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靖國神社は、軍人が軍人を祀り、軍人が奉慰顯彰する、天皇の神社なり。政治家、必ずしも來るを要せず。

 投稿者:備中處士  投稿日:2016年10月 7日(金)23時21分12秒
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  ~承前~

 下山陽太氏は、靖國神社正統護持につき、めでたき御文を書かれてゐる。靖國神社は「天皇の神社」、敕許なくば、何も出來ないことを、一言以て喝破せられた。曰く、

「靖國神社は、明治天皇の宣らせ給ふた『安國』の聖旨を以て、創建された天皇尊の神社である。幕軍を合祀したければ、新たに宗敎法人を作り祀れば良いだけの事であつて、天皇尊の神社たる靖國神社に祀る必要は無い。亦、幕軍合祀の話が出ると云ふ事は、帝都不祥事件(俗に云ふ二・二六事件)の賊徒も祀るべきだと云ひ出す人士も、將來的に現れる可能性が非常に髙い。だからこそ、云ひたいのは、靖國神社には、個人の情念は必要無い」と。



 泉水隆一翁の曰く、

靖國神社は、軍人が軍人を祀り、軍人が奉慰顯彰する神社です。遺家族や國民にも參拜させるのは、天皇陛下の思食しによるものにすぎない」と。


 松平永芳宮司の曰く、

http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t3/8
「靖國神社に參拜する時は、『今日の日本の平和と繁榮に對して、御靈方のおかげでありがたうございます』といふ感謝の祈りと同時に、『平和であるけれども、萬が一の時には、皆さんと同じやうに國に一命を捧げますといふ誓ひをするべきだ』と、私は思つてゐます。宮司時代の祝詞も、神社外で行ふ祭典で奏する祭文も、すべてそのやうな氣持ちで奏しました。一例をあげますと、毎年、私が祭主となつてやつてゐる、橋本景岳先生の墓前祭(愚案、景岳會主催の景岳祭)での祭文は、かうです。『謹みて景岳橋本左内先生の靈に告げ奉る』で始まり、日本の情勢はかうだと述べて、『以て祖國の精神復興‥‥に寄與挺身せむことを誓ひ奉る』とし、最後は『冀はくは先生、我等が志を壯なりとし、嚴烈なる批判を下し、以て道義を重んずる傳統國家復活への活動を守護したまはらむことを』と、結ぶやうにしてゐます。單なる苦しい時の神頼みではいけない。結びは自分の誓ひを述べ、それを『見守り守護したまはんことを』と、終るべきなんです。だから靖國御社頭での祈りとは、誓ひだ。御靈と同じやうに、『いざといふ時は、國に命を投げ出します』といふ誓ひのない祈りでは、御祭神の御滿足は得られないと、私は思つてゐます。

 ところが、御遺族を票田にしてゐる政治家諸氏の參拜は、必ずしも純粹であるとは思へないのです。私が宮司に就任したときの總理は福田さんで、それから中曾根さんまでの總理は、春秋の例大祭に必ず來られてゐたんですが、總理を辭めたら來られない。一度總理をした方で、その後、參拜に來た方は、殆んどをられません。そこがをかしい。總理を辭めても、國會議員ではあるんだから、『みんなで靖國神社に參拜する國會議員の會』の先頭に立つて來られゝばいいんですが、『俺はもう元老で、雜魚どもとは一緒には行かない』とばかりに、來なくなる。だから參拜は、心からのものではなく、自分の點數稼ぎのため、御遺族を票田にしてゐるだけなんだと言はれても致し方ないでせう。

 もつと無禮なのは、代議士方の大半が參集所まで來て、參拜しないことです。どこゞゝの遺族會は何時に昇殿參拜をすると、前からの申込みで分かつてゐますから、その豫定を聞きたゞし、地元の代議士がやつて來るんです。北門を通つて遊就舘の前に車を置いて、參集所に集まつてゐる御遺族の前で一席ぶつて、さあ參拜となると、忙しいからと、そのまゝ歸つてしまふ。御遺族の先頭に立つて昇殿參拜をするのが原則だけれども、ご多忙の先生方だから、これはまあ許せますが、せめて參集所を出た時に、五十メートルほど歩いて、御社頭でおじぎぐらゐしてから、車に乘つて歸つて頂きたいのですが、そんなことをされる先生なんて、殆んどゐない。御遺族を利用しようといふ方々ばかりなんです。親分が來ない時には祕書が來て、代理で挨拶して歸つてしまふ。戰前派だつて、そんな程度なんです。傳統國家護持のため、一命を捧げられた御祭神の御心を蹂躙して憚らない。そんな指導者・政治家たちを、十四年間見て來ました。悲しいことでありました。

 さういふ政界の實態を見てきましたから、私の在任中は、天皇陛下の御親拜は、強ひてお願ひしないと決めてゐました。天皇さまに、公私はない。『天皇陛下に、私的御參拜も公的御參拜もない。陛下は思召しで御參拜になられたんだ』と言へば、それで濟むんですが、總理も宮内廰長官も侍從長も、毅然とした態度で、『天皇陛下に、公私はないんだ』といふ、それだけのことをキツパリと言ひ切るとは思へない。そこでモタヽヽして變なことを言はれたら、かへつて後々の害となる。變な例を作つてしまふと、先例重視の官僚によつて、御親拜ができなくなつてしまふ恐れがある。それで私が宮司の間は、絶對にお願ひしないことにしてきました」と。
 
 
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