のように感じて来て、終には筆が止まってしまいました。やはり私には学術論文は無理でした。プロの学者先生って、やっぱり凄いです。

開き直っていつもの戲文路線に戻したところ、ようやく調子が戻っては来ましたが、どうやら調子に乗り過ぎた様で、いつもに増しての脱線・無駄口で格調は下がる所まで下がり切ってしまったと反省しております。読者の皆様には深くお詫び申し上げます。

もう一つ経験談です。今回アップ分の執筆も大詰めに近付いていた春の或る日の事、エディターのちょっとした操作ミスで大切なファイルを抹消してしまったのです。キャー。凡そ二カ月分の労作が一瞬にして消えてしまいました。いえいえ、更新が遅れた言い訳ではなく、本当にあった恐怖体験ですよ。

教訓その一「バックアップはこまめに取るべし。」これはその後も守っています。
教訓その二「呑んだら書くな、書くなら呑むな。」残念ながらこちらは全く守れていませんが・・・

さーて、あとひと踏ん張りです。どうか気長にお待ち下さい。
 

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