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戰後保守の僭上、遂に大權干犯に至る。

 投稿者:備中處士  投稿日:2016年 9月 5日(月)22時01分22秒
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  『「靖國神社」の内紛──「歴史修正」と訴訟沙汰で大搖れ』(『選擇』平成二十八年八月號)

 徳川(康久。慶喜公曾孫)宮司は、「自らの主張は個人的なものにとゞめて、戊辰戰爭をめぐる靖國神社の見解を修正するやうなことはしない」と明言してゐる。ところが、護國神社關係者によれば、今年の職員に對する年頭挨拶で、「理念を見直すことも必要」と、公言したされる。神社關係者の間には、「今後、發言を重ねることで、『歴史修正』を圖らうとしてゐるのではないか」との疑念が募り始めてゐる。

 事は、それだけで收まらない。神道政治連盟國會議員懇談會の龜井靜香衆院議員が、「官軍と同じやうに國を思つてゐた徳川軍や會津軍、西郷南洲翁を祀つてゐないのはをかしい」と、「賊軍」も合祀するやう、徳川宮司に直接要求すると、徳川宮司は、「私もをかしいと思ふ」と、同調したといふ。しかもこの懇談會の會長は、安倍晉三首相その人である。

 龜井氏は、さらに石原愼太郎元東京都知事を卷き込んで、雜誌『月刊日本』八月號の「靖國神社は西郷ら賊軍を祀れ」と題する對談記事で、持論を繰り廣げた。幕府軍・會津藩はじめ、奧羽越列藩同盟・西郷隆盛翁らに觸れて、「彼らも國を想ひながら戰つたことに變はりはない」と、徳川宮司とまつたく同じ見解を示した上で、「恩讐を超えて、全ての犠牲者をお祀りすべきだ」と力説したのだ。‥‥

 石原氏も、「戊辰戰爭・西南戰爭の犠牲者。だつてみんな仕方なしに戰つたんだ。さういふ人たちを慰靈しないのはをかしい」と、首肯してみせた。‥‥平仄を合はせた龜井氏と石原氏の對談が、靖國神社で浮く徳川宮司にとつて、追ひ風に働いたことは間違ひなく、靖國神社の存立の礎を、その根幹から變容させる、強力な援軍になり得るのだ。‥‥

 歴史觀や教義などの形而上的な問題ではなく、徳川宮司が被告となつてゐる、地位確認請求訴訟といふ、極めて通俗的な問題も、この社の背に重くのしかゝる。訴訟は、職員に對するパワーハラスメントを理由に、神職から事務員に降格された元權禰宜が、懲戒處分の無效と權禰宜の地位にあることの確認を求めて、東京地裁に訴へたものだ。‥‥

 裁判は、六月から始まつてゐるのだが、事情を複雜にしてゐるのは、この元權禰宜と徳川宮司が、國學院大學文學部神道學科の同級生であること。しかもその縁で、芝東照宮の權禰宜を務めてゐた徳川氏が、靖國神社の宮司に招かれたといふ經緯があるからだ。いはゞ元權禰宜は、本來なら徳川宮司の側近中の側近であるはずだが、パワハラを理由に降格と譴責といふ、嚴しい懲戒處分を受けたのだ。

 さらには、そのパワハラの内實が、昨年十月、秋季例大祭に參列した皇族に供するお菓子を、掃除中の女性職員が、擔當でもないのに受け取り、これを目撃した元權禰宜が叱責したことなのだといふ。皇族の口に入る食品の安全確保といふ、危機管理の觀點からすれば、今後、同樣のことがないやう注意を促すのが當然だが、元權禰宜だけが處分された。さすがに靖國神社内にも、この扱ひを疑問視する聲が噴出したといふ。

 處分を主導したのが、元權禰宜と疎遠だつた幹部職員であつたことから、「徳川宮司といふトツプを挾んだ權力鬪爭の結果」といふ見立てのほか、「神社のあり方と運營方針をめぐる對立・混亂の象徴」との解説まで囁かれてゐる。眞相は、まだ藪の中だが、この不可解な處分の背景にある神社内の確執が、裁判を通じて表沙汰になる公算が大きい。


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 愚案、靖國神社創立の由緒、即ち明治天皇の聖旨である「理念を見直すことも必要」と嘯く、徳川康久宮司。「『わが國の眞の自立と再生』をキヤツチフレーズとする民族系の保守雜誌として、右派の關係者に愛讀されてをり、その影響力は看過できない」と云ふ『月刊日本』。共に其の識見、其の志向を知るに足る。

 抑も此の戰後保守共、一體、靖國神社を何だと思つてをるのか。何でも吼えれば、己が思ひ通りになるとでも‥‥。何なら、何處ぞの宗教法人でも乘取つて、「新たなる崇敬神社」でも創めては如何。別格官幣社たる靖國神社には、關はり無いことである。
 
 
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