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「支那」は、差別語に非ずして、贊美の稱なり。

 投稿者:備中處士  投稿日:2016年10月21日(金)17時48分42秒
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  ●『神皇正統記』孝靈天皇御條に曰く、

「凡そ此の國(皇國)をば、『君子不死の國』とも云ふなり。孔子、世の亂れたる事を歎きて、『九夷に居らん』との給ひける。日本は、九夷の其の一つなるべし。異國には、此の國をば東夷とす。此の國よりは、又た彼の國をも、西蕃と云へるが如し。四海と云ふは、東夷・南蠻・西羌・北狄也。南は蛇の種なれば蟲を從へ、西は羊をのみ飼ふなれば羊を從へ、北は犬の種なれば犬を從へたり。たゞ東は仁ありて命ながし。よりて大、弓を從ふと云へり」と。



 「異國(支那・諸越・漢土)には、此の國(大日本)をば東夷とす。此の國よりは、又た彼の國をも、西蕃(『新撰姓氏録』)と云へるが如し」とは、名言ならずや。男兒なら、一遍、言つてみろ。

 支那の呼稱の正当なる所以、皇國人が支那を「中國」と云はねばならぬとする不當なる所以、其の基礎を深めなければならぬ。支那と云ふ言葉は、何時から用ゐられてゐるのか、皇國の人が何故ゑ支那の要求に、唯々諾々として從ふのか、誰が喧傳したのか等、研究すべきことは少なからず。

 それを踏まへた上で、人によつては「中國」と云はねばならぬと考へる人も、或はあらう。先づは正攻本法で行くべし。權道は、策畧家・工作員の仕事。其の權道も、基礎がなければ、途中で腰が碎けよう。小生が元號に拘り、西暦を駆逐せよと叫ぶのは、西暦の使用を當り前と考へ、疑問すら有たぬ人が、餘りにも多い爲めに他ならぬ。西暦を使はなければならぬ時も、或はあるかも知れぬが、それは飽くまで權法であつて、決して皇國人の正しい道とは考へない。正名は、皇國中興の關鍵である。

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 「支那」と云ふ言葉は、千五百年以上も前の印度で、現在の支那の邊りを「シナ」、或は「シナスタン」と呼んでゐたのが起源。「スタン」は、土地・地域の謂ひ。今日でもアジア中部には、パキスタン・アフガニスタン・トルキスタン・カザフスタン等、スタンの付く所が多くあるが、これらのスタンも、皆な地域の意である。支那の佛教飜譯僧は「支那・至那・脂那」等とし、シナスタンは「震旦・眞丹・振丹・神丹」等と表記した。

 我が國に「支那」の語が入つて來たのは、蓋し平安時代以前に溯る(『榮花物語』・『今昔物語』等)。それに比べて、「中華」・「中國」は、「支那」とは比べ物にならない程、差別的な語源を持つ言葉、侵掠主義・覇權主義の象徴(中華思想)である。支那に關する學問を、京都帝國大学教授内藤湖南博士以來、「支那學」と云つた。若し「中國」と云ふ者があれば、戰後、世間に媚び諂つて文を賣らむが爲か、祖國が支那と思つてゐる反日革命家か、無自覺者であらう。健全な日本人が從ふ必要は、毫も無い。

●出典
「支那」=虎關師錬『元亨釋書』・『濟北集』。北畠親房公『東家祕傳』等。
「震旦」=『榮花物語』・『今昔物語』。北畠親房公『神皇正統記』等。
「神丹」=承陽大師『正法眼藏』等。

●『元亨釋書・王臣傳・論』に曰く、「彼の支那は、葱嶺の東、數十の邦、咸(み)な法度を取り、推して中國と稱し、又た文物國と言ふ」と。

●『飜譯名義集』に曰く、「衣冠文物の地なるが故に、讚美して支那と言ふ」と。

●新井白石『西洋紀聞』に曰く、「按ずるに、其の人(邪蘇教宣教師の伊人シドツチ)の言に、チイナと云ふは、即ち支那なり」と。

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 「中國」とは、支那人が自稱するのは構はない。現在の革命王朝名は、大陸「中華人民共和國」ないし臺灣「中華民國」である筈で、「中國」とは、支那人の略式自稱に限定される。それでもなほ支那人が、或は之に同調するマスコミが、日本人に對して、「『支那』は差別語だ。『中國』と呼べ」と云ふなら、我が日本も、その呼稱に相當する言語で呼んでもらひたい。「よし、解つた。貴國を『中國』と呼んでつかはさう。但し我が日本を『神國』と呼び給へ」と。

 亦た「中國人」を原語の發音主義で呼べば、チヨンコオレンだらうが、何時の間にか、チヤンコロになつてしまふでは無いか。これこそ、問題であらう。かく申すマスコミ、天氣豫報に、毎日、「南シナ海」と曰つてゐるが、支那に對して、どう言ひ訣してゐるのか。英米が支那を「チヤイナ」、佛西が「シーノ」等、即ち「シナ」の方言を使つてゐるから吉いのか、世界の公的機關が認めれば吉いのか。「ユーラシア大陸」は、欧州・支那大陸の略稱であらうが、これは問題ないのか。こゝら邊りの差別語論者のいゝ加減さ、小生は、頭が惡いので判らない。何、「支那の政府が嫌がるからだ」と。然らば日本海は、韓國人の仰せの通り、「朝鮮海」と改稱するか。其の變はり、我が國は太平洋を、幕末の地圖の如く「大日本海」と改稱しようではないか。

     吉備の中國の土人・備中處士、謹白



●寒林平泉澄博士『東家祕傳の識見』に曰く、

「凡そ我が國に關する限り、支那といふ稱呼そのものが、輕蔑の意味をもつてゐた事は、曾て無かつたのであります。支那といふ稱呼が、惡意に滿ちてゐるといふ事は、我々日本人の夢想もしなかつたところであります。かやうな解釋は、それこそ惡意に滿ちた宣傳であつて、かゝる惡意の宣傳が、東洋の平和を亂した事は、かへすがへすも殘念なりとしなければならないのであります」と。
 
 
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