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袋背負ひの心は、赤猪抱きを辭せず矣。

 投稿者:備中處士  投稿日:2017年 2月19日(日)23時03分18秒
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  ~承前~

 阿部國治翁の曰く、

「この(大國主命の)『赤猪抱(あかゐだき)』の示してをることは、當り前のこと、正しいこと、世の中のためになることを行ふ者は、すぐには世間から、譽められたり認められたりはしないものであるといふことであります。それどころか、良いことをすると、そのためにかへつて憎まれて、惡口を言はれたり酷い目に遭つたりするものであります。

 『ふくろしよいのこゝろ』を持つて仕事をしていくと、赤猪を抱かねばならぬ場合があります。『ふくろしよいのこゝろ』の窮まるところは、死の覺悟であります。道に合ふことを實行するに當つては、何人に認められずとも、あるいはまたさらに進んで、そのために憎まれ嫌はれて、死なねばならぬことも、默つて進んで行かなければならぬこともあつて、かういふいろゝゝなことを、お諭しになつてゐるのであります。‥‥

 先の見える人や、ものゝ眞相の見える人は、他人から何と言はれても、「かういふことは、せねばならぬ」と信ずることは、率先して實行したり、人に教へようとするわけです。さうすると、一般の人からは、「物好きだ」と言はれり、「氣違ひだ」と言はれたり、ときには迫害をすら受けることになりますが、これも一種の『あかゐだき』であります。

 したがつて昔から、本當の仕事をするときには、「神さまを相手にせよ」とか、あるいは「天を相手にせよ」とか申します。このやうに「神さまや天を相手に仕事せよ」といふことは、「人間のことを考へるな」といふことではないのであります。結局、人間を相手として、人間のためにする仕事ですけれども、「當面する人々の氣持ち・主張を取り上げてをつたのでは、本當の仕事ができない場合がある」といふこと、つまりこの赤猪抱きのことを教へてゐるのであります。

 かういふことを、こゝに書くのはどうかと思ひますが、『あかゐだき』をはつきりわかつてもらふのに、まことによい材料になると思ひますから申し上げます。筧克彦先生などは、世間の人々が、神道とか國體とかいふことに、まつたく無關心の頃から、そのいちばん酷かつた頃を通して、三十年以上も長い間、あらゆる障害をものともせずに進んでこられました。そのために、「神さまををがむ先生だ」、「それも柏手を打つて、神さまををがむ先生だ」と言つて、大學教授(東京帝國大學)の仲間からも、學生からも、嘲笑はもちろんのこと、氣違ひ扱ひにされてきました。一頃は大新聞や大雜誌に、先生の噂話が出ると、決まつてもの笑ひの種としてゞありました。

 日本歴史の上に例を取つてみますと、楠木正成公のことが、すぐ思ひ出されます。正成公の湊川での戰死は、立派な『あかゐだき』であります。西郷さんは、島津藩侯による島流しがありましたし、勤王僧・月照との心中事件・十年戰爭(西南の役)など、何囘も何囘も、『あかゐだき』をやつてをります。吉田松陰の生涯も、『あかゐだき』の連續でありました。このやうに教へてきますと、日本歴史の上で、立派な日本人として傳へられてゐるやうな人は、例外なく、『あかゐだき』を實行してゐると言つてよいと思ひます。‥‥

 だからこそ、「立派な人になつて、歴史に名を殘すやうになりませう」と言ふよりは、「必要とあらば、『あかゐだき』をやりませう。そして『うるはしきをとこ』となつて、出て歩きませう」と言ふはうが、われゝゝ日本人には、はつきりと響くはずであります」と。



 愚案、靖國神社祭神は、此の「赤猪抱き」の實行、即ち大國主大神の精神、換言すれば大和魂を發揮し給うたのであります。故に輝かしき國史の上に於いて、皇神の恩頼により、遂に蘇り來つたのであります。また一人の門弟に因つて、筧克彦博士も、其の面目が明かにせられました。先哲賢人の精神は、其の精神を繼承する者に因つて、復た見事に蘇るのであります。我々も、ぼやゞゝしてをられませぬ。



**********


●阿部國治翁著・栗山要氏編『新釋古事記傳』全七卷(平成二十六年四月・致知出版社刊)

○第一集
第一章・ふくろしよひのこころ(袋背負ひの心)
第二章・あかゐだき(赤猪抱き)

○第二集
第三章・へみはらひ(蛇撥ひ)
第四章・しらみとり(虱取り)
第五章・うきゆひ(盞結)

○第三集
第六章・すくなさま(少彦名)
第七章・おまつり(齋奉り)

○第四集
第一章・なきいさち(啼きいさち)
第二章・まゐのぼり(參上り)
第三章・いつのをたけび(稜威の男建び)
第四章・うけひ(受け日)

○第五集
第五章・あめのやすかは(天安河)
第六章・あめのまなゐ(天之眞名井)
第七章・いふき(氣吹き)
第八章・やさかのまがたまのいほつのみすまるのたま(八尺勾瓊之五百津之美須麻琉之珠)
第九章・みこのりわけ(子詔別)
第十章・かちさび(勝佐備)

○第六集
第十一章・のりなほし(詔直し)
第十二章・みかしこみ(身畏み)
第十三章・おこもり(天岩屋戸籠り)

○第七集
第一章・かむつどひ(神集ひ)
第二章・おもひかね(思兼)
第三章・とこよのながなきどり(常世長鳴鳥)
第四章・かがみ(鏡)
第五章・たまつくりのこころ(玉作りの心)
第六章・うらへ(占合へ)
第七章・いほつまさかき(五百津賢木)
第八章・やまたのをろち(八俣遠呂智)
  
 
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