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祭政一致、億兆一心、世界一家を邪魔するもの──天○機關説を討て。

 投稿者:備中處士  投稿日:2016年 6月18日(土)21時46分29秒
  通報 返信・引用 編集済
   平泉澄博士『明治の光輝』(昭和五十五年五月・日本學協會刊)には、「戰爭に對して反對があるにしても、國敗れて慟哭し、國家と浮沈苦樂を共にするは、忠良なる國民正常の感情でなければならぬ。彼等には、それが無いのである。無い者が國立大學に據り、學界に横行してゐるのである」として、
一、法學博士宮澤俊義
一、文學博士和辻哲郎
一、法學博士石井良助
一、評論家伊藤正徳
等の、掌をかへすが如き變節改論、諛悦側媚の事例を紹介してをられる。「棺を蓋うて、事、乃ち定る」(昌黎韓退之『同峽冠詩』)。

 葦津珍彦翁も、『神國の民の心』(昭和六十一年十一月・現代古神道研究會發行・島津書房刊)に於いて、
一、柳田國男
一、折口信夫
等の裏切りを指摘して、餘蘊が無い。我々も、うかゝゝとしてはをれません。
  ↓↓↓↓↓
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 『漢書』成帝紀・隆朔二年九月條に曰く、「詔して曰く、古の大學を立つるは、將に以て先王の業を傳へ、化を天下に流さんとする也。儒林の官は、四海の淵原なり。宜しく皆な古今に明かにして、故きを温ねて新しきを知り、國體に通達すべし。故に之を『博士』と謂ふ。否らざるときは則ち學者、述ぶること無し焉。下の輕んずる所と爲る。道徳を尊ぶ所以に非ざるなり」と。蓋し博士號の亂發は、嚴に之を愼まねばなりますまい。既に授與の榮を賜つた方々は、博士の謂ひを根源に溯つて能く反省し、鋭意、國體明徴に勵まれむことを、切に祈るものであります。



●沒後五十年記念『頭山滿翁寫眞傳』(平成五年八月・頭山滿翁顯彰奉贊會刊)に曰く、

「神も神、(頭山滿翁の)床の間に安置されたる注連飾りの御箱の中には、畏くも明治天皇の尊像が神鎭まりに鎭まらせ給ふのである。その御傍らに、翁の郷里、福岡博多の人形師が、特に作つて、東郷元帥と翁とに贈つて來た、西郷南洲翁の像が、其の昔、南洲翁が、天皇の側近に奉仕せし當時を偲ばせてゐる。軸物は、翁の心友、杉浦重剛翁の筆蹟で、『大其心、容天下之物‥‥云々』とある。

 『祭政一致、億兆一心、世界一家』は、翁の信條である。即ち翁曰く、

『畏れ多いことであるが、私は、この皇國に生を享け、日本人として育つたことを、唯一無二の幸福と感じて居る。皇祖皇宗より傳へ給へる、宇宙一貫の天業ありて、目ざすところは、神を敬ひ、皇室を尊び、億兆、心を一にして、世界を一家とし、この世を和氣藹々の樂土となさんことである。この事たるや、神の既に定められた所であつて、たゞ其の實現の年月を、人智を以て計り知ることが出來ないだけである。私は一生の念願として、成るべく速かにそれを實現せしめ、以て皇恩の萬分の一に報い奉りたいと思ふ。どうか、日本國民全部、否、世界人類の凡てが、自己一身の利害損得を忘れ、無我の境地に心身を置いて、覆載の下、渾てを人類及び萬生の樂土となすの襟度あるに於ては、如何に吾等の生存をして樂しからしめるであらう。而して此の大使命は、日本民族が、古來傳統の純白無二の國魂を根幹として起つてこそ、始めて達し得るものである』と。

 而して翁が、二十歳頃から今日に至るまで六十年間、愛國の至誠に燃ゆる不屈不撓の努力は、相踵いで起る國家の内憂外患に對して、如何に匡救是正の手段を盡したか、計り知られぬものがある。數年前、或る新聞記者が、翁を訪うて、『近來の思想問題について、先生の御考は‥‥』と質問した時、翁は、言下に、

私にも、責任がある‥‥、根底を離れ、上調子で、洵に困つたものぢや

と慨せられ、翁は、翁自身の力、未だ世を救ふに足らざるを嘆くが如くに思はれて、翁の國士としての責任感の強烈なるに三嘆した、と云ふ記事を見た事がある。

 例へば『學問の自由』の名の下に、非國家的思想を醞釀せる學者等の、恐るべき言説の如きは、全く始末に終へないものであつた。吉野一派の學説に對する、翁を盟主と仰ぐ浪人會の立會演説など、その排撃運動は、二昔も前の事になつたが、近くは美濃部一派の機關説排撃運動は、翁を中心に仰ぐ國體擁護聯盟に依つて、國民運動を代表して居る。昭和十年三月八日夜、日比谷三信ビル内に、頭山翁の名に於て、民間志士の巨頭を會した時、翁の述べた言葉は、簡單ながらも、赤心報國の至誠、來會者の胸を打ち、其の後の運動に、偉大なる力を與へたのである。思ふに、『極天、皇基を護る』は、頭山翁畢生の念願である。翁及び其の同志の努力は、必ずや天壤無窮の國體に關する邪説を一掃して、片影だになからしむるであらう」と。



【參考・國史を顧みざる學者】
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