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塾頭よりの短信に曰く、「
頚椎損傷の術後経過は、問題なし。後遺症だけだ。損傷したものは、永遠に戻らない。現在、二足歩行は不可能と判断された。あとは仮死状態にある、残る諸機能を、どこまでリハビリで取り戻せるかである。
今月中にリハビリ病院へ転院。三ケ月間訓練。それで、回復できる機能を拾い出す。そこで治療としては終了。退院というか、放免。きわめてはっきりしている。私は最大限、自宅で生活できる機能だけは取り戻したい。それが不可能なら、看護免許を持つ介護人を、個人的に雇用するしかない。
ともかくこれから三ケ月間、リハビリ訓練に取り組む。身体からはほとんどの筋肉が失せた。くらげ状態だ。でも、へこたれんよ。もともと逆境には強い。
身体健全でも、生きて、あと10年。九段塾を完成させるまでは死なない。今の日本を元に戻すために運動できるのは、自分しかいないと思っている。
青春の話、宮城野の月、御庭番両氏、よかった。権太氏は祭り囃子一本、無法松の一生とも似ている。名前を変えた水夫氏。竹屋光晶氏、200cc乗り氏、静氏、金剛氏‥‥、皆さん、今後の投稿を楽しみにしています。
すべて左手の人差指の爪だけで書く。九段塾直接の投稿は、未だつらい」と。
昨日、出雲大社倉敷教會へ、或る家事の相談に參りました。私事は緊急なもので無かつたのですが、小生も人の親であります故に、家事も爲すべき時は爲さねばなりませぬ。此の相談の爲には、前の晩から參拜して、順番を待たねばなりません。然し氣になるは、塾頭の御事。一昨日の夕べより登拜し、塾頭、如何でございせうかと、幽事を知ろし食す大神の神殿を遙拜し、獨り懇祷してをりました。前の掲示板の時代、塾頭に、小生は、確かに御會ひしてをります‥‥夢でありましたが‥‥。今囘は、御姿を顯はされませんでしたが、必ず音信を賜はるものとの確信は、堅持してをりました所、本日、件の御便りの通りであります。塾頭は、必ず復活し、「九段塾を完成」されるものと、信じて疑はぬ所であります。 九拜
追伸
十日程前、本屋で、小林よしのり氏『ゴーマニズム宣言NEO2・日本のタブー』を立讀み、田中卓博士の近況が掲載されてをりました。思はず購入。曰く、
「(田中卓博士は)半身不隨で、リハビリ中の先生は、半分どころか、4分の1しか、身體の機能が果たさぬと嘆いてをられたが、その眼光は鋭い!」
「ぜひ會つて、教へを乞ひたい。わし(小林氏)のやうな素人でも、凄い人物から雰圍氣で學べるはずだ。‥‥高森明勅氏に同行してもらひ、伊勢の田中卓博士のお宅に伺つた。‥‥高森氏が、借りてきた猫のやうに萎縮してしまつてゐる。同じ學問をやつてゐる者なら畏れるしかない。わしは專門外の者だから、田中先生も優しいのだ。」
「『東京に歴史學者はゐない!』 田中先生の言葉だ。實際、東京の論壇では、專門外の知識人が、皇室や日本の歴史について、でたらめなことを發言してゐる。わしの直感は、やつぱり正しかつたのだ。」
「田中先生は、そんなこと(わしは先生に、『天皇論』の「大河の淺瀬や澱み」を指摘してもらへると思つてゐたのだが‥‥)には目もくれず、古事記・日本書紀と、古代史の關連を説明し始めた! 考古學の成果とも見事に符合する、完璧な文獻の解讀を聞いた! 自分の研究の成果を、次世代に傳へるために、先生は情熱を燃えたたせてをられる!」
「田中卓先生をなめてはいけない。その文獻解讀の徹底ぶり、考古學の現場を調査して、整合性を探る緻密さ、皇國史觀=惡の戰後大バツシングの中で、平泉澄を守り通した義の篤さ、鬪志のすさまじさ、思想の一貫性、どれをとつても、學者として超一流」と。
田中博士の近況を通じて、塾頭の御事に思ひを致す。塾頭の御快癒を、只管ら乞ひ祈み申すこと、益々切なるものがあります。
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