• [0]
  • おゝ靖国の大神

  • 投稿者:はゆまつかひ
 
[太陰太陽暦]庚寅正月元日、
[太陽暦]平成二十二年二月十四日、建立。

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sage

  • [39]
  • 祭りの體驗と規範

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2015年 1月16日(金)23時03分56秒
  • 返信
 
小野祖巨(祖教)翁編著「祭りの體驗と規範」 昭和40年6月 道徳教育學會發行 より

 此れも美しい話ですが、私(愚案 千葉縣東大社 飯田秀眞宮司)は高原正作さん(權宮司)から伺つた事でしたが、鈴木宮司(愚案 鈴木孝雄宮司  陸軍大將正三位勳一等功三級)が時々作法をまちがへられる事があつた。さう云ふ時に限り、祭典が終はると、ひとり神前に行つて、長い事祈念して居られ た。作法のちがつた事を、神樣(愚案 靖國大神)におわびしてゐるのではないかと思はれたと云ふことで、非常に感激しました。

  • [38]
  • 火の禊

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2015年 1月 8日(木)23時33分53秒
  • 返信
 
火に燒かれると云ふことは神道の常識から申し上げますと、禍業の靈障とされてをります。

汚れがあるから火の禊によつて燒かれるのです。

● 相曾誠治 『言靈と太陽信仰の神髄』 山雅房 平成十三年刊より

  • [37]
  • 神威赫赫

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2015年 1月 6日(火)22時56分32秒
  • 返信
 
筑波藤麿 靖國神社第五代宮司
昭和53年3月20日「交通事故」で歸幽

靖國神社宮司職は身命を覺悟して
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/246

  • [36]
  • 魄の残影と私祀

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2015年 1月 4日(日)17時54分23秒
  • 返信
 
石田博「21世紀のエネルギー」核時代からマイナスエネルギー時代へ:昭和
51年9月30日 たま出版刊

5章 幽界の諸相 (1)人靈に就いて より

 話は再び沖繩に戻りますが、昭和二十九年、鐵のスクラップを買附けて居た私は、色々な事を見聞しました。夜中に成ると沖繩の南端の激戰地で「突 撃、ワァー、ワァー」と云ふ叫び聲が聞こえます。米軍を迎へ討つた將兵は此處で戰死した事を知らず、未だ生きて居る事と思ひ込み、毎夜毎夜、突撃を繰り返 すのであります。或る靈視のきく方のお話によれば、全島に怪我をした英靈がうろうろして居て、此れに自動車がぶつかると事故を起こすのださうです。事實交通事故が大變多かつたのでありま す。

  私は英靈に靖國神社へ御歸還願ひ度いものだと思ひ、前記の寺谷元少佐(終戰少佐)に相談しました處、全英靈を集合させようと申されました。彼には常に 永田大尉、山本兵長と言ふ英靈が傍らに居るので、此の二人に全軍與那原に集合を傳達させたのです。

  在る夜の事、寺谷さんが私の宿舎にやつて來て申されました。
「石田閣下、今夜沖繩の全英靈が此の庭に集合して居られます。どうか英靈に對し御挨拶をして戴き度い。」

   庭に出ると寺谷さんが訓辭をして、號令をかけて居られます。
「全員整列。氣を附け。靖國神社より來られたる石田聯絡官閣下に敬禮。頭らあー右。」

  「石田閣下、御答禮をお願ひします。」
 私には何も見えないので、(當時はまだ靈眼が開けてませんでした)
 「寺谷さん、本當に英靈が居られるのか。」と尋ねました。
彼は、「牛島司令官閣下、長參謀長閣下、島田知事閣下、以下全員御集合に成つて居ます。速やかに御答禮下さい。」と申します。

私は本當と信じて、舉手の禮をしました。寺谷さんは、私の舉手が濟むと、
 「直れい。今度靖國神社より石田聯絡官閣下がお見えに成りました。靖國神社では皆さんの御歸還をお待ちに成つて居られます。次の聯絡官が來られる迄、全員キャンプ(愚案宿營地、野營地)に集合してお待ち願ひ度い。此の機會は二度とありませんから、一人も殘らない樣に準備され度い。」と訓辭をされました。

 再び、「かしらー右」の號令に對して舉手の禮をして、私は宿舎に歸りました。 おも屋の方では社員が見物して居て、「氣狂ひが二人、何かやつちよ る」と笑つてゐました。

    私は日本に歸つて、靖國神社に御相談に上がりました處、筑波宮司樣、令夫人貞子樣の特別のお計らひで、靈を受取つてくださる事と成 り、御たましろ(神道での位牌)をお作りくださいました。

   此處で先年亡くなつた宮司夫人の事を申し上げますが、米國に行かれてアーリントン墓地に額かれ、モスコー郊外の日本將兵墓地に行かれた時には、誰も訪れない獨軍將兵の墓地に參られました。そして日本に歸られてから靖國神社本殿の左にお宮を作られ、此處に萬國の英靈をお祀りされました。(愚案 此れが「私祀」鎭靈社)



  私は靖國神社から御靈代を受取つて、私の會社で神事のわかるM君に其れを持たせて沖繩に派遣しました。M君は寺谷さんと協力して十五萬六千體 (愚案 十五萬六千柱)のみたまを御靈代に納めて(愚案 鎭め奉り)、靖國神社に受取つて戴いたのです。以後沖繩の交通事故は激減し、夜中の喚聲も聞こえなくなりました。

交通事故と靈障
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t25/21

異民族の靈魂が日本の靖國神界へ結魂できる道理なし
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t25/32

靖國神社は專ら滅私奉公の純忠大義の英靈を奉齋する神聖な『天照宮』
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t25/17

   最後にゲバ學生の事を御説明致します。靖國神社へは前述の通り十五萬六千人(愚案十五萬六千柱)の英靈が沖繩から歸還されましたが、神社に入れない方々があります。沖繩のみならず、海戰で散つた若武者も居られます。此の前途有爲の青年將校は「亞米利加何者ぞ」と叫んで身を散らせて居られます。そして神社の鳥居の前で目を醒まして、九段下を下つて行き、日本大學の優秀な學生に憑依します。すると此の學生は「亞米利加帝 國主義反對、安保條約反對」と唱へます。更に英靈はお茶の水を越えて赤門をくぐつて安田講堂に集まります。戰中の英靈は二十餘年を經て甦つて來ます。誰かに自分が戰死した時の思ひを託し度い願ひから、若き魂の純眞な學生を選んで憑依します。頭の惡い、心の汚れた者には絶對憑靈致しません。

一霊魂魄の本体と魄の残影
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t25/21

自己統率の大事
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t25/13

  • [35]
  • 祀りの庭

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2012年 9月16日(日)12時31分16秒
  • 編集済
  • 返信
 
日垣宮主 『蘇る民族の故郷「民族の帖」』 より

東京の九段に靖國神社がある。
戰沒兵士を祀り國家の柱石者を祀る神社になつてゐるのだが 私が拜見するかぎり
此處は單なる みたま祀り の場所ではない。
慰靈祭は執り行つても單なる慰靈の場ではなかつた。
靖國神社は日本國土と國土の爲に死んだ者の祀りの庭なのだ。

考へ違ひをしてはならない。
死んだ者達 を祀るのではない。
死んだ者達 が祀るのだ。

祖國日本の爲に亡くなつた者達が靖國神社へ其の魂と其の希望とその一念を籠ら
せてその身を スメラギ振る玉 にして其處から祭祀を振り起す齋境が靖國神社である。

吾が身を世界と地球の存續を願ふ神の光に變へてゆく祭祀の場が 太陽神界から
此の地球へ送りこまれた 神舟 こそ靖國神社と神掛けてお聞きしてゐる。

  • [34]
  • 神習比都々拜美奉良久

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2012年 9月13日(木)00時22分54秒
  • 編集済
  • 返信
 
靖國神社祭神遺族 神拜詞

先ず手を洗ひ、口を漱ぎ、靖國神社の方に向ひて、手を二つ拍ち、次の詞を唱へ、畢りてまた、手を二つ拍つ

麻久母靖國神社(ヤスクニノカミノミヤシロ)乃大前(オホマヘ)美(ヲロガミ)良久登

(愚案 以上は 靖國神社遥拜の次第とされるべし)


祖先と共に靖國の大神神に捧ぐる大祝詞
↓↓↓↓↓
http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t25/4


(祭神遺族は)次に靈舎の前にて、手を二つ拍ち、次の詞を唱へ、畢りてまた、手を二つ拍つ

靈舎(ミタマヤ)爾留(官位勲功氏名)(ミコト)乃(ミマヘ)爾左久皇國(ミクニ)乃爾仕閉 (シル)伎功績(イサヲ)志弖 永久(トコシヘ)爾靖國乃神良禮給閉留神習比(カムナラヒ)都々良久登

  • [33]
  • みすまる茶會

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2012年 6月 3日(日)23時13分54秒
  • 編集済
  • 返信
 
三田富子「お茶と心のはたらき」淡交社刊 より

「望郷」

 安井泉は二歳のとき、父を戰場で失つた靖國の遺兒である。

戰後五十年を過ぎるのにまだ神社に昇殿參拜をしたことがないといふので、今囘の「みすまる茶會」のお供へは、安井泉に持たせることにした。

「みすまる茶會」とは、私の社中が靖國の神苑で釜をかけ、お國のために亡くなられた英靈をしのび、御靈をお慰めしやうといふ茶會である。その二囘目は平成六年十一月二十三日であつた。

 當日の朝、私は茶會に參加した社中二百名のお供へを安井泉に持たせ、「さあ、これで昇殿參拜させてくれますから、しつかりお父さんとお話していらつしやい」といつて送り出した。

安井泉は、この日のために作つた紋附袴を着て、それは凛々しい姿であつた。この晴れ姿にお父さんもさぞやおよろこびであらうと、私の目の奧が熱くなる。いまごろはお父さんと對面と思つていると、安井泉が歸つてきた。

「どうしたの」

「今日は、いそがしいから、昇殿參拜はしないというので、お供へだけ渡してきました」とがつかりした樣子である。

「さう、殘念だつたわねえ。でもお父さんのそばに來てるんだから、しつかりやりませう。きつと、お父さんもお茶に來てくださると思ふわ」

と私はいつて、水屋で竝んでゐる男子組全員に、さあ、はじめますよ」と聲をかけた。
全員が其れぞれに動き、男子擔當の靖泉亭、濃茶、薄茶の二席がはじまる。

薄茶席は、牀に後鳥羽上皇の玉藻切を掛けてあるので、にじり口の沓脱石の上に奉書を敷いてある。客は見なれない景色なので、どうすればよいのかとまどつてゐる。

辯護士の山口修二が案内の係りで、
「席中にご宸翰が掛かつてゐますので、此の奉書が次の間の役目をしてゐます。どうぞ足をしつかりのせてお入り下さい」
と手ぎわよく客を席入りさせる。

                                         ~ 中略~

茶杓は今茶會のために高橋縠が心をこめて削つたもので、銘を「望郷」と云ふ。

安井泉はだまつて點前をしてゐた。半東の正井雅章は後鳥羽上皇を語り、聞いてゐる客は神妙。

其の中で、安井泉の胸中にふつふつと望郷の思ひが湧いてきた。亡き父への強い思ひである。
ニューギニアで戰病死したと云ふ父の歳をはるかに越え、父と同じやうに二人の子に恵まれ、男子が心身を打ちこんではたらける職場にもゐる。其処で日々無事に過ごしてゐる自分をしつかりと見た。そして、異郷の戰場で病み、なほ戰つてゐた若い父の心はどうであつたのだらうかと思ひ至り、安井泉は、はじめて父と眞向かつたのである。

茶杓を清めつつ、彼は茶杓に向かつて、「お父さん」と呼んだ。
帛紗の中にしつかりと茶杓をにぎり「お父さん」と再び呼んだ。
父を知らない安井泉の心に、父の心が傳はつてきたのである。

茶會のあと、彼は靜かにかう云つた。
「靖國の神々は、人間として、みな望郷の思ひをもつてをられたと思ひます」。


  • [32]
  • 護國の神界

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2012年 5月19日(土)22時19分54秒
  • 返信
 
日垣宮主 「電磁波で解く日本神道」 創芸社刊

曰く

靖國神界は格別の神界であります。

私の知るところ、戰死なさつた人々は此の世へ生まれた時の神縁をたどつて生まれ故郷の産土神界へ戻りますが、同時に、其の靈籍が靖國神界に置かれる様に拜しました。

改めて申します。

民族に民族特有の生命磁氣がありますので、靖國神界が降りおこす神の磁氣波は日本民族構成の磁氣波に結びます。

ですから

異民族の靈魂は日本の靖國神界へ結魂できる道理がありません。

ですから

此処は、護國の神界であると申し上げます。

  • [31]
  • 弥働・廣働

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 6月 3日(木)23時59分57秒
  • 返信
 
補遺 靖国精神と宗像真仰は不二一体 その3

-承前-

  この故にこそ、宗像大神は、賢所の太神大神と共に、皇居の表裏に神鎮りましつゝ、永えに天皇の守護神となり、同時に天皇の真仰神とならせ給うたのであります。げにやわが天皇は御代々々を一貫して億兆の赤子と顕幽の神人万有を、誠愛・真愛・大愛を以って知ろしめすに、祭政一致の御宮事(オンミヤゴト)を以って照鑑摂理し給う所以が拝し上げられ、欽仰に堪えないものがあります。

    されば宗像信仰は上御一人のみならず、人間万物に普有する根本性でありますから、我が民族間の最初の真仰は、宗像大神であり、なお、八幡宮の中心には必ず宗像神が奉斎され給う所以も肯かれましょう。 即ち「ヤハタ」の神とは、宇佐八幡の御神誥にもあります通り、弥働(イヤハタ)の広働(ヒロハタ)の神であります。旺盛・熱烈・勇猛・剛健な誠愛・真愛・大愛を有つ崇高な直霊(ナホヒ)神が、高貴な御身分に生まれ給うて、弥(イヨ)々高く弥々広く、顕幽霊を通じて活動(ハタラク)し給う神様であります。故にその中心には必ず宗像の比売神が御鎮座にならねばなりませぬ。 されば人間悉く宗像真仰に徹し得て、始めて世に小人・凡夫・罪ノ子・悲人が根絶します。

    わが靖国の大神は、総べて天皇の天下(アメノシタ)を知ろしめす其の誠愛・真愛・大愛に帰一し、万世不易の皇謨に参同して、天壌無窮の皇運を翼賛し奉った減私奉公の忠霊義魂のみの合同神であります。 それ故に、靖国大神は、実は宗像大神と同様に、万世不易の天皇を助け奉り、而して御代々々の天皇陛下から万世に一貫して祭(イツ)かれ給うべき大神でありますから、君民一体の崇敬と、国家の宗祀を以って、永久に慰霊報賽し奉らねばなりませぬ。

                                                                             了

  • [30]
  • 剣玉のお誓いの御伝

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 6月 2日(水)23時31分38秒
  • 返信
 
捕遺 靖国精神と宗像真仰は不二一体 その2

-承前-

 そもそも宗像神とは如何なる神様でありましょうか。之れを我が神典に伝はる所は大要次の通りであります。

    皇祖天照大御神が弟神の素盞雄命と剣玉の御誓に依り、皇祖が弟神の佩剣を乞い取り給うて、之を細噛(サカ)みに噛み吹き出された御息気の細霧(サギリ)に化成したタキツヒメ、イチキシマヒメ、タギリヒメの比売神(ヒメカミ)であります。この三ヒメカミは実に三位一体の秘神(ヒメカミ)即ち霊神(ヒノカミ)であります。

    この御神名を古来の言霊伝に依りますと、その御本質と御神格が明らかに照らし出されます。即ち『イチキシマ』とは、仁愛・慈悲の転化で自他一体の大愛であります。その『タキツ』とは『タケツ』の語転で勇(タケ)・猛(タケ)・剛(タケ)・健(タケ)の義で、勇猛、剛健な真愛であります。「ツ」は接続後で意味はありませぬ。その『タギリ』とは、滝の落ちたぎり、湯の煮たぎるような旺んな形容で、旺盛熱烈な誠愛であります。 こゝの比売(ヒメ)神とは秘(ヒメ)神で、霊(ヒノ)神即ち直日(ナホヒ:曰、原文では日は○の中心に・)であります。 

    然るに日本書紀の篇纂者(主として儒者共)が、比売神の真伝を知らず、勝手に女神(ヒメガミ)と誤訳した為めに我が神ながらの正伝を滅した大原因となり、終には俗僧共が之れを印度の「弁財天」と牽強付会するようになったものと考えられます。

   遮莫、この旺盛熱烈の誠愛、勇猛剛健な真愛は、人間の胸躰(ムナカタ)に秘む仁・愛・慈・悲の大愛でありますから、後世之れを「ムナカタ」神と崇め尊んで、人間真仰の誠愛―真愛―大愛に自覚すると同時に覚悟し、自他等しく本性本能の「マコト」一つで平和・幸福・安全な人生を顕証すれば、佩剣の必要もなく、鉄砲も無用となり、従って人世に恐るべき原水爆が出て来る訳が無いのであります。これがわが皇祖の御神慮であり、その御垂示に依る剣玉のお誓いの御伝であることが拝察されます。

                                                                                                                                              続く

  • [29]
  • 靖国精神は即ち宗像真仰

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 6月 1日(火)23時12分43秒
  • 返信
 
捕遺  靖国精神と宗像真仰は不二一体 その1

 靖国精神は即ち宗像真仰であります。宗像真仰の徹底したものが、靖国の大神達となります。左に其の理由を申し上げます。少しく長くなりますが、大自然の皇道上、最も重要でありますから再三御心読下さい。

 我が国の神典に伝わる天神地祇八百万神等の中に、皇祖天照大御神から『天孫を助け奉りて、天孫の為に祭(イツ)かれませ(注1)と云う優渥な御神勅を賜った神様は、たゞ宗像大神(ムナカタノオホカミ)のみであります。 この神勅の御主旨は、皇祖の御霊誨を以って宗像大神に対して、万世一系の御歴代天皇を守護し奉ると共に、御歴代の天皇からも万世に一貫して斎かれてお祭を享けなさいよと、お懇ろな御依嘱であります。

 さて宮中に於かせられては『賢所(カシコドコロ)』に皇祖御親授の神鏡を奉斎して、之れを天神・天祖・神祖・皇祖・皇宗・・・・万世の大霊代(オホミタマシロ)として同床共殿に奉仕遊ばされ、朝な夕なに慰霊報賽を御親祭し給うことは、皆人の周知する所でありますが、なおそれと合せて、皇居内に宗像大神を一隅に斎き奉って、常に御報賽の「マコト」をお捧げ給うことは古来の御掟である由を洩れ承って居ります。

 然るに東京御遷都の際、当時の有司に明哲が居らなかったと見えて、宗像神を以って仏僧の所謂『弁才天』だと誤り、そんな低い鄙しい淫祠邪教などは、この際こそ皇室との関係を断たねばならぬとの考えから、東京でわざわざ祭祀する必要はあるまいと云うのであったろうと思いますが、今に京都の御所内に置去りにされて居ります(注2)是は当時としては憎まれない理由もありましょうが、大変な誤解であり、皇祖に対しまして違勅であります。

 注1. 神勅(日本書紀記載)

    汝三神(いましみはしらのかみ)
    宜しく 道中(みちのなか)に 降居(くだりま)して
    天孫(あめみま)を助け奉り
    天孫に祭(いつ)かれよ

  注2.京都御苑内鎮座 宗像神社 http://www.munakata-jinjya.or.jp/

   本社に参拝の折、宗像神の啓示を霊感され、神典研究が著しく進んだとして、
 橿廼家鈴木重胤先生は以降、熱烈に宗像三神を仰がれた。

  • [28]
  • 悠久の大義の伝統を覚知すべし

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 5月31日(月)21時47分0秒
  • 返信
 
後書き

 「雨後の筍」と云う諺がありますが、ある大きな時の変わり目には、神-宗教の世界にも、この言葉に当嵌まる現象が必ず起きるものであります。所謂“地祇”の跳梁がみられ、各種の宗教なるものの出現となります。第一次世界大戦後には、心霊現象と云うものの研究が急速な拡がりをみせ、又、今次大戦後の日本を始め世界各国に於いて新興宗教の抬頭があり、殊にアメリカでの新興宗教の多くがシャマニズム的なもので、信仰というよりは、死者(多くは肉親)の幽界での生活を云々すると云うものである事を見逃すべきではあるまいと思います。

   中村先生は夙に、神道とこれ等の宗教との差異を説くこと久しく、先年、同人の協賛を得て、「あゝ 皇祖様欽仰し奉る」と題して、神道の根本を明らかにされ、更に世人の誤まれる神観を正さんとする念止まず、重ねて茲に先生多年の宿願であり、又辞世の著述とも云うべき本書を世に出し、その完成を後賢に託されたのであります。

 吾等は、「雨後の筍」の高下・正邪の撰択すべきであることを知るべきであります。 尚、本年(昭和四十四年)は、時恰も靖国神社御創建壱百年祭の吉年に当り、笈底に在りし「靖国の大神」の著を図らずも茲に上梓出来得ましたことを老著者と倶に喜びに堪えません。  これ靖国の神々の神声がかりと確信するものであります。

   近時、靖国神社の国家護持か国民護持かとの声しきりにして、又、その祭祀の在り方にも異議を挟む者多い世上に於いて、吾等は本書に依り、ためにするものの靖国神社の護持の是非を見極め、その真意を悟り、悠久の大義の伝統を覚知すべきであります。

                                                                                                                                         (以上)

  • [27]
  • 天皇国日本としての祭祀道

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 5月30日(日)21時15分26秒
  • 返信
 
附録 第三     鎮國(フツクニ)大社の創立に就いて 

 抑々我が国体の護持・皇威の宣揚、国の安全は、単に軍人や特権者のみで出来るものではありませぬ。また其の絶大な功績は僅かな戦死者や殉国者のみに限っては居りませぬ。 即ち肇国以来幾千万年間の赤子と、その既に帰幽せられた無量の精霊・英霊・秀霊との協同精進に依って達成されるのであります。それ故に、個人としても一家に於いても、国家としても世界に於いても、祭祀の重大性があり、祭政一致の立体生活が必要な所以であります。

   先皇(曰、明治天皇)の御製に『罪あれば 朕(ワレ)をとがめよ天津神 民はわが身のうみし子なれば』とあります通り、天下の億兆は悉く天皇の赤子であります。之れは単に観念だけの遊戯(アソビゴト)に止まってはなりませぬ。 それ故に、天壌無窮の大御親を有する我等日本国民は、肇国の太古より万々世の子々孫々にかけて、洽く大御親の大聖愛の中に安心立命し得る大道を開いておかなければなりませぬ。仍ち皇祖の神勅通り、同床共殿、祭政一致の立体生活を、われわれの家庭と国家と世界との上に全うして、天皇国大日本としての祭祀道を明らかにしておかなければならないのであります。

 それには先ず輦穀の下、皇都の浄域を選んで、『鎮国(フツクニ)総社』を創立し、地方毎にも鎮国社をおくことであります。 即ち中央上段には、お伊勢の大麻-天照坐皇太神を奉斎し、その左下位に、国体の護持に、皇道の発揚に、国家の自衛に、特に匪躬の臣節を尽くされた明哲、学者、高士、義人の英霊を合祀するのであります。例えば、和気清麿、菅原道真等の諸公を始め、皇国の神典を究めて大義大道を明らかにした北畠親房、頼山陽、本居宣長、平田篤胤等の諸大人、特にわが神典、古典を集大成し、祖神の御垂示に基づいて、宇宙人生を一貫する皇道-皇学を世界的に闡明せられた大明哲-川面凡児先生の大聖霊などを合祀するのであります。 また右下段には、古今将来一切の国民魂を合祀し、以って靖国神社と並び輝く国家的大祭典を興すのであります。従って、其の分社-支社は、全国十一万余の現存する神社内に配祀すれば足るのである。

    而して、日常之に奉仕する宮司に依って、宮中に於ける同床共殿、慰霊奉賽の御本旨に倣うて、朝夕のお祭りを懇ろにし、また年々の四季には、里祭、村祭、郷祭、県祭、国祭を時日を定めて盛大に挙げて、神人俱に豊楽し、顕幽永えに安泰し得るように祝福するのであります。こゝに始めて祭政一致の天皇の御綾威が顕幽に照徹し、天壌無窮の大御親の大聖愛が一切の赤子に洽きを得ることになります。

    即ち、われら臣民として、寔に実に、天皇をして真に天皇たらしめ奉り、大御親をして真の大御親として仰ぎ奉る献替には、『鎮国大社』の創設を完成し、更に之を世界人類に及ぼし、祭祀の大道を人世に全顕するまで向上到達せねばなりませぬ。 何となれば、儒、仏。基教等の不完全な霊魂観では、その救済が顕幽を通じて一貫し得ず、その祭祀が帰幽した者の霊魂に対して正鵠に中りますまい。従ってその亡霊・亡魂は宇宙間に迷うルンペン霊となり、遂には不平、不満、不幸の邪霊・悪魔・夜叉・瘴癘・魑魅・魍魎・禍ツ毘となって人世に祟り、天変、地異、人災の原因ともなって人間を悩ますことになりましょう。こゝに鎮国大社の重大性があります。世界に全人類の大祭司殿が必要な所以であります。之れに就いては、各宗教を超越した「ユネスコ」などが、大いに研究し努力しなければならない根本的大問題であります。

(おゝ靖国の大神及附録畢り)

   昭和二十九年六月二十二日(父上の御命日) 東京 喜多見 国本女学園内天照窟
                                                                                                           著者 文山 慎而誌

  • [26]
  • 一心清明の極致・皇城守護の宇気比立て

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 4月29日(木)00時14分22秒
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  神道天行居鹿児島支部長であられた久米村 忠孝 氏が「古道」に寄稿された「大東塾十四烈士 碑前に哭す」は、氏の霊的体験による大東塾十四烈士の消息を伝え、一心清明なる宇気比の大事を説く。魂清めの糧として、慎んでここに紹介申し上げる。再録に際し、句点を加え、明白な誤記は訂正させていただいた。

久米村 忠孝 「大東塾十四烈士 碑前に哭す」

 神道天行居「古道」第七百三十七号 昭和五十六年十一月一日刊掲載

 大東塾同人野村辰夫大人は、私の旧制福山中学時代の二期先輩であります。大人は終戦直後の八月二十五日、代々木練兵場において塾長代行影山庄平翁等と共に壮烈な自決を遂げられた烈士であります。出生地は私の庵より僅かに三里ばかりの隣町国分市上小川で、昭和三十二年八月十五日には大東塾々長影山正治先生をはじめ遺族関係者の手によって近くの金剛寺跡公園内の一角に碑が建立されました。

 此処には島津家の御墓をはじめ戊申の役、西南の役、日清、日露の役、それに今次の大東亜戦争の戦死者の大きな忠魂碑が立ち並んでおります。表の面に野村辰夫之碑と大きく刻され、その傍らに小さく他十三烈士合祀と誌され、裏面には辞世歌「皇国に生命捧ぐるこれの夜や月は隈なく照り渡るなり」。昭和三十二年八月二十五日 影山正治 と誌されており、また中程の正面に大人の経歴が誌されております。

 野村辰夫君ハ直袈裟氏ノ次男、母ハふじ刀自、大正五年二月鹿児島県国分町上小川ニ生ル。性剛殻純烈昭和八年福山中学卒業、同年十月台湾ニ渡る。十三年春転ジテ北支ニ至リ軍属トシテ縦横ニ活躍十四年六月憂国決然一路上京シテ大東塾ニ入ル。第一期生タリ。刻苦奨精骨肉ヲ刻ミ求道に努ム。後同人ニ推サル。昭和維新ヲ熱常ニ衆ニ先ンジテ難ニ赴キ獄ニ下ルコト三度ツブサニ辛酸ヲ嘗ム。タマタマ終戦ノ悲詔ヲ拝スルヤ恐懼号泣粛トシテ自決ヲ決ス。即チ昭和二十年八月二十五日早朝塾長代行影山庄平翁十三烈士ト共ニ皇都代々木原ニ祖国再建ヲ悲、剛勇実ニ十一烈士ヲ介錯ノ上壮烈割腹殉難シ終ル。享年三十。昭和三十二年八月十五日。大東塾々長影山正治文

と誌され、その左側面に十四烈士の氏名年令出身地が誌されております。

 影山庄平大人六〇才豊橋。牧野晴雄烈士三二才石川県山代。野村辰夫烈士三〇才鹿児島県国分。藤原仁烈士三三才広島県八幡。鬼山保烈士二八才福岡県赤羽。芦田林弘烈士三〇才岡山県高野。東山利一烈士二六才熊本県芳野。棚谷寛烈士二四才茨城県高萩。野村辰嗣烈士一八才静岡県相良。福本美代治烈士四〇才鳥取県長瀬。吉野康夫烈士二四才新潟県与板。津村満好烈士二二才鳥取村三朝。村岡朝夫烈士二九才埼玉県深谷。野崎欽一烈士二二才鹿児島県東市束。

 大人と私とは、在学中に面識も無く、何等の関わりも無かったのであります。その後、私が霊的事情で病に仆れ、近くの霧島病院に入院加療中、夢中脱魂により世界の各地を飛びまわり、異境にも出入し、屡々皇居参入するなど体験の渦中に投ぜられました。 皇居参入の際、消防士の如き服装をした係官らしき方々に冥接したが、その方々が十四烈士の方々であるなど露知らなかったわけであります。  私は足かけ六ケ年の療養生活中、数多くの霊体験に恵まれましたが、何分にも無収入無一文で地位も外聞もない落ちる所まで落ちつくした境遇にありながら、寧ろ心は豊かで充実した日々を送ることが出来ました。

 私は、病院を退院後、鹿屋市に職を得て再起の第一歩を踏み出して間もない三十九年の秋、突如として皇居に参入し、またまた消防士の服装の方々に冥接するの夢感に接し、その日、勤務先の本棚から取り出した「靖国」という本を何気なく披見するに、第一番目に大東塾十四烈士の頁が開かれて目に止まるではありませんか。私は、感激の余り、暫くの間、胸の動悸が止まりませんでした。これぞ物的証拠でなくて何でありましょうか。私はその月の支部例会に出席して十四烈士の辞世歌を配付し共追慕することでした(ママ)。ところが奇霊なことに私はその翌年から二カ年連続して皇居参観の光栄に浴し、また数年後には畏くも天皇陛下に拝謁の夢感を拝し愈々不動の確信を得るに至った次第であります。

  さて、終戦直後には軍官民を通じて数多くの自決事件が起きておりますが、その中で大東塾十四烈士の行動は特に異彩を放つものであります。十四烈士は自決に当たり先ず神籬に神祇の降臨を仰ぎ祭典を行い、「清く捧ぐる吾等十四柱の皇魂誓って無窮に皇城を守らむ」と祈請文を奏し、然る後、古式に則り実に見事な割腹自決を遂げられた。この悲壮な誓約(ウケヒ)立ては真に鬼神をして泣かしむるものがあります。今や十四烈士はこの宇気比に違うことなく神位に列せしめられて、日夜、皇城の守護に任じられていられるのであります。私共は、ここに宇気比の精神を更めて銘胆し、自らの魂清めの糧にしたいものであります。一心清明の極致それは烈士の心に通ずるものであります。  今年(昭和五十六年)は三十六周年の記念すべき意義深い年を迎えて感慨更に深く、碑前に詣でて英霊達の遺徳を追慕し、併せて私の拙い体験を御紹介申し上げる次第であります。合掌。

  • [25]
  • 忠霊義魂の弥顕著を仰ぐ

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 3月31日(水)23時10分45秒
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○附録

  第二     忠臣・義士の英霊を合祀せよ


    人として天地にも換えられない大切な其の身を、国の為め世の為めに捧げ、其の霊魂(イノチ)を以って悠の大義を守る忠臣・義士・仁人は、戦没の軍人に限った事ではありませぬ。寧ろ平時に於いて、国禍・国難に率先身を挺して当たり、奸臣姦賊を除いたものこそ、真に大義の象徴であり、国体の精華であり、皇国の至宝であり、人世の儀表であります。

 例えば、和気清磨公、菅原道真公、藤原鎌足公、楠公父子、北畠親房卿、名和長年公、児島高徳公の如き純忠至誠の英霊(はゆまつかひ曰、多くは神府の重職に坐す)。近くは五・一五事件や二・二六事件に身を捧げた憂国の高士達や、或は昭和廿年八月十五日、終戦の詔勅に慟哭して『清く捧ぐる吾等十四柱の皇魂、誓って無窮に皇居を守護せむ』と雄誥びながら、代々木ヶ原の花と散りし大東塾塾頭の影山庄平翁以下の忠魂など、其の志は遂げ得なかったとは云え、その生死を一貫し顕幽を一途に天皇真仰に徹した護国の神であることは、戦争若しくは職務の為めに斃れたもの以上であると信じます。(曰、是非は、天地神明のみ克く知り給う所)

    是等の忠霊義魂も、倶に靖国の大神として合祀得ば、其の偉大なる神徳・神功・神威の弥顕著(イヤチコ)を仰ぐことが出来ます。若し靖国神社には、たゞ殉国殉職者のみに限られるのであれば、別に鎮国(フツクニ)大社を創立して、その英霊・義魂を全国民の精霊と共に慰霊報賽する必要があります。

  • [24]
  • 烈火の聖熱

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 3月17日(水)22時30分17秒
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附録

  第一     御国体を万々歳に護持すべき特典 その2/2

  この時勢に当って、皇国の伝統を守り、国体の尊厳を辧へ、政体の真諦を明らめ、大義名分を知る真人は、時代衆論の嘲罵中に葬られ、多数権勢の圧力下に退けられるが常であります。例えば、古に清麿あり、菅公あり、中世に楠氏・新田氏・名和氏・児島氏の諸公あり、近くは彦九郎、吉田松陰等の義士あり、現代では五・一五事件、二・二六事件の志士達がありました。

 古今同概で、謬々たる志士・仁人・高士・明哲は、国体の危局に処し、大義の破滅に直面しては、悲憤慷概、烈火の聖熱を発し、已むにやまれず、遂に一時の乱臣賊子になって権勢に抗し、国奸を葬り、国禍を除き、以って国体を万世にかけて救ったのであります。是れ国憲国報を超越して而も其の根本精神を生かすものであります。

  この際敢然として犯す涜法の大罪は、もとより甘受する所であります。其の身命を以って国法の不備を補い、自ら責に任じて国体を保全するのであります。茲に日本人の真骨頂があり、御国体の精華があって、これ万邦無比の特殊性であります。

  されど国家の大法としては、その犯憲涜法の大罪は断じて許すべきではありませぬが、その犯罪の至純至真な動機、公明正大な心境、無私超我の行為は、日月を貫く赤誠から出ているのであります。故に司直は、その已むを得ざるに出た公憤に同情し、その崇高な心情を尊重し、その偉大な苦節に感謝して、之れを天聴に達し上げ、之れに対して『死を賜う』の恩命に感泣させねばなりませぬ。而して尚、其の尊い忠霊義魂は、靖国神社に合祀して、殉国の神明、護国の大神と崇め、その遺族は、国家の責任を以って厚く保護を加え、其の後裔をして永く父祖の忠誠と光栄とを襲がしむべきであります。斯くすることに依って、世界万邦に比類のない尊い国体を永遠に護持し、天皇国大日本の崇い道義が将来に保全されるものと信じます。

  然るに今日猶お、諸外国の法治国のように、この尊い志士、真人に対しても、彼の不義非道な強盗奸賊や、私情私欲の破廉恥漢と同様に断罪して、之れに無礼にも死刑を宣告し、而して其の忠霊義魂を闇に葬り、その子孫をして世の日陰ものとなし、甚だしきは路頭に迷わして顧みないのが実情であります。こんなことでは国憲の精神・国法の目的が那辺にあるかが、疑われましょうぞ。

 このような、国よりも法を主とし、精神を無視して行為に捉われ、大義よりも権勢に与みし、人よりも法に拘る欧米思想は、わが国体に徴しても、国民性としても共に相容れてはならないことであり、この思想混乱の危機に於いて全国民の猛省すべき重大事であります。 

  • [23]
  • 憲法・法律の非力

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 3月16日(火)21時29分20秒
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○附録

  第一  御国体を万々歳に護持すべき特典 その1/2

 明治天皇の御製に『天神さだめたまひし国なれば 我が国ながら尊とかりけり』とあります通り、我が国の神典を深く究むれば究むるほど、御国体の崇い尊い本義が明らかになり、我が国の歴史を克く観れば観るほど、我が民族の深遠な道義的文明が尊くなりましょう。寔にわが皇国は世界の至宝であり、日本民族の文明は人類の精華であると信じます。

  それ故に、この尊い国体を永遠に守護し、深遠な道義的文明を将来に保全する為めには、諸外国のように、単なる憲法や一片の法律のみでは不可能であります。何となれば憲法・法律は之れを観る人に依って、如何ようにも曲解・邪解・悪解し得ます。即ち任意に支那流に、印度流に、英米流に、独仏流に、ソ流に解釈し得るのであります。

 況や奸忠邪智の怪傑が朝に立ち、或は不逞横暴の朋党が比閥して、一度天下に咆哮するか、若しくは我が国に敵意を抱く余国の巧妙周到な謀略宣伝が行われる場合に、一犬虚に吠えば万犬競いて実を伝うようになり、一般国民は妄りに雷同狂噪してみずから国体を弱め、大義を無みし、大道を紊り、遂に御上を無みし奉って革命を企図するようになります。

 之が為め、古昔に仏禍にあって、道鏡が出るやら、法皇の御出現があるやら、而して全国を挙げて仏教国化して今日に到っている。以って儒禍による鎌倉幕府や足利・徳川時代の封建制となり、時人これに阿附追従して朝延を軽んじ奉ること七百有余年に亘った。


 今また英米流の民主主義とソ連式の赤い民主主義とが横暴を極めて、我が国を第二の朝鮮化しようとして、わが国体の精華たる民本主義の御親政=天皇の万世に一貫する金色民主政体を冒涜することが甚だしい。

  • [22]
  • 墓所は魄靈の住むところ

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 3月 9日(火)00時38分49秒
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● 「墓所は魄靈の住むところであって、霊魂がある種の異変を現はすときには必ず墓所に立ち帰って魄靈と合して形を結ぶことを要するので、斯ういふ場合に現界の人と応対し得る時間は一と氣頭(約十五分間)または氣日頭(約十分間)に限られたもので此れは日本國土に於ける幽政上の掟であります。尤も司命神の御計らひ等によって異例現象のあることもあります。」 友清歓眞全集  (愚案、司命神とは、産土神)

● 「霊魂の魄靈に合して久しく墓所へ歸らざればつひに其所に歸る事能はざるものにて別に祠を設けて鎮祀せずんば浮遊の靈となりて幽中に迷ふものなり」宮地水位大人秘書

  • [21]
  • 霊覚者は語る

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 3月 6日(土)23時36分42秒
  • 編集済
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相曾誠治 『サニワと大祓詞の神髄』山雅房 平成十三年

 156頁

 「敗戦という苦難の歴史を通過しながら、今日、日本は世界が驚くような経済成長を遂げてきました。英霊は日本をりっぱな国に守り育てたいと念願しています。ところが、英霊が御霊として日本に迎えられるときには、従来、ほとんどが神式ではなく、仏教関係者が慰霊式を執り行っています。僧侶の尽力によっていちおう浮かばれていることになっていますが、現代のような世相になりますと、英霊たちは国の指導層のだらしなさやふがいなさに業を煮やし、霊界から再び踊り出してくるのではないかとひしひし感じてなりません。わたしたちは日本の国柄についてもっと勉強しなくてはいけません」

● 勅使河原大鳳 『続幽真界研究』山雅房 平成一七年

32頁

 「とうの昔に英霊たちは一柱の例外もなく救われている。司命神は国に命をささげた英霊たちを放置するはずもなく、既にみんな高い境界におさまっている。某が目撃したという苦しむ英霊たちとは、一霊魂魄の本体ではなく、単なる魄の残影である。飢餓やマラリヤ、敵弾に倒れた兵士たちは苦痛にのた打ち回り、強烈な魄の思いが残る。その魄の名残が消え去るまでしばらく時間がかかるわけで、しだいに薄れ、やがて消滅する。」

相曾誠治 『言霊と太陽信仰の神髄』山雅房 平成十三年

288頁

 「車で道を走っていますと、前方からボンネットを目がけてわざわざ飛び込んでくる霊がたくさんいます。浮かばれていない霊たちです。戦争で尊い犠牲になったかたがたに対して仏教者が熱心に慰霊祭を実践しているのですが、御魂鎮めにはあまりなっていません。ですからしかるべき所に落ち着くことができないのです。いくら形式的に御魂鎮めや慰霊祭を執り行っても、霊力が実際に出ていませんので犠牲者は浮かばれていないのが実情です。さまよっている霊たちはきちんと慰霊してくれるように望んでいます。「わたしたちはまだちゃんと祭ってもらっていない。浮かばれない。せつなくてしょうがない」とお祭りを催促しているわけです。それがボンネットに飛び込んできたり、衝突事故を起こさせたりするのです。これは現在生きている人間の怠慢と言わざるをえません。宗教者の責任です。仏教界だけを責めるわけではなく、宗教者全員の課題ではないでしょうか。」

 『霊覚者は語るⅠ』 山雅房 昭和六十三年 「勅使河原先生にお訊きする」

109頁 -未浄化霊について

  勅使河原 以前に紫龍仙は次のように語っていました。

 「道を歩いていてもいろいろな霊とぶつかったり、その霊を突き抜けて歩いていったりと、この世で生活をしているとそのようなことは日常茶飯事であるから、けっしてうろた えることはない。心が定まっていれば、決して右往左往することはない。そんなことはど うってことありません。正しい心をもっていれば、霊的にどんなに穢れている場所に行こ うが大丈夫です。逆にいえば、邪心で伊勢神宮に参ったとすれば、たとえ伊勢の内宮であ ろうと妖魔に憑られますよ

  • [20]
  • 幽霊とその霊力

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 3月 5日(金)22時52分23秒
  • 返信
 
祖国本来の霊魂観と皇道祭祀 補遺

    幽霊のことに就いてあらまし申し上げましょう。 世間の宗教信者らが恐れ嫌う幽霊とか亡霊とかは、その霊魂の種類によって相異があります。即ち故人の直霊は、最も強い威力意識を持って居りますから、「直霊」が幽霊に出るには、その周囲の気を充分に吸収結晶して濃厚に原型を顕わすことが出来て、その在世中と少しも変わらず、誰人でも面晤し、談笑し、接触することさえ出来ます。彼のキリストの再生などは是れでありましょう。わが国に於いても、弘法大師の遍歴を始めとして幾多の実例がありますし、著者(中村文山)が九歳の時に帰幽せられた父なども久しい間、一定の所に出て来られました。生前と少しも変わりませぬ。これは、世間一般に云う幽霊とは本質的に異なりますことを申し添えます。

   次に「和身魂」の幽霊は、その霊力が直霊より弱くなりますから、其の密度も稀薄となりまして、其の縁者だけに、顔を中心として腰までが覚束なくも見得るのみで、脚もありますが薄くて見え難いのであります。 更に「奇身魂」とか「幸身魂」とか、或は「真身魂」になりますと、その威力が弥々弱くなりますから、硝子戸を通して漸く薄影のように映り、また其の声も不意に聞き得る程度になります。 また、その肉体の組織であった「顕身魂」の幽霊は、其の威力が最も微弱でありますから、そこに顕れていてもわれわれの五官には映りませぬ。たゞ奥の奥の心眼で知り得るのみであります。世に之を「ムシの知らせ」とか、「ムナサワギする」とか申します。即ち直感・直覚のみで「ゾーッ」としたり、思わず知らず身振いするなどがそれであります。

   以上の幽霊現象の起こるのは、その在世中の信仰や宗教の説くところが、その死後の幽界・霊界・神界の実態と異なる為めに、失望し落胆し戸惑いして、更に正しき安心立命の地を求めて、わざわざ子孫に愁訴して来たそれを云うのであります。是等の幽霊と雖も決してお化けではありませぬ。悉く恩愛の「マコト」を以って生死を一貫し、顕幽に亘って祝福さるべき尊いおミタマであり、懐しい慕わしい父、母、婦、子、孫、彦、友、師等の霊魂であって、少しでも恐れたり、悪み嫌ったりしてはなりませぬ。寧ろ歓迎し歓待し、其の御希望を謹聴して、御満足になるような真仰に改め、適正の祭祀に変えるべきであります

  • [19]
  • 皇国の大不祥

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 2月27日(土)23時53分45秒
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其の十一 靖国神社の現状

 わが靖国の大神は、総て天皇の天下(アメノシタ)を知ろしめす其の誠愛・真愛・大愛に帰一し、万世不易の皇謨に参同して、天譲無窮の皇運を翼賛し奉った滅私奉公の忠霊義魂のみの合同神であります。  それ故に、靖国大神は、万世不易の天皇を助け奉り、而して御代々々の天皇陛下から万世に一貫して祭(イツ)かれ給うべき大神でありますから、君民一体の崇敬と、国家の宗祀を以て、永久に慰霊報賽し奉らねばなりませぬ。

 然るに靖国神社の現状を視るに、公的には皇室と無関係となり(愚案、是は翁の筆の荒び。聖旨による春秋季例大祭の勅使参向・御幣奉献、御祭文奏上を始め奉り、皇族方の御参拝もある。)、国家・国民から引き離されており、その管理経営は、奉仕者が中心となって居るやに拝察されます。是では皇道の無視であり、祭祀の紊乱となります。  元来、我が国の神社は皇道精神の象徴でありまして、国家の意志、国民の「マコト」を顕証する形式であります。故に之れを以って、特殊の教祖・教義・教典・教徒・教会・寺院の下に帰服する内外の諸宗教や宗派神道と同視することは非常な間違いであります。

 かゝる無知無謀な指令を連合国側から差向けられて、これを唯々諾々として受け容れた当局の不見識は言わずもがな、これを其のまゝ今日でも真顔(マジメ)臭く墨守して居るとは何たる醜態でありましょうか。それを亦、政府、国民悉く看過ごして、唯一人異議を申し立てるものが居ないように見受けますが、是れ全くわが国民の皇道精神が昧みて、天皇真仰に欠け、靖国大神の何たるかも判らずに居る証拠であります。それ故に無礼不遜、無知傲慢な靖国観が流行するのでありましょう。誠に皇国の大不祥であります。

 日本は、天皇国に立ち直って世界最高の金色民主主義即ち顕幽一体の立体的民主政体=祭政一致の皇道国家を完成し、以って天下億兆の安堵・幸福・光栄及び万邦の自主・独立・安全の皇謨翼賛に、顕幽の神人倶に帰一し奉ろうではありませぬ歟。

  • [18]
  • 天皇国日本の天職使命

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 2月26日(金)22時56分1秒
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其の十 靖国神の御遺族を保護せよ

 靖国神の御遺族は、その家にとっては、天にも地にも換え難い嗣子・父・夫・愛子・愛孫を、大命を畏みて無条件で国難に捧げ奉ったのであります。当時その御家族は、忍び難きを忍び、堪え難きを堪えて、その出征者を一切の私心・私情・私慾・私事・私業から解放して、その家門から見送りました。即ち『死んでも勝って来い! 微塵も後に心を遺すな!! 専一に御奉公せよ!!! 不覚を取って家門の名誉を汚すな』激励して、潔く離別したのであります。是れ万世一系の天皇陛下を真仰し奉り、同時に国家永遠の後見を信頼して、一点の疑念もなく、些かの不安もなかったからであります。

 それ故に、靖国神の御遺族に対しては、国家が其の殉国者に代わって、安堵と光栄とを確保し、その子孫の扶養と教育とに当たるべき責任があります。之れ亦靖国神の祭祀に伴って慰霊報賽の実を顕証する重大事であります。 斯くの如く、神社と国家(祭祀と政治)と相依りつゝ、祭政一致して神事と人事とを並び全うすることが、天皇の御大道であり、大御親の大綾威であり、国家の義務でもあると信じます。

抑々神事と人事とは不二一体にして始めて神人倶に豊楽し、顕幽常に安泰する事が出来ます。故に一家の為めに尽した祖宗先人の霊は永えに其の子々孫々で祀り、その里その村その郷の為めに献身した義人の霊は、それぞれの里、村、郷、県に於いて常に祀り、国家の為世界の為に偉勲あるものゝ英霊は、当然その国この世界に於いて、永遠に公祭することが、人世の常道であらねばなりませぬ。世界万邦悉くこゝに向上し到達するように努力すべきが、天皇国日本の天職使命であると信じます。

  • [17]
  • 皇軍の大精神

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 2月24日(水)22時40分41秒
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其の九 昭和殉難者の忠霊も合祀すべし

 終戦後、連合軍側から強いられた所謂る「戦犯処刑者」(愚案、「昭和殉難者」)の忠霊も亦、わが靖国神社に合祀せねばなりませぬ。その理由を申しましょう。

 そもそも其の断罪の適否、審判の是非は、天地神明のみ克く知り給う所でありまして、彼等が勝ち傲れる一方側の策謀からの威圧的裁判の可否に就いては、われわれ日本国民の関する所でなく、従って之れに阿附追従したり、共鳴同調する必要は更にありませぬ。

 われら同胞の純主観的真念としては、我が皇軍の将兵は、いずれも悉く我が正当なる民族の発展、国家の安全、国体の護持及び万邦の光栄ある独立・自由・和親(八紘一宇の同存同栄)の大精神を体して大同結晶し、たゞ滅私奉公の他に余念が無かったのであります。この皇軍の大精神は、当時の大東亜憲章にも克明に宣命されて居ります。それ故に将兵は悉くこの大精神を有って進軍し、公明正大の心境で奮闘したまでゞあります。  あゝ仁義にして神聖な皇軍の前には、天下無敵であるべきであります。たゞこの仁義の進軍を邪魔し、わが将兵に立ち向う者のみを敵として戦ったまでに過ぎません。

 それ故に、幾十万の将兵中に、その個人、私人としては、如何なる国の人に対しても私怨私憤ある筈はなく、何れの国に就いても私心私敵はありませぬ。只眼前に現れた邪魔ものだけを公敵視したのみであります。従って、如何なる将兵にも個々人々に就いては、敵もなく戦犯も無く、犯罪もありませぬ。総て忠優義烈の真人であります。これ独り我が国のみに限った訳ではなく、各国総て斯くあるべき道理であります。

 わが靖国神社は、専ら滅私奉公の純忠大義の英霊を奉斎する神聖な『天照宮(ミアラカ)』でありますから、その私的個人の私霊私魂や、私的信仰の小人・凡夫・罪ノ子の亡霊迷魂等は、絶対にお祀りしてはおりませぬ。

 今爾、我が皇軍の真諦に通じない外国人の無理無知な審判で処刑せられた東条大将以下七名の忠霊義魂は、速かに靖国神社にお迎えして、後世永く其の神徳神勲を祝福・賛美・報賽すべきは当然の義で、国家国民の大責任であります。その御遺族を始め全国の名に於いて、有司の快き決断を悃情するものであります。

  • [16]
  • 靖国社頭では世間的一般の各宗教的儀礼は不要

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 2月23日(火)21時09分23秒
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其の八 靖国神社の祭祀に就いて

 先の大戦中、某有力者の意見として次のような議が当局者に持ち出されました。即ち、「靖国の神達の中には、仏教各宗派の信者が最も多く、またキリスト教信者もあり、儒教の信奉者もあり、また無信仰者もあります。なお其の遺族にとっても靖国神と同様の家伝の信仰・宗教があって、靖国神とその遺族とは不二一体の関係にあります。従って靖国神社は、他の神社と異なる事情があるのであるから、その祭典も他の神社並では適当ではない。それ故に靖国神社の祭典は、その奉仕する神職の最初のお祭りが終った後は、拝殿を開放して、諸々の信仰団体や教会側の任意の式典を次ぎ次ぎにやらせるようにしたら何うか」という趣旨でありました。

 右の意見は、一寸聞けば誰人でも御尤もらしく思われますが、克く克く考えて観ますと、其の靖国観に非常な誤りが根底となって居ります。即ち靖国神を低級に卑劣に観降して居るからであります。

 何となれば、皇軍の将兵はその家門を出づるとき、家族との私的関係を絶って滅私奉公の大義大道の大生活に帰一した公身でありますことは、既に縷々申し述べた通りであります。

 故に、将兵の中には誰一人、その私人、個人の為に戦ったものはおりませぬ。皇国の将兵は悉く小にしては自国の独立、安全、光栄を悠久に守護し、同時に皇国伝統の大使命-狭国:サクニ(自由なく被圧迫国のこと)は広く(開放)してやり、険国:ケクニ(無道不義な強暴国のこと)を平けく(国家の神化、道義化)して八紘を一宇(万邦和親)とする悠遠な皇謨に参同し、天壌無窮に皇運を翼賛し奉るべく、生死を貫き顕幽を通づる大真念、大真仰、大生命に常立つ純潔清明な真日本魂を招魂し鎮斎して居るのであります。

 されば、靖国神は、その日頃の小人・凡夫・罪ノ子などの迷信・迷教・迷執とは無関係でありますから、その精神は供養を望み、慈悲に縋る必要がなく、靖国社頭に於いては、世間的一般の各宗教的儀礼などの必要は更にないと思います。寧ろ却って迷惑に思い且つ恥かしゅう思われましょうと存じます。

  • [15]
  • 悠久の大義に常立つ靖国の大神

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 2月22日(月)23時48分30秒
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其の七 永遠に祝福される靖国の神霊

 斯くの如く、靖国の神達は生死を通じて国家国民の為に尽し、顕幽を貫いて悠久の大義に常立つ靖国の大神であるから、之に相応する祭祀を公的に国家より享け、而して国民の代表たる神職が奉仕して、絶えず祝福すべきは当然であります。斯くてその分霊分々霊や分魂分々魂が皇土に再生し再々生するにしても、その絶えず祝福される祭祀に因って、百千万の福徳となって優生し、その愛着する郷家の子孫として再来し、生々常に光栄することも出来るのであります。

  人生誰か死なからむや。されど人として死処を得るほど難しいことはなく、また崇い尊い大きな死処を得るほど真幸はない。この故に此の世に於いて、我が靖国の大神に向上し得た人々の霊魂は永久に祝福・増光せられて、真に仕合せであります。羨ましい極みであります。わが恩師川面凡児先生のお歌にも『世の為に死にいくものは世の為に生き来る人と思い知らずや』とあります。また『二つなき生命はひとり世の為にすつべきものぞ大丈夫の友』とあります。われわれも斯くこそありたいものであります。

  • [14]
  • 天皇真仰一つに結晶、同化、一体した大神霊

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 2月21日(日)21時17分5秒
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其の六 おゝ靖国の大神

 わが靖国の大神達は、全て等しく天皇真仰に帰一して悠久の大義に献身し、顕幽に一貫して天壌無窮の皇謨に参向し、七生八生、十百千万生(注)に常生して、天皇の大公身に一体し奉ったのであります。  即ち、幾百千万の純潔至誠の忠霊、公明正大の義魂が、悉く天皇真仰一つに結晶、同化、一体した大神霊が、靖国の大神であります。  

  故に、靖国神社に奉斎されてある個々の神霊は、その生前の階級に拘らず、その在郷中の職業を問わず、その平生の賢愚・貴賤・貧富なども遥かに遥かに超越して居ること勿論であります。  何となれば、大命によりて勇躍その門を出づる際に、ここに決然として郷家の私的信仰や宗教と絶縁し、その父母やその妻子と別れ、或はその家業やその家財を棄てると同時に、その家門家族を代表し、その隣里郷党を代表し、己が国家民族を代表し、世界人類をも代表した大々的公人と化して、献身殉国した忠霊であるからであります。  従って、其の平常心を超絶した絶大な偉勲を、弾丸雨飛の中に於いて顕わし、万死の境に立って、平然として鬼神の業をも完成することが出来たのであります。あゝ崇き尊き偉大な靖国の大神よ、万民感激して之を仰ぎ、万世崇敬して之を祝福するは当然でありましょうぞ。  況んや、其の天皇真仰に常立つ大神霊は、霊界、神界に在っても護国の大任に天かけり国かけりつゝ、天壌無窮に皇運の翼賛に勤しみて息みませぬ。而してこの中にこそ、大丈夫たる忠霊義魂の大安心立命があります。

さればこそ、皇祖皇宗、天神地祇、諸神(原文ではこのあと諸仏)の御守護の中に常立ちます天皇陛下からさえ『御拝を賜わる』のであります。


それ故に、その俗縁の父母と雖も、靖国の神霊に対しては恭しく跪拝し、厚く崇敬と感謝の「マコト」捧げるのであります。

注.山本英輔『天皇帰一の生活』より「天皇中心道と大西郷」

 今しも先生は正坐東向、両手を大地にしつかとついて、遥かに禁闕を拝しつゝ、恰も玉座に對するやうないとも厳粛な態度の中に、目をしばたき口の内。  『不忠の臣隆盛、謹みて奉請し奉る。七生十生は愚かなこと、萬世無窮にお任へ申す精神なれど、かく前狼後虎迫りつれば、今はたゞこの肉體だけの一世のお暇、枉げてお許し賜りたし』

  • [13]
  • 明津神の衛兵

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 2月20日(土)21時04分56秒
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其の五 (2)


 中略

 宇宙人生を一貫する大自然の大義名分に立ち、顕幽一途の生死観に安心立命するわが皇道に於いては、幽霊や迷魂が出てくることは全然あり得ない訳であります。何となれば、悉く其の子孫後世の真実こもる同床共殿の家祭に依って満足安心、浄化神化し、常に其の子孫と共にお働きになっておられるからである。それ故に、同床共殿の奉仕と、慰霊報賽の家祭とは、最も重大な事であることは、之でお判りでありましょう。従って我が国の神社祭祀-神社神道の重大性も、わが天祖の斎鏡の神勅にある同床共殿、慰霊報賽の本旨によるもので、斯道は世界に及ぼし、万邦に施し、全社会の各家庭に見習わすべきものであります。是の尊い御神伝を我が国に限っておくことは、祖神に対して申し訳がありませぬ。 あゝ尊しや。畏しや。

                                               其の五 了

 注.秘文を引用し、文山翁の論を少々補足する

 前略

 いかなる御霊をも、一度は必、常道に引き入れてから、それを更に聚めて国津神と伊都伎祭り、産土神と成らしめ給ふのが、故人奉斎の筋道である。
 その常道を踏み過って居る變態のものには、亡魂幽霊と呼ばれて、諸魂の一、或は、ニ、三、等が、そのまま結んで、幽界の生活を継続することが有る。また或は戦場に散る勇士が、明津神の綾威と成り得た時には、肉体以外のその人の諸魂は、完全に統一して、明津神の衛兵となる。と云ふやうに、死後の生活は生前に於けると等しく、或は、それに幾倍して、複雑怪奇である。と云うばかりでなく、茲に、特に留意せねばならぬことがある。それは、人間生活中に、自己統率の薄弱なるものは、念念行行、諸魂の分裂分散を制御することが出来ぬから、遊離堕落して、其の人の生前既に己に獄裡の苦汁を啜る術魂と成るのである。

後略

  • [12]
  • 七生、八生、十百万生、萬世無窮

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 2月19日(金)21時21分46秒
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其の五 祖国本来の霊魂観と皇道祭祀

 こゝで先ず祖国本来の霊魂観を大要だけ申しあげておきましょう。
 わが神典の伝うる所では、この人身は、次の図解に概示する諸霊魂から生成し組織しております(後日掲示する)。  以上の諸霊魂が統一、調和、結晶して生き活く間が、顕人神(アラヒトガミ)としての人間生活でありまして、死後は各霊魂が分離独立して、幽身の霊魂となり、幽界・霊界の別生に入るのであります。

 それで、人間死後の直霊(ナホヒ)は、その在世中の信仰・宗教若しくは生死一貫の真念-真仰の向う所に参ります。人の死とは、この直霊が身体を形成している諸魂と分離することであります。

   その和身魂(ニギミタマ)は、死後の肉体から家の神床に遷り、若しくは招ぎ奉って、斎い鎮め奉るのであります。而して永遠に子孫後世界の祭祀に依って、その家門竝に其の郷土、更には其の国家を守ります。靖国神社の「大霊代」には、多くはこの和身魂の分魂が神鎮り給うのであります。

 また、其の顕身魂(アラミタマ)は墓場に留りまして大地の中で郷土・国家・人世を護ります。たとい火葬、水葬、風葬しましても、その肉体たりし八十万の霊魂は、漸次その奥津城に集り留りますことは、土葬と変わりませぬ。それ故に、墓場は常に神聖にし、そのお祭りを鄭重にすべきであります。  なお其の奇身魂(クシミタマ)も、幸身魂(サキミタマ)も、真身魂(マミタマ)も、その人の愛着し愛護し愛執した財宝、器物、衣裳、写真、樹石、仏像、画像、名号、題目、人物、屋敷などに、生死一貫して憑依するものであります。

    以上の諸霊魂は、何れもその子孫から享ける祭祀と真仰とに相応して、幾らにでも分霊、分々霊し、分魂、分々魂して変生、換生、転生、優生、劣生するものであります。故に七生報国は大楠公ばかりではありません。誰人でも其の生死を貫き、顕幽一途の真念、真仰のまにまに七生、八生、十百万生して奉公することが出来ます。世に所謂幽霊とは、この生死一貫の真念が乏しいか、顕幽一途の真仰が無かったものゝ迷魂であり、ルンペン霊であります。故にその在世中の信仰・宗教が低級で、宇宙人生一貫の大道を失して居るもの、或は其の祭祀が正当を得ていないもの、若しくは其の教義の欠陥から、全然祭祀されないものゝ霊魂は、死後幽界に入ってから、迷うて惑うて安心ができませぬから、祟りと云うような現象を示して其の苦痛を子孫に伝え、其の強いものは姿を現して訴えて来ます。

  • [11]
  • 天皇は人間以上の神、神以上の天皇

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 2月18日(木)20時40分48秒
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其の四(4)

 斯様に崇高深遠なる大神事-公明正大なる御盛儀-悠大尊厳な御公儀は、これ皇祖の三大神勅を内容とする天皇の御本質でありまして、その一系一貫の皇統(アマツヒツギ)と共に、万世不易の皇位(タカミクラ)に伝統する御大道であり、公的大御生活であり、天壌無窮の皇運・皇謨であると信じ奉ります。

 さればこそ、わが日本の天皇陛下は、諸外国のような単なる主権者でなく元首でもない。また固より普通の個人でも私人でもありませぬ。この世界に比なき絶対な御真仰や御公儀式や御神事から拝察すれば、天皇は人間以上の神であり、神以上の天皇であらせられます。それ故にや、天皇に限って御姓もなく宮号もありませぬ。是れ我が国体上に、天皇は大自然の大御親として、宇宙に常立ち、人世を照鑑(ミソナワ)し、顕幽の神人万有を摂理(シロシメ)す大公身(オホミマ)であらせ給う所以が明らかに拝し上げられます。

 然るに此頃の外国仕込みの思想家は、「天皇御一家」と云うような国体無視、皇道非認(原文ママ)の俗悪語を流行させておりますが公けな「天皇」としては、一家もなく、私的な家族もないのであります。

 かゝる至高至尊な宝祚(御境地)は、東西古今の国王・元首・帝王・皇帝・大帝・キング・カイゼル・大統領・大元帥・又は法王・教主・教祖などには絶対に無いことです。これを以て観ましても、万邦無比の御国体も、天壌無窮の天照世界も、天皇を中心として円満成就することが、大自然の運命であり、人世必然の帰趨であると信じます。この道理を充分お判りになるには、更に進んで祖神垂示の霊魂観と祭祀道を知って戴かねばなりませぬ。


注.天皇は人間以上の神、神以上の天皇

明治の神人 宮地水位先生 手記『異境備忘録』

「天皇の御位は諸社の神よりも尊し」

●●●●●●の尊き御役目をしたる某君(仙名ゆえ伏せます)の余に示して云ふ現世にてハ天皇ハ諸社の神よりハ尊し然りとて官人等の天皇の命を僞り神社の神位を我か心任せにして神の尊卑を談し貴神を墮して賤神に贈位するなとハ幽冥界に入りてハ其の罪重し親に不敬をする等の罪は之より輕きと又た重きとの二つありされど天皇を輕蔑し高官として命令を僞り作りたるハ神の赦さゞる處にして其の罪科も重し-中略-又現世天皇の御爲次で人民の爲めにハ心をも盡すべしと常に宣給ひき

  • [10]
  • 禊祓浄化・祝福安泰

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 2月17日(水)23時17分15秒
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其の四(3)

 神勅の第三は、皇祖の御旨に依って高皇産霊神から臣人に下し賜うた『天津神籬天津磐境の御神勅』でありまして、即ち、『吾は則チ天津神籬ト天津磐境トヲ起シ樹テ、当ニ皇孫ノ為メニ斎キ奉ルベシ矣。汝天児屋根命太玉命、宜シク天津神籬ヲ持チテ豊葦原ノ中国に降リテ、亦皇孫ノ為メニ斎キ奉ルベシ矣。』要は禊(ミソギ)・祓(ハラヒ)・鎮魂(ミタマシズメ)の大神事(カミワザ)であります。現には伊勢内宮が其の根本道場でありまして、こゝに顕幽の神人万有が常に参集して、その御神威力に禊祓はれて浄化し神化して、悉く真人真神とならねばなりません。

 神国日本の天皇陛下は毎年の恒例として、夏冬の季節変動に際し、宮中の神殿に於かせられて、顕幽の神人万有を禊祓浄化し、祝福安泰し給うの大神事を挙行あらせられます。 即ちお禊に依る御鎮魂で、天神・天祖・神祖・皇祖・皇宗と御一体の大霊体(オホミタマ)とならせられ、以て皇族・百官・有司を始め、国家・民族・世界人類・天地万物・宇宙の表裏を大祓(オホハラヒ)し給うやに拝し上げております。

  • [9]
  • 神人豊楽、顕幽安泰の大道

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 2月16日(火)22時47分0秒
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其の四(2)

   神勅の第二は、『吾児コノ宝鏡ヲ視マサンンコト当二猶ホ、吾ヲ視マサンコトノ如クアルベシ。与二床ヲ同クシ、殿ヲ共ニシテ、以テ斎鏡ト為スベシ。復勅曰ハク、吾ガ高天原ニ御ス所ノ斎庭ノ穂ヲ以テ亦当ニ吾児ニ御スベシ。』でありまして、之を『斎鏡と斎穂の神勅』と申します。これは同床共殿の家祭(家主たるものの親祭)を万々世に厳守すべき人間至誠の発露でありますと共に、神人豊楽、顕幽安泰の大道であります。

  即ち、神国日本の天皇陛下は、その万々世に一貫し給う立体的御使命がおありなさる。それは顕幽の神人万有を照鑑摂理(シロシメ)して、人生の絶えまなき修・理・固・成の大儀表に常立ちますことであります。

 それ故にこそ、わが宮中に於かせられましては、賢所の御親祭を公々然に挙げさせられて、天ツヒ(霊)嗣の根幹たる-天之御中主太神を始めて天祖・神祖・皇祖・皇宗を総括包容した万々世の神鏡(オミタマシロ)に対し奉って、君民一体、同床共殿の御本旨に則とり、天下億兆の総名代として慰霊報賽に「マコト」を捧げさせ給うのであります。

 また外に、御世々々の天皇陛下には御親しく耕耨を執り、水田に立たせられて、皇祖御親授の斎庭の稲穂を御しめし、なお傍に養蚕の御事にも御心を入れさせられて、天下億兆の衣食を満ちたらわす為、天ツ穂嗣の増産・改良・普及に勤しみ給うのであります。

  • [8]
  • 天之御中主太神の延神・延霊・延心

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 2月15日(月)21時43分22秒
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其の四(1) 天皇の御本質は皇祖の三大神勅

 畏けれども、天皇の御本質は、宇宙人生を一体とする-修(ウミツクリ)-理(ウミオサメ)-固(ウミカタメ)-成(ウミナス)の大自然的根幹であらせられ、同時に顕幽一体の立体文明と綜合文化-天壌無窮の天照世界を開顕する万々世一貫の大中枢でおわします。是れの大義大道は既に祖神諾冊二神の御垂示に肇まり、皇祖天照大神の三大神勅に確立し、御歴代の天皇の御宣命に闡明され、天壌無窮に伝統さるべきものであります。その詳細に就いては、先年刊行した『あゝ皇祖様欽仰し奉る』の中に『天皇真仰』及び『皇祖三大神勅之慎解』と題して略ぼ尽してありますから、こゝでは単に三大神勅の一端だけに止めておきます。(注.富岡八幡宮内 中村文山先生米寿記念刊行後援会 昭和四十三年二月三日発行 非売品)

 皇祖神勅の第一は、『豊葦原ノ千五百秋ノ瑞穂ノ国ハ是レ吾が子孫ノ王タルベキ地ナリ。爾皇孫就キテ治セ。行矣。宝祚(アマツヒツギ)ノ隆エマサンコト天壌ノムタ窮リナカルベシ矣。』であります。私はこれを『天ツヒ(霊)嗣の神勅』(注.ヒは原文では○の中心に・)と仰ぎます。即ち万世一系-天壌無窮の生命伝統の弥栄を祝福し給うたものであります。

 そもそも天ツヒ(霊)嗣とは、宇宙人生を一貫する立体生命の伝統体系であります。即ち「アマツ」とは大自然の義であり、「ヒ」とは人類万有の生命の本質であり、「嗣」とは生命の延伸・延長であります。

 故に天ツヒ(霊)嗣とは、宇宙の大中心=万有の大本体=『天之御中主太神』の延神・延霊・延心であるという意味を表示する言霊(コトタマ:原文ではコトダマ)であります。而して天ツヒ嗣は天に即し、分派に即し、臣民に即して、同根一体中の自然的大義名分を分明にする為の書きわけであります。

 されば天ツヒ(霊)嗣を主として考えますれば、独り天皇のみならず、日月星辰も人類万有も悉く天ツヒ(霊)嗣の象徴であり顕証であります。

 慎んでわが神典を按じますに、天皇としての御位は、宇宙人生を一貫する根幹的天ツヒ(霊)嗣でありまして、われわれの生命伝統はこの根幹的天ツヒ(霊)嗣から分派・分々派し、分流・分々流し、分生・分々生した枝梢的天ツヒ(霊)嗣であります。

 故にこそ、君民の間柄は同根一体でありまして、同祖・同姓・同徳・同道の関係が瞭かであります。即ちその義は君臣であっても其の情は親子であり、忠孝ともに一誠の大自然 律に他なりませぬ。故に教育に関する勅語にも、「忠」にも「孝」にも「克」の一字を添えられて、大自然に因る本性本能の克忠であり、克孝でありますことをお諭し給うた事と存じます。

  • [7]
  • 顕幽一体の御使命を拝す

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 2月14日(日)23時36分37秒
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其の三  天皇真仰と皇祖三大神勅は不二一体

 勿論、天皇真仰は、各自みづから皇祖天照大御神の三大神勅を奉体(原文ママ)して始めて全きを得るのであります。  何となれば、之に依って始めてこゝに天皇の御本質を知り、而して顕幽一体の御使命を拝し、天壌無窮の皇謨皇運(万世一貫の立体的御責任)を仰ぐことが出来ます。  故に斯の覚悟のないものゝ『天皇陛下万歳』も、『君が代の奉唱』も、悉く一時の虚礼に過ぎないので、単なる天皇迷信であり、天皇妄信であり、心すべき事であります。

  • [6]
  • 顕幽一途の大道義に安心立命す

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 2月14日(日)23時20分26秒
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其の二  靖国精神と天皇真仰

 この宇宙間に於いて、大自然に生成し発達した存在には必ず固有の中心があります。この固有の中心こそは、その「モノ」(実在・存在)の生成発達する根本であり、生命・精神の淵源でありまして、畢竟は宇宙の根本大中心の天之御中主太神に発顕し帰一するのでありまして、之が紐帯はおのもおのもの天ツヒ(注.ヒは原文では○の中心に・)(霊)嗣であります。

 それ故に顕幽の神人万有は、何れもそれぞれの根本中心の分派延長し、分派発達しつゝ、 経緯一体に完成するのであります。之が宇宙人生に一貫する大自然の真律であります。この大自然の真律を「神ナガラ」と申し、或は「皇道」とも申します。

  抑々わが国体は、皇室が肇国の根本であり、氏族発達の中心であります。而して皇室も国家も、大自然の真律のまにまに、天ツヒ(注.ヒは原文では○の中心に・)(霊)嗣の直統たる大自然の大御親を、万世一系の天皇に戴いて、尚その祭政一致、顕幽霊一体の立体的大真仰を仰ぎ、斯くて我国に於いては、君民一体の滅私奉公によって、神ながら大自然性を全うすることができます。従って、我等億兆等しく天神→天祖→神祖→皇祖→乃祖乃宗一貫立体真仰に帰一するのであります。

 わが靖国の神達は国家非常の際、われわれ後世子孫のために、滅私奉公に依り、わが国体の精華として根本的な真念真仰が渙発し、積極的に献身殉国したものであります。  要は私的な小個人に対して、公的な大個人として生き、誰人も死なねばならぬ肉我を棄てゝ永久不滅の霊魂に生き、而して公・明・正・大な大義に常生するのであります。之れを靖国精神と申しましょう歟。即ち国を靖んじ、国体を守護し、国家を興して、天皇国大日本の国礎として生死一貫の大忠誠に常立ち、顕幽一途の大道義に安心立命するものは、 靖国の大神達でございます。

あゝ崇し、尊し、なつかしや。

  • [5]
  • 天皇真仰と靖国精神は不二一体

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 2月14日(日)20時21分0秒
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其の一  現代われわれ日本人の頭は

 われわらが祖先から言い継ぎ語り続いて来た根本真念-根本真仰は、『上、天皇は明津大神(アキツオホカミ)、下、億兆は現身神(ウツソミノカミ)、上下挙って顕(荒)人神』と云う一事が根本中心となっております。  これを要約致しますと、われわれ人間は悉く神の顕れであることを自覚し、同時に覚悟することであります。即ち誰も等しく神としての人、人としての神であるという真念・真仰であります。人間ばかりでなく、天地同根・万物一体で、本来は宇宙の根本大中心-天之御中主太神に発顕し還元する神人不二の立体的大自覚に常立ちて生きぬくことであります。

 これを我が国に即して観ますと、君民の間柄が、宇宙人生一貫の天ツ日(霊)嗣を紐帯として、血統・霊統・命統・性統・道統を同じくする民族の大自然的に生成発展し、延長拡大した国体があります。

 この国体こそ我が歴史上の事実でありますから、この特殊無比の事実は内外の誰人も認めざるを得ないのであります。

 故に、君民その性を等しくし、その徳を一つにし、その道を同じくして、相互に信頼し、相互に敬礼し、相互に私観しつゝ、生死もともにし、安危も共にし、以て神聖なる人生を顕証し得るのであります。要は生死一貫・顕幽一体・天壌無窮の天照世界に安心立命することを覚悟しております。これを一言に尽くして「皇道精神」と申しましょうか。是が本来の『日本魂』であります。

 然るに、一千四五百年前から我が国に外来の個人主義的な諸宗教や各種の主義・思想が輸入され、従ってわれわれ日本人の頭がこれ等に化触れて仕舞い、侵潤久しく日本人本来の真念-真仰、即ち皇道精神は隠れるにやむなきに至ったのであります。  されば今日では、「上、天皇は明津大神、下億兆は現身神、上下挙って顕人神」と喚んでも、大概のものは聴き流すのみで、ここに聞き直し、思い直し、生き直して懺悔し覚悟するものは極めて少なかろうと存じます。

 従って現代人には、このまゝでは遺憾ながら、天皇真仰にも靖国精神にも徹し得られないのが当然であると思われます。

 斯様に現代日本人の頭は、外来の信教や主義や思想に占領されて居りますから、皇道精神は心の奥底に眠って居ります。

 併しながら、われわれ日本人が虚心坦懐に純真な気持ちになって、天皇の御本質を諦めますれば、その万世不易に一貫する大御親心を悟り、天壌無窮に連綿する皇運も明らかに仰がれ、従って之に参同し奉って献身殉国した靖国の大神に対しても、うたゝ崇い厚い尊敬と真仰とが湧くようになりましょうと信じます。

 何となれば、純真な天皇真仰と靖国精神は不二一体であるからであります。

  • [4]
  • 祖先と共に靖国の大神に捧ぐる大祝詞

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 2月14日(日)19時28分29秒
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竹林ノ道人 文山中村三郎『おゝ靖国の大神』より

今日大前に於いて朝な夕なに奏上するお祝詞の内容、本質は如何なるものか存じませぬが、恐らく靖国大神も徹し得まして、御祭神もさぞや御満足になり、いよいよ顕幽一貫の大使命に天かけり国かけりつゝ永えに護国救世の大任に当られ給うものと信じます。 こゝに著者も亦衷心の大祝詞を靖国神の大前に慎んで捧げます。

(愚案:霊覚者にして「恐らく~信ずる」とは、げに頼りない。「みたままつり」は十全でなくてはならぬ)

祖先と共に靖国の大神に捧ぐる大祝詞

掛まくも綾に畏き 天之御中主太神・霊魂三柱大神(タマノミハシラノカミ)・高皇産霊大神・神皇産霊大神・神漏貴、神漏美大神・伊佐那貴、伊佐那美大神、天照皇大神・月読大神・素盞雄大神・御世々々の皇祖皇宗(スメムツカムオヤノ)大神・吾親世々乃祖乃宗(アガムツヨヨノミオヤノ)大神・此処鎮守大神・郷土産土大神 辞別けて靖国大神の大前に。慎みて申さく。 是れの神床(宮居)を瑞之大天照宮と斎廻り清廻り、太神大神の大御名は称え奉りて、拝み奉り祝福奉り、それの崇き厳しき霊威の恩恵を仰ぎ奉りつゝ、奏問し奉る誓詞の称詞の吉詞を、天之太魂の魂振り立てゝ聞食せ。言はまくも畏けれども。高天原に神留ります神呂貴・神呂美の命のまにまに。下津磐根に宮柱太しき立て、高天原に千木高知りて、天の御蔭、日の御蔭に、与天地の窮みなく。天津日嗣と常立ちます天照天皇(アマテラススメラミコト)の大御位と大御栄とを常磐・堅磐の永えに。夜の守り日の守りに護り幸い給いて。 それの大稜威は神ながら。いや崇にいや広にいや遠に。宇宙人生(オホミソラヒトヨ)あまねく照徹遍満して。 猶(ナオシ)、旭日の豊栄昇りに。天地万物は喜々(エラギエラギ)て。生気渙発(イキオイタチ)・生々(イキイキ)として勇躍歓喜(ヨロコビイサミ)。また世界人類(アメノマスヒト)・国家国民(クニノオホミタカラ)は、おのもおのもの其れの真姿(マスガタ)(正・邪・曲・直・善・悪・醜・美。)を見直し聞き直し生直し給う如く。顕幽(コノヨソノヨ)の神人万有(アラユルモノ)も天照天皇の大御光の中に。いや清くいや明るくいや健全スコヤカ)に。産みに産みつゝ増生繁栄(フエニフエ)。生まれに生まれつゝ伊加志弥加(イカシヤクワエ)に。百千万の窮みなく立栄え給ひ。春の花。夏の風。秋の月。冬の雪。四季和順(トキヨタガワズ)。乾坤健運(アメツチスコヤカニ)。五日一風(イツカノカゼ)。十日一雨(「トオカノアメ」・天下億兆(アメノシタヨロズノモノ)は神ながら。相互(カタミ)に同光(ミテラ)し。相互に和親(ヤワラ)ぎ。相互に統一(ミスマ)りて。自彊不息(ツヨクタダシクタユミナク)。体顕神々(ワレモカレモカミニシテ)。顕幽一途(コノヨソノヨヒトミチ)に天翔り国駈けりつゝ。御国と世界(ハラカラ)と各星界(ミソラ)と大宇宙(オホミソラ)とを平けく安らけく照鑑摂理(シロシメ)さむ 天皇の大御業を。翼賛(タス)け奉る最崇(イトタカ)き厳(イカ)しき公・明・正・大(オ・ホ・ヤ・ケ)の大生活(オホナリワイ)に。無限(カギリナキ)の安神(ヤスラギ)と真幸と大超楽(オホミタノシミ)とを享けさせ給え。実(ゲ)にや過今将来一貫(スデニイマニヤガテヒトシク)。享けさせ給う事の尊さを。嬉しみ悦しみ。畏み惶みて。天津宣詞の太祝詞事を申さく。 是此忠霊、諸有義魂。幽顕裏表、三霊魂神。神人万有、邦土宇宙。本体顕彰、天照大神。 稜威渙発、分魂統一。建業立勲、福徳増進。壮快全身。悉帰『天之御中主太神。』経緯主鎮、 超楽無窮。
                           (アー。イイイ。ウウウー。ウ)十表伊吹。

天皇陛下万々無窮歳。
平和幸福万々無窮歳。
神人豊楽万々無窮歳。
顕幽安泰万々無窮歳。

奉献る豊之明は天津御光。豊の御食は国津瑞穂。豊之酒、豊之水、豊之塩、山之幸、海之幸。種々の幸の幣帛を。相嘗に平けく安けく聞食せ。
太神大神稜威赫灼尊            ( 八平手二拝 )


  • [3]
  • 奉納歌

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 2月14日(日)15時00分12秒
  • 返信
 
中村文山 奉納歌

 ○ うつしよとかくりよかけて一すじに
            すめらみことに仕へ奉らむ

 ○ 幾そたび生まれ生まれて大君の
                 御為めに尽せ靖国の神

 ○ 幾そたびおもひかへせど神も人も
              まことのほかにゆく道ぞなし 


  • [2]
  • 靖国の神々の神声がかり

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 2月14日(日)02時19分27秒
  • 編集済
  • 返信
 
 奈良朝以前の日本最古の神道の道統とする禊流の秘事を伝える川面凡児の高弟・中村文山が昭和四十四年に上梓せし『竹林下の雄健と雄詰』(非売品)には、昭和二十九年に脱稿の『おゝ靖国の大神』を含む。この 昭和四十四年は靖国神社御創建百年祭の吉年である。中村文山は、この論の上梓について、「靖国の神々の神声がかり」とあとがきにその感激をして記している。

僭越ながら、この『おゝ靖国の大神』の核心を抜粋し、諸賢の参考に供したい。

 なお、刀剣など神武に関する事柄は、言霊に詳しき国学者 堀秀成翁の秘稿たる『醜御楯』を以て参考に供すべく存ずるが、本スレッドとの混交を避けるため、別スレッド建立の御裁可を仰ぎたい。

  • [1]
  • 天関打開

  • 投稿者:はゆまつかひ
  • 投稿日:2010年 2月14日(日)01時24分14秒
  • 編集済
  • 返信
 
   河鍋暁斎に大版錦絵三枚続「明鏡倭魂 新版」沢村屋板(明治7,8年):河鍋暁斎記念美術館蔵 がある。 この錦絵は、平成20年5月に平凡社より出版された別冊太陽スペシャル『河鍋暁斎 奇想の天才絵師』126頁~127頁にもカラーで掲載されている。

http://www.heibonsha.co.jp/catalogue/exec/frame.cgi?page=query.cgi&series=taiyo

    この『明鏡倭魂』は、「明鏡の奇特にて悪魔外道の恐れ去る図」で、和鏡の霊力が四方八方へ放射され、九尾の狐や九尾の虎、蝦蟇、洋服を着た妖怪など異国の妖怪が慌てて逃げ出している様が描かれている。  この明鏡の鍛造者こそ、絵中にも描かれる栗原謙司信秀で、靖国神社の神璽たる御鏡と御剣の鍛錬者に他ならない。明治天皇の御佩刀も栗原謙司信秀の鍛錬による。

http://www.geocities.jp/ntooma/nobuhiri.html

栗原謙司信秀の作刀には天宇受賣命の彫刻が多い。それも、京師において二十年取り組んだ
「鏡作部」伝承を基とし、岩戸開きを念じたものに他ならないと拝察仕る。

   古神道宣揚団体 神道天行居 天行霊戦隊 初代隊長 滝沢白竜翁の秘書に曰く、

「神剣 となるような対象は、地上で完成する前に神界で完成され、その影が 地上に於いて 玉成されるものであると窺え、一応、人間の手になるものでも、事、神事にかかわること は神気厳然として篭り、威そのものなることを悟るべし」

(「神剣」は「神璽」、「神宝」とも置き換えて宜し。)

    靖国大神の神威、十表に放射さるるを仰ぎ、「おゝ靖国の大神」スレッドを神事として展開せんと願うもの也。


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