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  • 霊的国防の本義 拾遺

  • 投稿者:はゆまつかひ
 
平成二十二年三月三日、建立。

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  • 太陰暦六月晦日

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2014年 7月26日(土)18時01分38秒
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神仙道誌第六十九號 昭和三十三年十二月三十一日發行より

「太陰暦による大祓式幽祭」

 神仙道では、一般社會の生活樣式に從ふ陽暦(太陽暦)による大祓式(顯祭)を行ふ上に、更に古傳どほり太陰暦による大祓式を執行しますが、此の太陰暦の大祓式が天地自然の大事實と神界の實相に本づく(愚案 宮地水位仙傳)幽理に契つた眞の大祓なる事は本誌六十五號に於いて解説せるとほりであります。

 日魂月魄といふが之を暦法に配すると日魂(太陽暦)月魄(太陰暦)と成るので、諸々の汚穢罪過は凡て月魄(七魄)に負ふものであるから大祓詞にも「大海原に持ち出なむ」とある如く海潮と關聯せるもので、潮の干滿即ち月(太陰)の運行に本づく太陰暦による大祓式が天地自然の大事實と幽理に契合するものである。

  • [33]
  • 大祓の一大事

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2014年 6月29日(日)19時45分24秒
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乃樂舎楢翁岡吉胤 「大祓述義」明治二十四年四月刊より

 大祓は主上を始め奉り、親王、諸王、百官百司より億兆の人民に至るまで。過犯すと所の罪穢を解き、諸々の禍事を除き、身體をも心魂をも潔々しく祓清めて天津神國津神の御守護を仰ぎ祭るべき貴重の神術にぞ有ける。

 
其の起元をたづぬるに、太古伊邪那岐大神の黄泉國より還らせ給ひて、彼國の汚穢に染たりし御衣を始め、御身に着たりし品どもを悉く解き去り給ひて、筑紫の日向の橘の小門の檍原の海潮に御身を滌がせ給ふ。此時天照大御神を始奉り、數多の神等顯出坐して、其祓事を賛け成し給へば、伊邪那岐命の御身も御心も清淨しく成らせ給ふ。是身滌祓の濫觴なり。

 又須佐之男命、天高原にて荒ぶる御所行轉ありしを、天照大御神の御憤怒坐して天岩窟に幽居らせ給ふひ、世は常闇と成りしも、須佐之男命の所謂天津罪を犯し給ひしに因れるなればとて、八百萬神等神議り坐して、須佐之男命を責債りて、千坐置戸の祓具を科せ奉り、天兒屋命に仰せて、其の解除之太諄辭を宣らしめ祓へ竟へて、天高原を神逐に逐ひ坐しけり。此兩件の義を竝せて、祓事の法として無窮に世に行はるる事とはなれりけり。

 其伊邪那岐命は身滌祓の御所爲を遂げ給ひしに因りて、御徳益〃大きく、神功已に竟へて天津國なる日之少宮に昇り留り給ふ事となれり。其須佐之男命は解除の御所爲を受け給ひしに依りて、然許り荒び坐つる荒魂も和み坐して、天下の大害を除き、世に勝れたる御功績を立て給ひ、父大神の任し給ひし大命を果し給へる事とぞなれりける。

 扨ては岩屋戸段に、須佐之男命に負せ給ひし千坐置戸の祓事も、彼伊邪那岐命の故事に據りて、八百萬神と共に天兒屋命、太玉命の御議坐して定め坐つる儀には違ひあらざるを、其後皇御孫命の天降の時も、其御供の神等の大祓、また天降の後も、必ず國之大祓など行はせ給ひつらむを、史に漏れたれば確に知るべき由もあらざるを、神武天皇の天下を平定ましつる後、彼天兒屋命の孫天種子命・天太玉命の孫天富命等らもはら事を掌りまして、彼天上の儀を順考へて、種子命の祝詞を編修給ひ、天津神、國津神さては四柱の姫神達を招請て、其御前に置坐を設けて、贖物を進り神饌を供奉て、其編修給ひつる天津祝詞をも、彼六前の神達に奏し奉りて、臣連八十伴長の百官にも聽しめて。國之大祓を行はせ給ひしなり。また神功皇后は筑紫にて、國之大祓行はせ給ひし事著けれど、其後さして聞ゆる事なかりしを、天武天皇御再興ありてより、彌世に行はるゝ事と成りたるを、文武天皇の大寶年中、始めて六月・十二月兩度の大祓とは定まりつるなり。其後は世々に行はれて、盛衰ありと雖も連綿絶えずして、維新の今日に至り、其盛大なる大祓の式を見るは仰ぐべし、尊むべし。

 附て云、抑々人の身に汚穢あらば洗ふべし、罪惡あらば刑すべしと雖も、目に見えず行ひに顯れざる心の罪咎は官の禁じ得る所に非ず、水の清むる所に非ず。然るに此大祓は身に犯せる罪は勿論、心裏の邪念また不意過ちの咎をも解除て諸の災禍を免かれしめ、善良の心を起さしめて、福を招き齢を延しむる神明の仁術なり。上代は別に教法と云ひて人毎に説き諭す事もなく、況て刑法などあらむや。唯人民の罪穢ある時、此大祓を行ひて心身を祓清めさせ給ひしに、世治り國靜可也してふ實に貴重の神事にして、寛仁の重典にぞある。

近代デジタルライブラリー「大祓述義」
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/815169

國之大祓
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t28/l50

禊祓浄化・祝福安泰
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t25/10

大祓に對する一考察
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t31/8

  • [32]
  • 國之大祓

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2014年 6月15日(日)19時54分6秒
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「五臺山たより」 【神仙道誌】 第五十三號 昭和三十九年九月三十日刊 掲載

 近年天災地殃或は集團的な災禍相つぎ。特に次代を擔ふべき學生兒童達の集團奇難が續出し、宗教混亂期の照応を冷儼なる眼前の事實として目睹する事は洵に遺憾であります。

 デモクラシーの名に於て皇祚に對する總ゆる冒涜思想を逞うした応報が氣線の混亂と成り災殃奇禍を招く邪氣の瀰蔓と成つて現れてゐるのであります。

 「國之大祓」といふやうな行事が一部の士から提唱されてはゐるものゝ、其根元的な靈的意義を實頭實地に理會してゐるものが幾人ありやと考へるとそゞろ寒心の至りであります。

 ~中略~

 大祓詞中「皇御孫之命乃朝廷乎始氐。天下四方國爾波」の個所の奉讀は官祭の場合に限られる事で(愚案、「大中臣」の三字も官祭に非ざれば讀まづ)、私祭其他普通の場合は之を奉讀せざる建前でありますが、前述
國之大祓
の意味に於て、普通奉讀のあと特に此一節を入れての奉讀を慫慂いたします。

 即ち從來神拜の際、普通奉讀一唱を例とされてゐる向は、特に此一篇を讀み入れて更に一唱を加へられ度いのであります。
神拜後でも結構です。然し私祭其他私的神拜讀修法等の場合に於ては、從來通り、普通奉讀を行ふべきで、此一篇を加へての奏上は必ず「國之大祓」の意味に於て行はるるべきこと勿論で、此點混同せざる樣御留意を願ひます。

天津祝詞は神拜祈念の折、大祓詞奉誦の前に二囘または數囘繰り返して修唱すべきものなり。( 敕使河原大鳳 「大祓入門」平成四年 山雅房刊 )

  • [31]
  • 數靈の國家運營

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2014年 1月 7日(火)20時19分17秒
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五十川博英主宰 眞生同人會(眞生の家) 『救』 第三十七號 昭和二十七年九月刊(非買品)

 小田原市 尾尻 丸道談

 私は今よりも十幾年も前より五十川先生より數靈の偉大なる事を習つて居り此を實生活に實行して今日の尾尻に成り得たのであります。
 其の間、此の重大なる天地の道を國家が遵守實行したならばと心私かに希望もし歎いても來たのです。所が先般偶々終戰前の外務省高官であつた某氏に逢つて小生の意見を述べた所、其の高官は申された。「イヤ我々は何も知らずに上意の命でアチコチと轉勤赴任して來たのでるが、先年其の御下命は單なる御都 合主義でデタラメで下命されるのでない事が判つた。もとより命令を受けて轉勤赴任する本人は何も知らなかつたが、明治の初めより昭和十二年までは各大使、領事の生年月日より吉方位(君の申される吉方と云ふのであらう)へ○○は何年何月に獨逸より印度へ△△は何年何月に米國より伊太利へと宮中より發令されてゐたのであり、外務省のみではなく陸海軍に於いてもさうであつたさうだ。君の云ふ數靈とかの此の道によつて日本は八十年も諸外國におくれていながらグングンと國威を四海に布き皇威八紘に光被してまたたく間に國力は充實して世界の一等國へと飛躍したのである。所が●●が現れて此の大道を無視したために、昭和十二年以後は内務、大藏、陸海と互に相反目し今日の日本へと變はつてしまつたのである。特に十六年緒戰の戰況に泡食つて昭和十九年にシンガポールに大本營を移轉した事は敗戰を約束するものださうだ(解説略)。矢張り明治天皇は不世出の天皇であつたと敬服するよ。君の云ふ數靈とかの大道が日本古來より宮中には神傳にあつたものと思ふ。今後は其の天地の大道により日本も國民も誤りなき世界平和のために共存共榮の道を辿り度いものである」とアベコベ説教せられたのに驚き且つ盲人許りでなく斯る先見の士の居られる事を力強く感じました。 中略
 數靈とは個人の吉凶を判斷し個人の我欲を滿たす道ではなく治國平天下國家安康の大道である事に感銘いたしました。

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  • 八紘一宇完成の祕訣

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2014年 1月 5日(日)21時07分58秒
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天關打開期成會 『大機』 第一卷 第五號 昭和十八年五月一日發行 より

 元つ神は一にして二なし。天皇又一にして二なし。かくてぞ歩む八紘一宇、續け民草一億ならず。そこやかしこの新開領土、結ぶ兩手も玉心、清き心と心のつなぎ、氣高き血潮と血潮の結び、之なら徹る天業恢弘、どこの何處に出で立たすとも、世界に恥ぢぬ皇民草、範を垂れつゝ世界の民度、先づ清めまし大和心に、口で稱へる神の子にては、世は徹らじな又徹さぬわ。世界に住める神の民草、日本のみかは世はおしなべて、神が作りし神の子なれば、映る鏡は又同じかも、我が日の本の一億民が、自我を見すれば向ふの胸に、照らす姿も又浮き出でゝ、自我だ自我だと叫び出す。神の心を其の身にうけて、神の姿を我れ照り出せば、映る姿も亦神心、八紘一宇の鍵は是。

  • [29]
  • 平面戰略では不十分

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2014年 1月 4日(土)23時27分38秒
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滿井佐吉 『一億布都の御劍を奉じて起て』 より

 不肖滿井は陸軍に人と成り三十年間軍籍に身を置いて、陸大の教官をも勤めたのであるが、當時吾々の學び且つ教へた戰略は主として人間界的な軍隊の用法の戰術戰略であつた。云はば平面的戰略であつた。

 然るに不肖滿井、二、二六事件の際、軍籍を去り、三箇年獄中で生活し、出でて神に仕へて修齋を重ねる内に、神界の實在と神々の經綸の一端がわかるやうに成り、又、神界から「布都の御魂」の靈劍と「十握の靈劍」とを與へらるとの神啓を戴き、其の他種々なる神與の御恩恵を戴くことと成り、茲に漸く、 神武の武略が少しづつわかるやうに成つた。即ち神靈界と即応しつつ神界の發動を祈りて立體的戰略をすすめる事である。

 此の異常なる國難を乘り切るために、一介の草莽の微臣が民間で神武の武略を如何に振つても、立場が與へられてゐないために十分ではない。就いては 速やかに、神武大權の輔弼者たる陸海軍の高級指導者を始め、各階の責任者が夫々神武の道を體得して、神法を修めつつ神威の發動と相応じて戰略を超々立體的 に打つ必要がある。

 前述「布都の御魂」神劍の振り方は、單に神武の一端に過ぎぬ。歴史を紐解いて日本神國の神威の發動を過去の國難來の頁に觀よ。神劍の外に、龍卷の 神風も吹いた。鹽みつ玉や鹽ひる玉の威力もある。天の生く弓矢もあつた筈である。等々々、吾等は今こそ神に歸つて祖國日本の神力を國を舉げて發動しなければならぬ。

 何人もやらなくとも、不肖滿井は滿井一人で神界に神力の發動を祈つてはゐる。龍卷のいぶきも祈つた。天の生く弓矢も祈つた。さうして、鹽みつ玉も祈つたが、神界では、時機が來るまで其れ等の一つ一つを控へてゐられるのだ。時機とは、先づ一億國民、就中、軍の責任者たちが早く「布都の御魂」の神劍 を振り奉つて、先づ劍の勳しを樹てる事だ。劍でやれる所は劍でやるべし、劍で先づ敵を斬りまつろはせ、其れでもいかぬ程大量の敵の飛行機等が來襲したら、 其のときこそ、神界の大々的威力の發動たる龍卷の神風の威力の振はれるときである。

 畏こくも伊勢神宮の別宮の風の神樣や龍田神社の風の神樣の神威は、過ぐる元寇の襲來のときにも大發動を見せられた。來らん米機の皇土襲來に、神風が龍卷き起こらぬと何人が斷言し得るか。不肖不敏を以つて一片憂國の忠誠禁ずるなく、敢へて神威の大發動を乞ひまつり、龍卷のいぶきの神法も既に之を實修ずみである。去る一月八日、吾々同志四十名、拙會と神道各教派とを代表して伊勢神宮に合同參拜祈願の際にも、内宮の荒御魂のお宮の廣前で劍の修法を實修し て祈願した外、特に風の神樣の大前で、龍卷のいぶきの修法も實修して祈願し奉つた。

 神がかりなる吾等の神法實修を、神がかりと笑ふ前に、國民各位は自ら嚴肅に襟を正して 皇祖皇宗の神靈の前に、如何にせば神威の發動を希ひ奉り得るかを考へて見よ。和氣清麿公の宇佐八幡の神託は、一體、どうして受け得たのであつたらうか。皇基を護つた和氣公の受けた宇佐八幡の神託、吾等は今こそ、其れを嚴肅に顧みて而して和氣公の其れに學ぶべきときが來たのである。

神に歸れ、神に歸れ。神に歸つて神法を奉じて起て。

一億「布都の御魂」の神劍を奉ずる事が國難乘り切り八紘爲宇、米英討滅の祕鍵である。敢へて當局及憂國の忠士に告げる。 昭和十九年一月十九日記

天關打開期成會理事長、
衆議院議員
         滿井佐吉

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  • 正邪を分かつ根據

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2014年 1月 3日(金)22時51分23秒
  • 返信
 
仁田丸久 『玄祕求眞』より

前略

汚いものを用ゐるのが邪法できれいなものを用ゐるのは邪法でないとは云へません。正邪を分かつ根據は、古神道の彌榮に貢獻するか否かにあります。 どんな清らかなことをしても、自分の欲望のために他人を陷れるためにすれば、それば邪法です。その證據に、對手をやつつけようと思つて靈術を使ひますと、 それは利くには利くのですが、その何倍かのはね返りを受けます。これはホントです。だから私も人間ですから、むかついたとき、コン畜生と思つて相手をやつつけたい氣持ちの起こることもありますが、私はグッとこらへてやらぬことにしてゐます。

  • [27]
  • 6と8の幽數

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2014年 1月 3日(金)22時42分2秒
  • 返信
 
仁田丸久 『玄祕求眞』より

 前略

 いまヤマタノオロチの幽數をとりますと

YAMATANOOROCHI = 60 → 6

此の6は默示録の惡魔の數字です。

666以上
6666 = 24 → 6
666 に一つ加へて6666とすれば合計24が又666に成るので、其の本質を根本的に魔性のものとして表れます。

 此の6の惡魔を拂ふには8を用ゐねばなりません。
其処で、

八雲立つ・・・・・・・・・・・・・・・・・8
(出雲)八重垣・・・・・・・・・・・・・8
(妻ごめに)
八重垣つくる・・・・・・・・・・・・・・8
其の八重垣を・・・・・・・・・・・・・8

  • [26]
  • 亞米利加一ドル紙幣の祕密

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2014年 1月 3日(金)22時33分42秒
  • 返信
 
仁田丸久 『玄祕求眞』より

 今から三十年前(昭和十年)に亞米利加が發行した一ドル札が現れたので一ドル札の祕密をお話します。

 すべて靈術は人に知られず然も數を重ねる事によつて通達する。

 其れに適する方法として考へ出されたのは紙幣として通用する事です。お札は澤山でる。

 其の圖案には亞米利加の國璽(THE GREAT SEAL OF THE UNITED STATES)を持つてきたから他の人
 には知られない。

 其れをやつてのけた。
 昭和十年に一ドル札の裏に其れを印刷して流通させた。

 かう云ふ亞米利加の傳統的な國璽の模樣をもつて、其れにカバラの修法を加へ、人知れず數を重ねる
 やり方は實におそろしい。

 ↓↓↓↓↓
 http://www.aoikuma.com/OneDollarBill.htm
 1ドル紙幣は戰爭を命じてゐる

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  • 修法

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2014年 1月 3日(金)20時13分45秒
  • 返信
 
仁田丸久 『玄祕求眞』より

 戰時中は何人も好戰主義とは云はないまでも、此の戰爭を何とか勝たせ度いと思ふのがあたりまへで、私も日本を勝たせ度いためにいろいろの修法をや りました。

 其のうち今度の戰爭にはユダヤのカバラの呪法が強くてこつちの方がタヂタヂに成るのだと云ふことがわかつつた。

 其れでは其のカバラの呪法とはど んなものかと、第三國人を通じて、其れを手に入れる事が出來、向ふがかうなら、こちらはアアいくと云ふ手だてがわかつてきた。

 そして九字神法のうち一番むづかしい法を使つてやつた。其のため、諏訪山の崖の上にあつた、見るからに危い私の借家が燒け殘つた。今は崖がくずれてゐるやうですが、トウトウ戰時中其処で頑張つた。

 戰後二度程カバラを使つた。其れは使はざるを得ない必死の事情があつたのです。

  • [24]
  • 神能伊吹

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2011年12月20日(火)22時23分59秒
  • 編集済
  • 返信
 
●百園敷田年治翁『神能伊吹』

昭和十一年三月に神道天行居が刊行。GHQ/SCAPが内務省警保局から押收し、後に返還されたもの。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1137344

 敷田年治 しきだ としはる

  幕末明治期の国学者。豊前国宇佐郡(大分県宇佐市)敷田村二葉山神社の祠官宮本兼継の次男,
 天保10年からは同郡四日市町蛭子神社祠官吉松家の養子。名は仲治,通称主計之介,号は百園,百桃園
 など。郷里の大儒帆足万里に修学。弘化3年に従五位下に叙せられ,敷田姓に改名。
  幕末期は皇政復古に奔走。文久3年に江戸の和学講談所に出仕,維新直後には大阪へ移り,佐土原藩主
  島津忠寛に仕えた。明治4年河内へ隠退。14年伊勢に迎えられ,神宮皇学館の創設に尽力,教頭とな
  った。3年余で隠退。晩年は大阪に住み,著作活動に情熱を注いだ。著書は『古事記標註』や『日本
  紀標註』のような古典注釈や,字書,地誌,歌文集など,51種もの幅広い著書や編著を残したらしい。
   <参考文献>高梨光司『敷田年治翁』- 朝日日本歴史人物事典より

和泉書院 研究叢書276『敷田年治研究』
http://www.izumipb.co.jp/izumi/sogomokuroku100818.pdf


http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t28/1



  • [23]
  • 神拜詞

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2011年 9月26日(月)22時03分5秒
  • 編集済
  • 返信
 
●宮城遥拜詞

     最敬禮

掛けまくも畏き

天皇命(すめらみこと)の皇居(おほみやゐ)を謹み敬ひ遥かに拜(をろが)み奉らくと白(まを)す

     最敬禮


●神宮遥拜詞

掛けまくも畏き

柝釧五十鈴の宮(さくくしろいすずのみや)の大御前を始め奉り
外宮之度相(とつみやのわたらい)の大前を謹み敬い遥かに拜み奉りて
天皇命の大御代を嚴御代(いかしみよ)の足御代(たらしみよ)に守幸はへ奉り給ひ
皇御國を彌榮えに榮えしめ給へと畏み畏みも白す


●武運長久祈願詞

掛けまくも畏き大神達の大前に恐み恐みも白さく

大君の御楯(みたて)皇國(みくに)の守護(まもり)と出征(いでた)ち仕奉(つかへまつ)る皇軍人(みいくさひと)等を夜の守(まもり)日の守に守り幸はへ給ひ其が親族家族(うからやから)をも恵み幸はへ給へと恐み恐みも白す

  • [22]
  • 通神の至誠

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2011年 9月10日(土)21時58分8秒
  • 返信
 
● 思想戰を計畫するのは聖者の任 

神靈科学研究所 所長 東戸策 『神靈科學要義』 昭和十四年 非賣品 より

 思想戰といふのは神靈の力を藉りて敵を攻撃するのである。

 
「コミンテルン」の組織は猶太人が此手段の爲に作つたものである。即ち敵方の愛國心團結力の根源たる神靈を人の魂から去らして味方の神靈を代入せしめるのである。

  聖者は鬼神を使役し得る故、思想戰を計畫するのは聖者の任である。古の武将で豐臣秀吉や諸葛孔明など(愚案:ともに高位の神仙)は此部類に入るものである。

 凡そ人が 身を捨てる時が通神の至誠 であるが、聖者は生きながら而も平常心で此境地に達したものである。吾人の修養も此を目標とする。



  • [21]
  • 無奇の神通力

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2011年 9月 9日(金)21時23分11秒
  • 返信
 
● 日常の修道祈念の腹のすわり具合

朱晃鳳山(勅使河原大鳳)『修道点滴』(紫龍仙道人の伝記) 昭和六十二年刊より

 談がたまたま、東海大地震にふれた時、「いかにしたら大難を小難、小難を無難とできますか」とたずねたところ

正真の信仰のあるものは、たとえ火の中、水の中であろうとも必ず御啓導に恵まれ 、あまつさえ他を救う力も与えられるのだ」と、

また

いろいろと想定して訓練や準備することもよいが幽助をうけられる日常の心がけが
大切

とも言われた。

 もちろん、「山神界、海神界感通の修法は機会ある毎に修して祈念を怠らぬことは言うまでもない」という御教示であった。

 すなわち「日常の修道祈念の腹のすわり具合」ということであり「無奇の神通力を 得られるように心がけよ 」ということである。

  • [20]
  • 神祇信仰の威力

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2011年 9月 8日(木)21時13分22秒
  • 返信
 
皇居巡回修法

「紫府 三号:昭和三十八年」掲載を要約(愚案:巡回前の修法式次第は割愛)

 皇居巡回修法の目的は申すまでもなく皇室の御安泰と彌栄を祈念し奉ることにある。

 神祇信仰の威力により天壌無窮の皇運を扶翼し奉 こと、何よりも皇室の御安泰と 彌栄を祈念し奉り、いのちがけで皇国伝統を護持し奉  こと。それは同時に大日本皇国の国土の静謐と国力の充実、国威の発展を祈念し奉ることであり、又、万有和合世界靈化を祈念し奉ることであり、天関打開、大神業の達成を祈念し奉ることであるが、これが皇居巡回修法の中心的標目である。勿論、皇居巡回修法に限らず全国の道友が日夜猛修されつゝある霊的国防の諸修法すべてがこの意味のものであろうが、神縁あって皇都の地に存する東京支部としては格別の意味に於て皇室の御安泰を祈念し奉ることを任務の第一とし、その具体的方法として皇居巡回修法を仕へ奉りつゝある次第である。

 皇居の周囲は約四デカメートルあるため巡回するのに一時間近く要する。十言神呪を奏上しつゝ皇居を巡回する。土のみたま(愚案:特定の忌土)、火の穢を抜く斎物を撒布し奉るのが原則となっている。我等は之によって皇都上空に水爆の爆発するを防止し奉らんとするものである。

  • [19]
  • 祈願と修法の「力」

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2011年 9月 7日(水)21時06分28秒
  • 返信
 
滝沢白竜「葛城天剣神社由来記並神示録」より

 時に、昭和二十八年三月一日、米信託統治領マーシャル諸島ビキニ環礁に於て米国の行った水爆実験による死の灰を日本漁船(静岡県焼津市のマグロ船「第五福竜丸」)が浴び、乗組員二十三人の中、無線長、久保山愛吉さんが死亡した惨事が新聞に報道されました。その灰が成層圏まで上り台風等によって日本上空に達し、日本全土に死の灰を降らす。これを防ぐ方法はない。これが田畑の野菜、五穀にかかりこれを食すると知らず知らずの内に奇病の発生が多くなり生命が脅かされるとの警告が報道されました。

 ここで、神道人として、当面、人の力の及ばざる異変にあたって如何に対処なすべきかと深く思い惑い、その新聞記事を朱墨で囲い懐にして衣服を改め、産土神社、荒田八幡宮に出向き拝殿に昇りて大祓、祈念を凝らし、その記事を神前に向け持ち奉りて、斯の如くに御ざいます。神道人として、如何になすべきかお示しを垂れ給へと祈念、只管、鎮魂をなしておると、暫くして、八幡の大神(神宮皇后命)両の手に直径10cm程の鹿皮のキンチャクを奉持され進み来られて吾れに渡され、『これを県下各聖地に鎮めて専らこの回避を祈念せよ』と申されてお退がりになられました。早速その二つの袋の中を霊視いたしてみますと白の鈍色の玉、1.5cmほどのものが二十五箇づつ入っておりました。
 お姿、お顔、服装まではっきりと拝し奉りしもこれを詳細に記すことはご遠慮申し上げておきます。

 この状況を、○○○○○○○の△△△△先生にご報告申し上げますと、先生、太古神法の秘法を以って御神授の五十体に対応する御神物を謹修なされてお送りいただきました。早速、相謀かり、全員一新同体、この天災防除のため、南は奄美大島、種ヶ島、鹿児島県下各神社、聖城、金峰山、高千穂山上と処を選びお鎮め申上げました。当時は今日のように多忙でなく、ゆっくりしておりましたので、日夜を掛けての大祈願熱祷を続けました。

 私の鹿児島在住は、八年間で御ざいますが、その間の経験に拠りますと、鹿児島は昔から台風銀座と言う異名がありますがその名の通り年に、二度、三度とよく上陸いたします。台風が通過したあと屋上に上って見渡すと、あそこの家が半壊だ、あそこの屋根が剥がれている。あそこの軒が垂れ下がっているという風に被害は相当のものです。戦時中の建物は今時のような堅牢な建物でないせいもあったことでしょう。
 台風、襲来の直前ともなれば市内は戸窓、家屋の補強で、釘打つ音がトントンとそれはそれは大変な騒ぎです。そんな台風銀座が、八幡大神のお導きのまにまに五十体の御神物を県下、各要地に鎮祀、大祈願修法を斎行したところ台風の到来はそれっきり、ピタリと止まってしまったのであります。七年の間、台風は一度も上陸しませんでした。

 結局、死の灰は九州地方には運ばれて来なかった訳です。放射能も七年も経過すればその公害も薄くなることでしょう。四国の金毘羅さんがある神仙にお告げになられた神示として世に伝わっているものに『神も拝まざる者は助けようもなし』とありますが、祈願と修法の「力」は偉大なものであります。

  • [18]
  • 冲天の意氣

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 5月 2日(日)19時11分53秒
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靈的國防の意義(抄出) 了

 クラウゼウイッツは「政治は軍事より重し」といつたが、天津神の御子によりて成された我が皇國は特別の存在として、海外列強の歴史は、現實は何を語りつつあるか。その政治を動かしつつある本當の力は何處に潜在するか。近く某國の新情勢に瞠目するものは、かくれたる其の原因、普通人間の五官によつて補捉しがたい其の眞因、について考へてみたことがあるか。それのみならず、或ひは去る五月頃から或る方面でも何か秘密の交渉が行われて居るやうでもあり、それを嗅ぎつけた某國の物凄い妨害運動や、又た交渉當事者たる一方が其の妨害運動を逆用し利用しつつあるかにも見られる氣線や、奇怪な渦巻が幾つもの中心點を作つて旋回しつつあるが、その底流には皆な悉く或種の靈的運動が作用しつつあるのである。靈的國防の意義について、無感覚なるものの眺める世界が、世界の眞の動向の何パーセントを網膜に収め得て居るかを今茲にハッキリ言ふことは禮儀であるまい。

 凛々孤風自不誇とは申すものの、我等は決して自ら敢て卑下するものではない。太古神法紹統者として、又た降魔伏敵の古神劔の守りに當るものとして、凛々として大機の眞ッ只中に立つものである。敵が複雑怪奇の攻勢をもつて來襲するからとて、我等はこれを必ず怖走失糞せしむる冲天の意氣をもつて最後の大勝を確信するものである。我等としても、その靈的作戦の秘匿すべきものは秘匿せねばならぬから具體的のことは多く語るわけに行かないが、全國各地にある篤信の同志諸君の中にも、此の皇國の一大時期に當り、いよいよその覺悟をきめて居られる人々が相當あることを信じている。我徒の男兒は須らく一世の俗物を睥睨する風格あるべきである、劔をたばさみて海水天風萬里鴻冥の外に立つの意氣無かるべからず。                             
                                                                                                       -昭和十八年八月六日記- 

  • [17]
  • 靈的實行を伴ふ思想戦

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 5月 1日(土)22時13分19秒
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靈的國防の意義(抄出) その6

    思想戦が重大だといふことを考へて居られる人たちも、胆の底では此れを第二段的に考へられ易い傾向がある。つまり戦争で勝つてもあとの文化戦で負けない用心が大切だといふ位ゐな意味にしか考へて居られない向きが多い。世界の歴史をみても、戦争で勝つても、そのあとの文化戦でやられ、結局戦勝民族が戦敗民族に支配せられる結果となつて居る事實が随分あるから・・・・・・・といふ位ゐな考へで居られる人が多い。その程度の意味で思想戦が大切だといふことが承認されて居るやうにも見られる。しかしながら眞の思想戦といふものは、そんな方面だけのものではない。思想戦が直ちに武力戦と同じ鼻孔で呼吸して居るのである。このことは簡略ながら以上述べたところを虚心に静讀してお考へになれば判る筈である。靈的實行を伴ふ思想戦なるものが如何に刻下重大なる意義を有するものなるかを深刻に考慮せられる必要があるのである。

    所謂ユダヤ問題にしたところで、世人一般が、または相当に猶太問題を研究して居られる人たちが考へて居られるやうなものではない。猶太謀略といつて、それが政治的、經濟的、文化的に容易ならぬものであること位ゐは承知して居られるやうであるが、實はそれ位ゐのことではないのである。現にユダヤの高級幹部の靈的方面を擔任するものは靈的活動に必死の努力をして、單なる祈祷會といふやうなものでない靈的行動をやつて居り、その靈的波動は實にあなどり難きものである。地上の人類は夜間睡眠中に於て微妙なる影響を受けつつ其れを自覺しない現状にあるのである。

    斯ういふやうなことは政府當局に進言しても取り上げて貰へない事情に在るのみならず、猶太問題研究者を以て任ずる人たちさへもが、「それはどうかな」と首をかしげられる特殊の方面の問題であるて、それだけ事態は重大であり、しかも油斷なり難き今日の現實である、しみじみと我等も微力を嘆ずる次第であるが、微力も強力も言つて居れない刻下の情勢であるから、ひとへにアマツカミクニツカミノミタマノフユニヨリ、スメラミコトノミイキホヒヲカリテ此の大機に挺身して居る次第である。

  • [16]
  • みそぎはみそぎとして正受すべきもの

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 4月 4日(日)14時51分46秒
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靈的國防の意義(抄出) その5

 靈的努力をする人たちの中に、一種の「みそぎ」を受ける人があるが、今や全國の學徒までが文字通り死を決して大空へ飛び立つとき、多少の「みそぎ」を恐れる人があらうとは考へられない。靈的みそぎを受ける人と受けない人がある。これは信念の深い人が受けるといふわけでもなく特に靈感質の人が受けるといふわけでもない。又た人によって或る時期には受けるが或る時期には受けないといふ風に見える人もある。或る時期を経過するとみそぎを受けなくなるといふやうな人もある。靈界の事情と其の人との氣線の關係が千差萬別で一様には申されないのである。

    大和長谷寺の小林正盛僧正の書かれた小冊子(「昭和七年印刷」の中に、大和の初瀬町に法起院といふ寺があり、そこの住職たる老齢の尼さんは地蔵菩薩の信仰家であるが、妊娠の婦人をみると直ぐに安産か難産かが判り、難産する婦人と對座すると老尼自身が難産の苦痛を感ずるので地蔵流しの法を修して安産させるといふことが書いてあるが、斯ういふことは世間に現に到るところにざらにあること讀者諸君も御承知のことと思ふ。

   靈的方法で他人の病苦を救ふために自分が病氣したり又はその家族がみそぎを受けたりする人がある。或種の靈的活動をやって居る人は其の精力を保つことが困難で、テレプラズム(エクトプラズム)に類する精氣の消散が甚しいから、それを補ふために或る法を行うて大きな樹木の精氣を吸収することをやるが、さうすると其の大木が段々に弱って枯死するから、さういふこともやるべきものでなく、みそぎはみそぎとして正受すべきもので、仁を求めて仁を得たりといふ如き嵩高な決心がなければならぬ のである。

    又た靈的活動をやる人の受けるみそぎは健康事情に類するものだけではないが、昔は羅織(ラショク)といふやうなことに類することも随分あつたものである。羅織といふのいは古くからある支那の言葉であるが、罪のないものが罪せられることである。日本でも明治時代ごろまではいろいろのことがあつたやうである。しかし人間の現界生活は短時間の試験期に過ぎない。

 すこし趣きは異るが菅公の御事迹は申すまでもなく、我が重大なる國體明徴のため、宇佐に使して靈的活動の責任を負はれた和氣清麻呂公の如きも罪人となつて刑罰を受けられた。日本人中の日本人たる大楠公の如きでさへも、實に數百年にわたりて賊名を受け、荒草斜陽の一杯土を牛馬上下して弔ふ人さへなかつたので、楠公が忠臣として仰がれ給ふやうになられたのは、僅かに近世からのことである。

はゆまつかひ曰、本稿に關連する次も御高覧以賜りたく。

おゝ靖国の大神  御国体を万々歳に護持すべき特典 その2/2
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t25/24

おゝ靖国の大神  忠臣。義士の英霊を合祀せよ
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t25/25

  • [15]
  • 靈的國防の根源

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 4月 3日(土)01時01分20秒
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靈的國防の意義(抄出) その4

 靈的國防の根源とも申すべきは神武紀にある天劔の降下である。熊野に於て邪神が熊の形になって現れて来て、神武天皇様はその毒気か何かに御中りになって御眠りになり、皇軍も皆ヲエたりとある。その時に天照大御神、高木神が高倉下の夢に現はれなされて、その結果建御雷神の神劔を降下せしめられ、そのために皇軍は一時に起きて軍威大いに振い、賊徒を平定あそばされたと傳へられ、古事記の上表文にもこれを天劔獲高倉と明記されてあるのである。これも例によって各方面の學者によって種々に俗解されて居るのであるが、大體にこれは記紀の傳への文字通りに拜讀すべきものである。

 このことについて私(友清磐山)は去る昭和九年に「天劔秘帖」といふものを書いたのであるが、實はそれにも書くべきことが書いていないのである。これについては私共としても格別な立場にあるものであるが、玄黙を守るべきであり、言舉げすることを許されないのである。「天劔秘帖」は實は「天劔秘帖」の序説ともいふべきものである。古語拾遺に「我が國家(くに)は神物靈蹤、今に皆な見存」とあるが容易の観をなすことなくんばよし。

 日本武尊御東征の御時、「頼神祇之霊。借天皇之威。」と仰せられた。日本書紀のこの記 述はアマツカミクニツカミノミタマノフユニヨリ、スメラミコトノミイキホヒヲカリテと訓むのである。これは「まじりけ」のない日本思想であり、極めて大事な古傳であるから日本国民は軽々に看過ごしてはならぬ。頼神祇之霊、借天皇之威、この十字は一字一字精読して、大いに仔細に拝感する必要があるのであるのであって、神國日本といふものがどういふものであるかを感悟するために極めて貴重なる文獻である。このことだけについても大いに論じたいことがあるが、今はまだその時節でない。劫石は消し易く、村話は改め難し。

  • [14]
  • 靈的國防の意義

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 4月 1日(木)22時51分49秒
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靈的國防の意義(抄出) その3

   靈的國防といふことについて日本人の五臓六腑に沁み込んで居る筈の事件は何と申しても元寇役における神風が代表的のものとして一般から知られて居るように思はれる。文永の役に於て敵艦九百、弘安の役には四千四百が来襲し、しかも我れの弓矢に對して敵は火力兵器を有したのである。日本全土の老若男女は眦を決して猛然として奮起した。神社仏閣に於ける降魔伏敵の祈願も物凄きばかりで、その磅磚たる霊気は全土を挙げて猛火の如燃えあがり、神界の気線に感格した。

    ちかごろなまなかな科學的教養を衒ふ輩は「神風」といふ言葉を一種の嘲笑的な或る感情を表現する際に使用する風があるが、これは明らかに神國日本としての國體冒涜である。申すまでもなく日本人の天佑神助の信念は人力を怠って僥倖を期待するものではない。人力の限りを盡して全力を全舉して尚且つ神祇の感格を祷祈するものである。これが靈的國防の意義である。ことさらこれを曲解せんとするものは深夜静思して心腹よりその不心得を愧づべきである。我が日本國は數年前來所謂國體明徽が行われたやうに考へて居り、數年前まで變な思想を腹底に有つて居たものが涼しい顔をして現にいろいろのところに居るやうであるが、神に對して愧づるところなきを得る乎。その時になつてじたばたせぬやう今日に於て嚴肅なる反省の機会を求むべきでないか。

  • [13]
  • 信念の波動力

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 3月27日(土)19時19分46秒
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靈的國防の意義(抄出) その2

   現界(現在誰れにも感覺せられる世界)と靈界(神界、幽界)とは極めて密接なる交渉がある。その交渉あればこそ靈的國防といふことも成り立つのである。理論方面のことはしばらく措く。現實の問題として武力戦にしても如何に天祐神助が伴ひ來りたるかは、實地に前線で奮闘せられた将兵がこれを體験して居られるところで、一般國民も新聞雑誌に現はれた戦地からの報道によって其れを確認せざるを得ない機會に幾度となく接したのである。新聞雑誌に發表せられないことで、幾多の天祐神助に感激せられた事實も歸還将兵の方々から國民は實地に聽かされて居るところである。ただそれが普通の科學的解説に困難なるため公開の席上などでは語ることを差控へて居られるといふまでのことである。

   近く大東亞戦争の戦迹にもても國民は殆ど理論抜きに天祐神助に感激して居るのである。眞珠灣奇襲の大成功は申すまでもなく、ウエーキ島の發見も僅か數十秒の差でスコールの切れ目に於て發見せられたのである。マレー沖の快勝も有らゆる状態が不思議といふの外なき條件に恵まれた。陸軍の方でもマレー、シンガポール攻略戦で、特にそのジツトラ・ライン突破に際しての神異的な成功が作戦主任参謀談として公表せられた範囲に於ても誰れもが感嘆した。アンダマン群島のポート・プレア無血敵前上陸はどうであらう。北入口からの豫定が急に變更されて南入口から進んだが北入口には幅ニ千メートルの狭い水路に三百餘の大機雷がニ列に敷設されてあつたことがあとで判つたのである。北入口から進んだら全滅したかも知れんとのことであった。爪哇上陸戦の天祐についても、大本営派遣陸軍幕僚○○中佐談として「私は我が皇軍の天祐を信ぜざるを得ない」と發表せられた。これに類することは數へ切れないほどあるのである。

   もとより軍當局多年の準備と訓練と又た其の時に際しての善謀勇戦の然らしむるところであること勿論であるが、同時に御上の大御綾威と天神地祇のミタマノフユによるものであること、われわれが改めて申さずとも其の都度軍當局の發表や又た直接その戦闘に参加せられた方々の談話によつて明らかなるところである。そこに神國日本のくしびなる姿が嚴存する。猶太的な唯物科學を乾し固めたやうな頭の人間は、それでもこれを偶然の事象として國民の眼を蔽府や運あことを云つて居るさうであるが、國民の多數が神異事象を神異事象として正直に迎へるやうになれば、もつともつと偉大崇高なる神異事象が必ず應現する。普通の場合、靈界と現界との交渉を可能ならしむる主たる動力は人間の信念の波動力であるからである。 これは支那事變、満州事變の際に於ても同様であり、幾多の天祐神助を前線の方々は身を以て経験せられたのである。日露戦争、日清戦争の際に於ても又た同様であり、記録に残つて居るものだけでも相當の件數に達して居るのである。

  • [12]
  • 人事を盡して更に靈的方面から天命の氣線を作振せん

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 3月26日(金)20時45分12秒
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● 靈的國防の意義(抄出) その1

 靈的國防といふことは、何も奇異なことでも珍らしいことでもなく、神國日本に於て上代以來行はれて居るところのものであって、手近なところでいへば、國民學校の兒童が産土神社に参拜して皇軍武運長久を祈願するのも靈的國防の行動であるといへるのである。それを特殊な靈的事情により、特殊な訓練と組織とをもつてやつて居るといふまでのことである。ことさらにそれを誤解するやうな眼を以て見んとするものありとすれば、あらゆる角度から、あらゆる立場から戦力増強のために眞劔な努力が要望されて居る今日、神國日本に生をうけて居るものとして實に氣の毒千萬なことである。

 靈的國防といつても、もとよりその視野は廣いのである。それはいちいち數へ上げきれないほどである。武力戦に關しては靈的方面からそれに協力し、生産戦に關しても靈的方面からそれに協力し、思想戦に關しても靈的方面からそれに協力するといふ風に、およそ廣い意味に於ける國防と皇威煽揚のために靈的方面から協力する目的に於て努力することであるが、「靈的方面から協力する」といふことが實際に効果のあることかと思ふ人たちの蒙を啓くため、少し其れについて言及することにする。要するに我々は人事を盡して天命を待つのでなく、人事を盡して更に靈的方面から天命の氣線を作振せんとするものである。

 この世界といふものが我々の普通の五官に於て感覺し得られる現界だけでなくて、普通の五官に於て感覺し得られない靈界が存在して居ることは單に宗教家が主張したり心靈科學で證明したりして居るだけでなく、純然たる科學者、純然たる物理學者がこれを力説して居るところである。今日の世界の物理學者としての二大存在の一たるプランクの如きもその一人であること今更ら申すまでもなからう。量子論の提唱者たるプランクは我々の感覺世界(五官に認識し得られる世界すなはち現界)の彼方に眞實世界(五官に認識し得られざる世界すなはち靈界)の存在を思はざるを得ないと主張して居るのである。舊式の唯物的な僅かな科學知識によって、普通の五官に認識し得ざる世界の存在を否定することを教養ある者の態度であるかの如く迷信して居るものが今日でもまだあるのは一種の風流といふものであらうか。

  • [11]
  • 神國日本としての靈的戦力

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 3月25日(木)21時29分2秒
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● 神異史實を正視せよ(抄出) 完

 日本に神話無し。神異史實を正視せよ。これが日本人としての正知見を開く第一關である。これなくして如何に國體問題や日本精神の問題に立派な理論を並べても砂上の楼閣である。一時は或る感激のために燃え立つても時が來て或る種の思想的トーチカにぶつかると問題が起らぬと申せない。徹底的な不動の神國日本の正知見を開くに悲ざれば三生六十劫にわたる大決戦に本當の精神上の準備が出來たとは申されない。無論日本の古代傳承の中にも、その一部には所謂神話的な物語が附随して居らぬといふのではない。古代でなくても中世に於てさへ世界的に或る種の物語りは共通點のある存在として取り扱はれた例もあるにはある。(室町時代の日本に天雉彦物語として語られたものは獨逸や伊太利の物語とも通ずるところがあること二三學者の指摘するところの如くであり其他にも若干の例がある。)

 けれども我國の古史に重要な課題となって居る條々の神秘的傳承は殆ど皆な神異史實である。神異的内容のものではあるが史實であるから神異史實といふのである。神界の實消息といふやうなことについて我々の有する特殊な重秘な資料については姑らく言及せぬとして、先づ普通の人は、せめて神武紀、崇神紀、神功紀等に傳へられる神異傳承についてでも、一切の猶太的な先入観の思慮を捨てて、白紙になつて考へ直てみらるるが可いと思ふ。

 今は世の中が決戦下で騒がしく、取敢ず「間に合せ」の考へで済むと思ふ人たちもあらうが、十年後、二十年後、五十年後を看よ。時日の経つのは今すぐのことだ。所詮は眞理の存するところ、眞實のもののみが最後の権威となることは歴史の證明するところである。

 日本に神話無し。神異史實を正視せよ。天孫は文字通り高天原より降臨あらせられたのである、萬世一系。現人神を我等は仰ぎ奉る光榮を有するものである。而して我等もまた神種を以て神國に生まれたるは佛教の所謂正因正果の然らしむるところである。「火の雨もほのほの風も何あらむみたみわれらは神のみあれぞ。」  ~中略~

 この大機を乗り越すにはあらゆる戦力が飛躍的に強化されねばならぬ。この「あらゆる戦力」といふものの中には、神國日本としての靈的戦力も重要な一線を占むるものである。靈的戦力といふことについては勅撰の書たる記紀を正讀しても或る程度諒解されねばならぬ筈のものである。しかしながら今日に於ては此の重大事を嚴肅に考へて居る人は日本國民の中にも多くはないのである。勝縁あって多少とも此のことに考へ及ぶことの出來る人は今こそ其の使命に全的再認識を要求されて居るのである。

  • [10]
  • 眞の愛国者は神國日本の眞姿を正視せよ

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 3月24日(水)20時34分59秒
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神異史實を正視せよ(抄出) その3

   むかしむかしの物語でなく、方今直下、現在の神國日本はどうであるかといふ人があらう。このことについても私共は語るべき確信を有するものなることを斷言して憚らない。近く支那事變以來にしてみたところで、私共に何等かの直接間接の交渉のあることの範囲だけで考へても、驚くべき神異事實があるのである。ただそれは公表すべきことでないのみか、人に語ることを欲しないのであるが、私共のさうした交渉關係にことでなしに、すでに新聞雑誌にあらはれて居ることや、または諸君が直接に體験者實験者から聽かれたことだけを静かに考へもわかることである。しかるにも拘らず、今尚ほ神國日本の神異事象を神異事象として傳ふることを避けようとする一つの勢力が全土を蔽うて居るのである。

   今日のやうな状態ではまだ神國日本が神國日本としての本當の光を輝かすことが出來ない關係にある。神國日本を本當の意味における神國日本として其の光芒を放たしむるために、眞の愛国者は認識を新たにして神國日本の眞姿を正視せられねばならぬ。如實に神異史實を正視せられねばならぬ。人間が生まれて墓地に送らるるまでの期間は極めて僅かな期間で、永久の眞の生活史の上からいへば只の或る修行中の一日の過程に過ぎないのだ。百年に泣き五尺に屈するの愚に習はず、心眼を開いて神國日本の神異史實を正視しなければならぬ。男兒は須らく眞男兒たるべし。目前泡出沫没の俗塵に手だまに取られず、神國日本の臣民として幽顯に畏れざる正眼をくらまされず、徹底的の忠胆義膽をもつて此の大機に挺身し、及ばぬながらも神ならひて神智神勇をもつて盡忠報國の一筋道を驀進しなければならぬ。

  • [9]
  • 次元交渉の方法

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 3月23日(火)20時16分38秒
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神異史實を正視せよ(抄出) その2

   日本に神話無し。そんなら日本國の神異史實を何によって証明し得るか。これに回答することは又た神靈界と次元を異にする現世界に居るものとして極めて困難なことであるが、今日は少し「神異史實の見方」とでもいふやうなことを申し上げたい。

   何といつても先ず根本の問題は我が神國日本の生成と神々が此の國土に降臨せられたといふ意味の解釋である。これについて各方面の學者の意見は耳にたこが出來るほど聽かされた。神界にある神々が如何なる手續きによって人間界の地上生活に移られたか。それは何時も申す通り明治九年七月七日の午夜、吉野の仙窟から肉身のまま上天せられた○○○○先生の事蹟を静思せられてもわかることで、それを逆に考へらるれば直ぐに合點の出來る筈のものである。

  又それは一つの次元交渉の方法であって他にも方法はある。地上の人間が出生のときに神々がその生兒に降格せられる方法で、これは太古に於ては特に多數の實例があつたやうに思はれる。地上の人間生活にはそれに適應するやうな肉體が原則として必要だから此の方法による神々の地上移居の例は極めて多かつたやうである。

   この外に一時的な神々の憑格、或る特殊の人間に或る時期から神が感格同化せられることもあるが、これは異例の一つであり、又た世の中にざらにある低級な所謂神憑りの類を指すものではないことを明言しておかなければならぬし、又た此の種の場合、多くはそれを全的に神といへず半神的存在として見なければならぬやうな實例もある。この外に更に一つの方法があるがそれは申し上げるわけには行かぬ。

  • [8]
  • 日本に神話無し

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 3月22日(月)22時40分55秒
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神異史實を正視せよ(抄出) その1

 やや話が唐突になるが、先ず日本國民は日本國の神異史實といふものを正視する必要がある。それはどこの民族でもが有すると同じやうな「神話」であるといふ考へを先ず一掃しなければ眞の日本人とは云へない。眞の日本人となることが出來なければ、この神人協力大決戦の世界像を正確に認識することは困難である。

 明治以来の猶太的教育機構の流れの中に於てはぐくまれて來た知識階層の人々は日本の神異史實を世界共通な「神話」といふ風氣の中から洗ひ上げて其の眞の姿を眺めることに甚だしい困難な條件を負はされて居るのであるが、しかし神界有縁の人々とでも申すのか、どんな新知識の豊かな人でも、その困難な條件に眼をくらまされることなくして我國の神異史實を其のまま正視せんとする敬虔な態度を有することの出來る御方も相當にある。

  神話といふ言葉は今日甚しく濫用されて居るやうであるが、要するにMythus(拉)といふ言葉から受ける一般人の感じは、史實にあらざる物語傳説といふことになるのである。具體的に一例をいへばスサノヲノ命の古代傳承を世界共通の暴風神話といふが如き思考態度は其の顕著なるもので、天體や暦象や又は耕作に關係ある人間感情の説話の神化、擬人法的情緒の自然的結成といふやうなことになって、好事家の閑葛藤として我國の國體精神にも格別の價値ある存在でないやうに思はせる學風の勢力は今日でも先ず日本全土を蔽うて居ると申しても大數的には過言でないこと誰も異論のないところである。

 これでは正眞の意味における國體明徽は困難であると申さねばならぬ。我が國史の極めて重大な部分が所謂「神話」として取扱はれる限り、神國日本の正しい姿を認識することは困難である。神國日本の正しい姿が認識されずして、此の世界的大決戦の解決方法についての根本信念を確立することは甚しき冒儉である。この意味に於て私共は「日本に神話無し」といふのである。

多くの學者によって「神話」と冒涜されて居る我が古代傳承は確實なる「神異史實」である。
~中略~ もとより我國の古代傳承といへども人間の手によって傳へられたものであるから訛傳や訛傳に類することも混雑して居り又た重要のことで偶然に或ひは意あって文書傳來に洩れたこともあるべきであるが、原則として神異史實の嚴存を主張し、そこに皇國の尊嚴が文字通り神秘的發程にもとづくものであることを我々は固く信じて居るのである。

  • [7]
  • 神傳への言葉

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 3月12日(金)21時36分4秒
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● 戦力としての言靈 補遺 (「神異史實を正視せよ」より抄出)

 神國日本の正しい姿を直感するには、言靈のたすくる國、言靈の幸ふ國と神代以來語りついで來た日本國の言靈についても考へて貰ひたい。前号の本誌(愚案、古道)に「戦力としての言靈」といふ題で少し申上げたが、只今申上げたところと併せてお考へを願ひたい。日本の言葉に特に靈異があるのは正しい神傳への言葉であるからである。どこの國の人も所謂お國自慢で自分の國の言葉を善美なものとして主張するであらうがそれでは水掛論になるけれど、人間の感情で勝手な判斷を許さぬ時代が来たやうで、何も彼も神ながらの時節で、たとへばトーキーの如きも外國かぶれの人や、日本憎しと思ふ人たちには厄介千萬なものとして出現したのである。トーキーは申すまでもなく音の形を寫眞にとっておく機械であって別圖(省略)はアイウエオの寫眞で下の方は大人の普通のアイウエオで上の方は子供のアイウエオである。(老若男女また病氣や其他の條件でも形が變る。)

 これについて、理化學研究所の田口氏は、昭和十五年八月のラジオ放送で、「トーキーのおかげで音の不思議は忽ち皆わかってしまひ、私たち日本人の使ふ日本語が音の學問からいって一ばん正しい規則正しいものであることがわかった。私はトーキーを使って日本語がこんな美しい規則正しい言葉であることを見つけ出したときびっくりした。こんなに音の不思議をよく知ってゐた私たちの祖先は大變耳が良かったと考えました。」と語られたが、 言靈のたすくる國、言靈の幸ふ國と、神代より言ひつぎ語りついで來た我國の言靈といふ方面からみても、ただことでないことがわかるであろう。原始的な古代傳承と近代の學者に輕く取扱はれて來た神國日本の神秘は、天の戸のひらくる如く、そろそろ明かな神代の姿に復って行くべき時節ではないか。

  • [6]
  • 物心一如

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 3月10日(水)21時11分3秒
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戦力としての言霊(抄出) その5

  最近の戦況に關聯して科學兵器の権威・多田禮吉博士は、「この生産機構の缺陥が日本國民の融通性を誘發し應用の術を體得せしめ、これが兵器の使用に當っては兵器の持つ能率を五倍十倍にしてゐる。敵にとっては一の兵器は一の兵器の役割をしか果たさない。ここに物心一如の理が生れ、日本人の天才的融通性と兵器、日本精神と兵器は相擁して戦線至るところ、その眞價を發揮してゐる」と述べられたが、この物心一如といふことは尋常茶飯の只だ一つンお言葉として輕々しく聽き流すべきではない。この物心一如が今後ますます光芒を放つかどうかによって今後の戦局が左右せられるのである。その意味に於ても、「戦力としての言靈」といふ課題は嚴肅に考慮されなければならない。

  • [5]
  • タマシヒの国土に磅簿する靈氣の強化

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 3月 8日(月)22時08分24秒
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戦力としての言霊(抄出) その4

 従來の經濟學は人間のタマシヒといふものを計算することを忘れて居た。日本魂によって従來の經濟學説は當然修正せらるべきであることを東大の難波田教授あたりも力説して居られる。そのタマシヒの国土に磅簿する靈氣を強化する上にもまた「戦力としての言靈」が考へられなければならぬのではないか。およそ精神的な問題と縁遠いかにみられたがる經濟學的方面の分野に於てさへもさうであるから、あらゆる國力の部面に於て「戦力としての言靈」の威力が實質的に深く考へられなければならぬのである。 中略


總力戦は即ち多面性の戦争である。 中略、 我が方としても科學兵器の新生面を續々押し開いて斷然敵を壓倒するところまでいかねばならぬが、又た一面からみると、内外の思想方面の問題もますます重大である。所謂思想戦の奥の霊的態勢の問題となると更に一層深刻に考へさせられる事情が日に月に加はり來るを痛感する。だから「戦力としての言靈」といふやうな問題についても、もつと眞劔に朝野の有志が考慮さるべき責任があると信ずる。

  • [4]
  • コトタマの正信仰-戦力としての言靈

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 3月 7日(日)16時03分36秒
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戦力としての言霊(抄出) その3

 木には木の靈があり草には草の靈があり火にも水にも土にもそれぞれの靈があり言葉には言靈があるとの神傳へは、神國日本の尊き正傳であって、祝詞の如きも其處に格別の靈的意義があるので、このコトタマの正信仰なくば日本國の祭典は其の意義を失ふことになり、祭政一致の天來國家として由々しき大問題で、國體明徽の上からも重大なことである。  コトタマの靈威力あればこそ、神武紀にもカジリのことが傳へられて居るのである。又た種々の神傳の「秘言」なるものがあるが、その靈威力の實在も改めて申すまでもない。詩歌にのみ生命があるのではない。しかしすべての言葉に靈があると云うても、その言葉が眞心から出た言葉でなければ靈の生命力がないわけで、嚴(イヅ)のカジリ」を唱へても至信に唱へなければ強大な靈の生命力が作用しないこと申すまでもない。  時代が如何に新しい生面を開いて突進しても、コトタマに關する我が古傳の信念の如き尊嚴なるものは、これを輕んずることが許されないのみか、ますます重視して嚴肅に反省していただきたいことを近ごろ特に我が朝野の指導階級の人たちに對して切實に感ずる次第である。 中略  今日の時代には、特に戦力としての言靈が國民の魂ひの奥から見直されなければならぬのである。神武紀時代にも言靈は戦力の一つとして重大な意義を有って居た。今日の我が國民の信念は神武紀時代の祖先の信念に吻合しなければならぬ。

  • [3]
  • 「言」は「事」なり

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 3月 7日(日)00時06分17秒
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戦力としての言霊(抄出) その2

 世人の知如く近世では富士谷御杖が一種の言靈説を主張し、言語だけでは無形だから靈はないが詠歌は有形だから靈があるといふことを説き、例として、宇治の綱代木にいさよふ波を見て「人生みなこの波の如く、つひに行くへも知らずなりぬべし」と普通の言葉で嘆じたのでは、言葉に形がないから靈は留まらないが「もののふの八十氏川のあじろ木にいさよふ浪のゆくへしらずも」と歌ひ出ずれば、一つの形となって感情がその歌の中に留まって靈となり千載の後までも滅びないといふ風に説いた。一應もっともであり、面白い説でもあるが、これは彼の一家言であって古意を正傳したものとは考へられない。詩歌が天地を感動し萬有に道交することは支那でも西洋でも其の説があり、それも一應もっともであり事實さうであるが、詩歌なるが故に有形で、詩歌ならざる言葉は無形であるとは云へぬ。

 わが古傳の正しく示すところによれば、言語は事物と同じものであるから有形であって、何も詩歌に限ったことではないのである。コトタマを言靈とも事靈とも書き傳へたのは単なる あて字 ではないので、「言」は「事」なりといふ古代日本思想は正傳のものである。このことは古人がいったばかりでなく富士谷御杖も云ふて居るところであり、又た近頃の神道學者でもそれ主張して居る人が相當にあるけれど「そんなことは所謂國學者や神道學者が商賣柄いふことだ」といふ風に一般の知識層の人は嘲笑せぬまでも軽視して居るやうであるが、これは思想の猶太化の一つの現はれであるから大いに反省して貰はねばならぬ。

  • [2]
  • 戦力としての言靈-言靈の信念

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 3月 6日(土)01時09分47秒
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戦力としての言靈(抄出) その1

    言語に靈力があるといふ考へ方は日本特有なものではなく、世界的なものであり、又た今日でも未開民族の間にさうした信念が多く強く行われて居る事實からして、言靈といふやうなことをあまり取り立てていふことを避けるやうな傾向が、特に明治以来の我國の識者の間にあるやうであるが、古代日本民族のコトタマ(言靈)の信念は単なる土俗的社会現象ではなくして、國家的な特殊な信念と結ばれて居るものであり、又それが太古以来の神傳へのものとして明確に意識されて其の信念の尊厳性を保って来たのである。続後紀、興福寺の大法師等が仁明天皇の寶算四十を賀し奉れる長歌に

 ・・・・・此の國の、云ひ傳ふらく、日の本の、倭の國は、言玉の、福はふ國とぞ、古語(フルコト)に、流へ來れる、神語(カムコト)に傳へ來れる・・・・・・・

 とあるやうに、コトタマの靈威力と此の日本國土との關係について系統的な神代以來の信念が神秘的に傳承されて來たことに特別な確信を存續して來たのである。萬葉などの言靈に關する古歌數首の意味も大體世人周知のことではあれど、その意義を深く考へない人が多いために、ただ一種の歌頌の技巧ぐらゐに看過されて來て居るやうに思はれるが、古代日本人がコトタマといふものに對する嚴肅なる信念は、今日の言語學をやる人々が所謂科學的研究方法によって眺められるやうなものではなかった。

  • [1]
  • 頼神祇之霊、借天皇之威

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 3月 3日(水)00時18分17秒
  • 編集済
  • 返信
 
「霊的国防」は、神道天行居が標榜し、各地で神事を行ったことでも知られる。
  一方、戦後、その標榜は「霊的国防」から「霊的世界防衛」へと変化した。曰く

「『霊的世界防衛』」○戦時中、我々は霊的国防という標語を用いた、これが為に憲兵隊からは武力戦を軽侮する意味を潜在せしめたものとして「監視」された、そのために吾々は苦しんだ、その監視を和らげるために随分苦労工夫もした。○吾々は大詔のまにまに努力したので、決して所謂反戦論者ではなく、たゞ早く戦争が片付くことを熱願した、如何なる機関も如何なる人々もが負担したと同様の意味において各交戦国におけるが如く我々も戦意昂揚には務めた。○昨年八月(愚案、昭和二十年)の大詔を仰いで吾々は霊的国防といふパズルの如き難解の語句を用いる必要がなくなり本来の宗教人としてありのままに霊的世界防衛を標榜し得る時期に入った。」と。

友清磐山歓真述『霊的国防の意義』神道天行居 昭和十八年刊 非売品がある。
この小冊子は、○戦力としての言霊、○神異史実を正視せよ、○霊的国防の意義 の三章からなり、冒頭で釈明している類の戦意昂揚預言を除くとも、「霊的国防」、あるいは「霊的世界防衛」に臨む心得として相応しき内容に豊む。そこで、以降、抄出して同憂諸賢の参考に供したい。

  なお、以下に『友清歓真全集』収蔵の「霊的国防」に関する諸々の文章を引用し、導入とさせていただく。

  「霊的国防といふことは何も天行居で始めて唱へることではない。敷田年治翁の『神能伊吹』などをよく読んでいただきたい。」 (愚案、「神能伊吹は」昭和十一年三月に神道天行居が刊行し、現在、特501-171として国会図書館に所蔵されている。これは、GHQ/SCAPが内務省警保局から押收し、後に返還されたものである)

敷田年治 しきだ としはる 幕末・明治期の国学者。通称大次・仲治、号は百園。蛭子神社神職吉松能登守の養子。豊前生。帆足万里・渡辺綱章の門で和漢の学を学び、後和学講談所の教官となり尊攘論を唱えた。晩年堀江に私塾を開いた。明治35年(1902)歿、86才。- 思文閣HP 美術人名辞典より

和泉書院 研究叢書276『敷田年治研究』
http://www.izumipb.co.jp/sinkan/02jan.html

 「しかし、吾々の所謂「霊的国防」の意味は広汎なものである。某所のレーニン飛行団の行動に不便な気象変動を起こす方法に就て考へたり、愈々の正念場に某国艦隊の砲術長の頭脳に錯覚を突発させる神術に就て工夫したり、敵の爆撃機が国土を見舞うとき其の損害を可及的少くする修法について研究したりするばかりではない。もっと根本的な、もっと廣い意味に於ける霊的国防について寐考へ続けて来て居るつもりだ。国内的にも赤色バチルスの霊的消毒作業など重要な役目がある筈である。」

 「キリスト教徒が熱烈に平和の祈りをするのも一種の霊的国防とも云へるし、禅宗の坊様が座禅なさるのも祈祷を意味することがあり、それが霊的国防の線に合うこともある。仏教であれ神道であれ、それぞれの本分がなくてはならず、吹けば飛ぶような、へなへな腰では役に立たず、天地正大の神気をもって、臨機の態勢を工夫すべきである。人間生活の平安をおびやかす火災に対しては消火も防火も必要であるが、消火にも防火にも勇気が伴はねば実際の役に立たぬ。」

 「霊的国防といふことについて日本人の五臓六腑に沁み込んで居る筈の事件は何と申しても元寇役における神風が代表的のものとして一般から知られて居るように思はれる。文永の役に於て敵艦九百、弘安の役には四千四百が来襲し、しかも我れの弓矢に對して敵は火力兵器を有したのである。日本全土の老若男女は眦を決して猛然として奮起し、神社仏閣に於ける降魔伏敵の祈願も物凄きばかりで、その磅磚たる霊気は全土を挙げて猛火の如く燃えあがり、神界の気線に感格した-略-霊的國防の根源とも申すべきは神武紀にある天劔の降下である。熊野に於て邪神が熊の形になって現れて来て、神武天皇様はその毒気か何かに御中りになって御眠りになり、皇軍も皆ヲエたりとある。その時に天照大御神、高木神が高倉下の夢に現はれなされて、その結果建御雷神の神劔を降下せしめられ、そのために皇軍は一時に起きて軍威大いに振い、賊徒を平定あそばされたと傳へられ、古事記の上表文にもこれを天劔獲高倉と明記されてあるのである。」(愚案、スレッド「醜能御楯」-“御劔の御功徳-国平の太刀”をご参照)

「日本武尊御東征の御時、「頼神祇之霊。借天皇之威。」と仰せられた。日本書紀のこの記述はアマツカミクニツカミノミタマノフユニヨリ、スメラミコトノミイキホヒヲカリテと訓むのである。これは「まじりけ」のない日本思想であり、極めて大事な古傳であるから日本国民は軽々に看過ごしてはならぬ。頼神祇之霊、借天皇之威、この十字は一字一字精読して、大いに仔細に拝感する必要があるのである。


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