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塾頭よりの短信に曰く、「
病院生活をすると、看護士を心から尊敬し、その献身的な看護に対し、心の中で手を合わせてしまうと、大抵の人は言う。私も同然である。夜半、いつどんなときでも、ナースコールを押せば、「どうしました」と駆けつけてくれる。床ずれをなおし、マッサージを施し、安眠へ誘う。麻痺の強い患者には、ベッド上で尿道からチューブを挿入し、溜まった小便を吸引し、大便は尻の穴からビニール手袋をした指を差込み、腸から糞便を掻き出す。壮絶だ。この看護を受けている私の目からは、この光景は、凄絶にさえ思える。それを平然と推し進める彼女たちの姿に、尊敬と畏敬の念を抱かざるを得ない。みな、23〜4歳という、花満開の世代だ。
現在、私はベッドから、彼女たちの介添えを受けながら車椅子に移り、トイレで自力で小便・大便を排出できるまで機能を回復している。無論、身体は、まだグニャグニャだが、未来に展望は出来る。
九段塾の皆さんを筆頭にして、様々な人が私のために神社に行き、病気平癒を祈願してくれている。これほどうれしいことはない。何故、私がこのような病気状態に陥ったのか、その本当の所の意味は、まだ見えていない。が、そのうち、何かに思い当たる時が、必ずくる。それが楽しみだ。
私は負けないし、まだまだやらなければならないことが待っている。」と。
塾頭、元氣小康の御由、何より嬉しく存じます。固より比較にならぬものゝ、小生も疲勞あれば、必ず頭痛、又た頸痛あり、塾頭の奮鬪に負けじと、痛みあるときは、祓を修し藥を服して、之に耐ふるに力めてをります。本年は、殊の外か痛み多く、齡ひのせいもありませうが、本來が蒲柳の質、病の種は盡き申さず、病痛と共に樂しみ居ります。ま、周圍が大切にしてくれるので、病も捨てたものでもありませぬ。呵々。
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